第19話 デートと手助け
「手伝うとは言ったけどさぁ……」
休日の商業ビルの一角。私服姿にキャスケットと眼鏡を被ったみのりはいた。みのりの横には、キャップとサングラスとマスクを身につけた幸奈。
みのりはまだしも、幸奈の不審な姿は変装をしていますと自己紹介をしているようなものだった。
「みのり、ごめんなさい。私も一度はやめろと言ったけど……」
悲壮感の漂うシルフと目を合わせ、みのりは諦めたように首を振る。
「こういうの、一度はやってみたかったの!」
マスク越しでも通る幸奈の声を、はいはいと受け流すみのり。
こんな遊びは理由をつけてやめさせればいいものの、真剣な幸奈を見て止めることはできず。こうして周囲は幸奈を甘やかしていくのだろうとみのりは身を持って学んだ。
「変装はいいけど、約束。忘れないでよね」
「もちろん!」
条件として、幸奈がみのりに新作のフラペチーノを奢るという約束を交わした。快諾した幸奈も幸奈だが、フラペチーノ一杯で付き合う自分も大概だと、目の前でマスクを整える幸奈を見てみのりは自嘲気味に笑った。
「で、具体的になにするわけ?」
「非常事態があったときに助ける担当!」
「要するに尾行してればいいのね」
たかが高校生のデートで非常事態が起きるわけがない。二人のデートの様子を見守り、成功するよう陰から願っていれば終わり。
一人で盛り上がる幸奈にみのりは冷静に視線を送る。そのやる気を別の方向に向けて欲しいとは言えなかった。
「ほら、日向と瑞穂ちゃん来たよ!」
幸奈が指差す方向には日向と瑞穂と、二人の後ろからいつもより控えめについてくるフレイムとセレン。日向は特に緊張した様子もなく、いつも通りの雰囲気だった。
「もっとキョドってると思ったのに、いつも通りじゃん」
「これは上手くいきそうな予感……!」
今日のデートは商業ビルでの買い物と、近くにある瑞穂が気になっているという喫茶店の二箇所。商業ビルの広さと喫茶店でのひとときを考えれば、デートをするのには最適な時間だろうと判断した。
アパレルショップに入っていく日向たちを確認し、幸奈は小さくガッツポーズをする。
「いい雰囲気じゃない!?」
「まだ始まってすぐでしょ」
幸奈たちに気がついていない日向たちは楽しそうに服を選び始めた。
いつバレてもおかしくないと言わんばかりに興奮している幸奈を、シルフとみのりは後方から呆れ混じりで見守っていた。
「……あまりにも順調すぎる」
幸奈は柱の陰に隠れながら、じとりとした視線を日向と瑞穂に向ける。
あれから特にトラブルもなく、日向と瑞穂はそれぞれ服やアクセサリーを購入していた。
「日向と瑞穂ちゃんって、本当は付き合ってるとかじゃないよね……!?」
「あたしに聞かないでよ」
深刻そうに振り返る幸奈にみのりは気怠そうに返す。日向たちの様子など気にせず、壁にもたれかかってスマホをいじっていた。
みのりがスマホから顔を上げると、店頭に並んでいるサングラスを試着して遊んでいる日向と、それを見て可笑しそうに笑う瑞穂が視界に入る。
「あの感じだと上手くいきそうだし、もうよくない?」
大きく伸びをして、キャスケットと眼鏡を脱ぐみのり。
「じゃ、約束通り新作のフラペチーノを――」
「シルフ?」
みのりの声と重なったのは幸奈――ではなく、シルフを見上げているラインだった。
「ラインちゃん! ラインちゃんも買い物に来たの?」
「……だぁれ?」
笑顔で駆け寄る幸奈にラインは怪訝な表情を向け、数歩後ずさる。
「え、あ、あたしだよ! 幸奈!」
今の自分の格好を思い出したのか、慌てて変装を脱ぐ幸奈。
変装が解けたところでようやく幸奈だと視認したラインは、ころりと表情を変えて幸奈に飛びついた。
「その子、幸奈の親戚?」
「……じゃないけど、最近友達になったの!」
へぇ、とみのりがラインをまじまじと見つめると、ラインの純真無垢な瞳がみのりを見つめ返した。
「ラインはね、幸奈たちとチームなんだよ!」
「チーム?」
首を傾げるみのりに、「そうなの!」と幸奈から声が飛んでくる。
「あたしたちのチームに入りたいって言ってくれたから、学校の外でラインちゃんを入れた特別なチームを作ったんだ」
なるほど、とみのりは納得した。いかにも幸奈が考えそうなアイデアだと。
「幸奈に、シルフ?」
「凜くん!」
ラインの後ろから凜が現れ、幸奈の笑顔がさらに明るくなる。
「みのり、この人がいつも話に出てる凜くんだよ!」
凜に向けて勢いよく広げられる幸奈の両手。幸奈の勢いに苦笑しながら、みのりは軽く会釈した。
「どーも。運上みのりです。先輩のことは幸奈からよく聞いてます」
「そうなんだ、恥ずかしいな」
気恥ずかしそうに頬をかく凜。ラインは凜が褒められたと思っているのか、嬉しそうに凜を見上げていた。
「あ!」
そのとき、幸奈が突然大声を上げて振り返る。声量に何事かとシルフたちの肩が跳ねた。
「日向と瑞穂ちゃん!」
急いでフロアを見回すが、日向たちの姿はどこにもなかった。
「二人なら別の階に行ったわよ」
「シーちゃん、なんで言ってくれなかったの!」
「楽しそうに話してるんだもの。邪魔したら悪いと思って」
涼しい顔をして答えるシルフ。平然と返され、幸奈は頬を膨らませる。
こうしちゃいられないと、幸奈はエスカレーターを目で捉える。
「凜くん、ラインちゃん! またねー!」
台風のように立ち去る幸奈に、凜とラインは呆気に取られながら手を振った。
「急いで追いかけなきゃ――」
幸奈はエスカレーターを昇ろうとしたが、みのりが手を引き掴んで引き止めた。
「見失ったんだからちょうどいいでしょ。尾行は終わり」
「でも、このあとが大事だよ!」
「あとは結城に任せなって」
「……そうする」
むすっとしている幸奈は、お菓子を買わないと言われた子供のような表情をしていた。しかしその程度じゃ靡かないと、みのりは幸奈を引き連れて商業ビルを出る。
行き先は、幸奈たちと同年代であろう女性をメインに行列を作っているカフェ。
「新作のフラペチーノ」
みのりは入り口にある黒板風の看板を指差す。そこには可愛らしい手描きのイラストと、新作メニューの販促メッセージが描かれていた。
「よ・ろ・し・く」
語尾にハートがつきそうな甘い声で、みのりはにっこりと微笑んだ。




