第18話 計画と疑問
「……瑞穂をデートに誘いたい」
「なにいきなり」
ホームルームが終わり、思い思いの放課後を過ごし始める生徒たち。賑やかな教室の中で日向は一人、机に突っ伏していた。
冷たくあしらうみのりに反応せず、項垂れたままの日向を見て幸奈は首を傾げる。
「日向ってまだ告白してなかったんだっけ?」
「今までの態度を見れば分かるじゃない。あれで告白している方が不思議だわ」
シルフの言葉がぐさりと突き刺さる。突き刺さったのは幸奈ではなく日向だが。
「こいつは見た目によらず慎重だからな」
「そういうのを意気地なしって言うんだけど」
フレイムとみのりの会話を耳にしながら、日向は同じ体勢のまま大きな溜め息をついた。
「悩んでないで、さっさと誘って告白すればいいじゃん」
「そうやって適当に言うんじゃねぇよ! 瑞穂が、その……遊ぶのは、か、帰ってきてからって言ってくれたから……!」
「情緒不安定すぎでしょ」
崩れ落ちるように再び机に突っ伏す日向。呆れた目をしながら、みのりは日向からフレイムに視線を移す。
「結城が言ってるのって本当?」
「まぁ……そう捉えることもできるな」
視線を逸らしながら答えるフレイムに、なにかを察したシルフとみのり。
そんな中、幸奈だけは目を輝かせていた。
「それってもしかしたら、もしかしたらじゃない!?」
幸奈は元気よく机から立ち上がる。
「それじゃあ、『この機会を逃さず瑞穂ちゃんをデートに誘って、そのまま告白しちゃおう大作戦!』」
「おぉ、びっくりするほどダサいネーミング」
「早速作戦会議しよ!」
興奮気味の幸奈は日向の席に自分が座っていた椅子を寄せ、みのりが座っている椅子もズルズルと引きずる。
「あたし、その……秋月さんのことそんなに知らないんだけど……」
「大丈夫、知らない人からの意見も大事だよ!」
幸奈の返答に、元気を取り戻したらしい日向は腕を組んで大きく首を縦に振る。
盛り上がり始めた空気の中で断れないと、みのりは諦めたように溜め息をついた。
「じゃあまず、瑞穂ちゃんの好きなことは?」
「瑞穂の好きなこと……勉強と読書だな」
「他には?」
「他には……」
「なにがある?」
「……なにがある?」
幸奈の爛々とした瞳から逃げるように、日向は弱々しくフレイムに視線を送る。
日向の反応を見て「まさか」と震えるみのり。
「結城、あんた好きな子のことなんにも知らないの!?」
みのりの引き攣った声がクラスに響き渡り、クラスメイトたちが何事かと振り返る。
なにも言い返せず縮こまる日向に、みのりは信じられないと言った目を向けた。
「一目惚れっていうのは聞いてたけど、まさかなにも知らないなんて……」
「好きだっていうストレートな気持ちだけでもいいんじゃないかな!」
「ストレートすぎてそのまま通り過ぎてるでしょ」
そっかぁ、と幸奈は顎に手を置いて考え始める。先が思いやられると、みのりは大袈裟に肩を竦めた。
数秒後になにかを閃いたらしく、幸奈は鞄からスマホを取り出す。
「瑞穂ちゃんに直接聞いてみよう!」
「……確かに、本人に聞くのもなしではないね。バレないようにしなよ」
幸奈は『瑞穂ちゃんの好きなこと教えて! 勉強と読書以外で!』とメッセージを送る。
落ち着かない様子で画面を見つめていると、瑞穂からの返事はすぐにやってきた。
『最近は美術館に行くのが好きよ』
瑞穂の返信に、幸奈は難しい顔をして画面からゆっくりと顔を上げる。
「……日向、美術館に興味ある?」
「結城が興味あるわけないでしょ」
「他にないか聞いてみる!」
急いで返事を送ろうとする幸奈の元に、瑞穂から新しくメッセージが届いた。
『この前ラインちゃんの服を選ぶのが楽しかったから、また買い物に行きたいわね』
瑞穂の返信に幸奈の顔が一段と明るくなる。
「瑞穂ちゃん、また買い物に行きたいって!」
「……それ、バレてない?」
まぁいいや、とみのりは息を吐いて椅子にもたれかかる。
「買い物なら、あの駅前のとこでいいんじゃない? あそこなんでもあるし」
「そうしよう! ということで、瑞穂ちゃんを買い物デートに誘おう!」
幸奈の弾んだ声につられてスマホを取り出す日向を、みのりは慌てて止める。
「今送ったらあからさま過ぎるでしょ。そういうのは時間差で連絡しなきゃ」
確かに、と納得した様子の幸奈と日向。
「シルフたちも二人の暴走を止めてよ……」
「止めても意味ないのは知ってるでしょ」
どうやら最初から諦めていたようで、シルフとフレイムは完全に傍観者となっていた。
自分がいなければ一体どうなっていたか。みのりはもう少し苦労しそうだと頭を抱えた。
「デート作戦、上手くいくといいなー」
「あれだけ細かく決めたんだから、あとは日向に任せるしかないわね」
結局、幸奈たちの作戦会議は日が傾き始めるまで続いた。
下見に行くと日向は早々に帰宅し、幸奈とシルフはみのりを正門で待っていた。
青空と夕焼けが混ざり始めた空を見上げながら鼻歌を歌っていた幸奈だが、とある人物が視界に入ったことで鼻歌は中断される。
視線の先には、幸奈より年上であろう少年が校舎を見つめていた。制服を着ていないため、四葉学園高校の生徒ではないようで。線が細く、物静かに立つ憂いを帯びた瞳は、校舎の先の、どこか遠くの世界を見ているようだった。
幸奈が視線を奪われたのは少年ではなく、少年の横にいた精霊だった。狼の姿をした精霊は少年と同じ方向ではなく、幸奈をしっかりと捉えていた。
こちらを狙う明らかな敵意。
幸奈はその視線を確かに覚えていた。忘れもしない、あの世界で出会った生き物と同じ。
「精霊もどき……」
呟いた幸奈と少年の目が合う。
無言のまま、まるで時間が止まったかのようにお互いを見つめていた。
「幸奈―。お待たせー」
突然かけられた声で幸奈は我に返る。振り返ると、みのりが不思議そうな顔をしていた。
「どした?」
「え、あ、えっと……」
しどろもどろになる幸奈。
視線を動かすと、既に少年は背を向けて歩き出していた。狼の姿をした精霊も少年の横をぴったりとついて歩いていて、幸奈たちに襲いかかる様子はなかった。
「……幸奈が友達かと思って声をかけようとしたら、全く知らない人だったのよ」
「あー、あるある」
幸奈の横から顔を覗かせたシルフに、みのりは同意するように軽く頷いた。
「あれって間違えたとき恥ずかしいよねー」
乾いた笑いをこぼしながら駅に向かって歩き出すみのり。
幸奈はもう一度少年がいた方に振り返る。少年と精霊の姿はどこにもなく、自身の影が伸びているだけだった。
「……シーちゃん、ありがと」
「本当、咄嗟の嘘はいつまでも苦手ね」
「そうみたい」
小さく笑った幸奈は踵を返し、みのりを追いかけて腕を絡める。
「みのり、当日はみのりも手伝ってね!」
「当日?」
みのりは首を傾げたが、日向のデートのことを言っているのだとすぐに理解した。
ここまで来れば乗りかかった船だと、みのりは「仕方ないなぁ」と頷いた。




