第10話 感謝と秘密
「セレン、眠くない?」
「は、はい! 昨日は瑞穂様にお任せしてしまったので、今日は挽回できるように頑張ります……!」
月明かりが照らす夜。瑞穂とセレンは火を囲んで過ごしていた。特に異常はなく、このまま夜が明けて欲しいと願うほどだった。
瑞穂の言葉にセレンの尾鰭がぶんぶんと揺れる。
「ちゃんとお礼をできていなかったけど、お昼に私たちを精霊もどきから守ってくれてありがとう」
「お、お礼なんてなさらないでください……! 私は今日ようやく、瑞穂様のお力になれたのではと思っているくらいなのですから……」
「そんなことないわよ。いつも私を見守っていてくれるじゃない」
「……そうです。私は見守っているだけなのです」
尾鰭が表情に合わせてだらりと垂れ、苦しげに目を伏せる。
「瑞穂様は持ちうる知識を生かし、何事もご自分の力で乗り越えていきます。今日も私の力を最大限に発揮していました。契約している私など必要ないのではと感じてしまうくらいに……」
セレンは俯いたまま言葉を紡ぎ続ける。
「私はシルフ様のように長く契約しているわけでもなく、プレア様のように癒しの力があるわけでもなく、フレイム様のように冷静でしっかりしているわけでもありません……水を生み出すことしかできない私に、一体なにができるのでしょうか」
自分自身へ問いかけるように、セレンは悲痛な表情を瑞穂に向ける。セレンの瞳が燃え盛る火に反射して揺らめいた。
「……なにもしなくていいわ」
「え……」
瑞穂の告白に言葉を失うセレン。見開いた目はどこか潤んでいるように見えた。
「あなたになにかしてもらおうなんて、私は少しも思っていないわ」
次の言葉が出てこないセレンに、瑞穂は一転して柔らかな笑みを向ける。
「私はセレンと契約できて本当に嬉しかったわ。だって、ずっと契約してくれる精霊を待っていたんだもの。周りの子はどんどん精霊と契約しているのに、私はなぜ精霊と契約できないのか悩んでいたわ」
瑞穂の頭によぎるのは、精霊と楽しそうに話すクラスメイトたちと、その光景を遠くから見つめている自分。無言でノートに視線を落として授業の復習を進めた。
「あなたと出会ったことで、私はようやく一人前になれた気がしたわ。あなたの存在が、私というパズルのピースを嵌めてくれたの」
震えるセレンの手を取り、そっと両手で包み込む瑞穂。
「だから、そばにいてくれるだけでいいの。セレンがいてくれるから、私は私でいられるの」
「瑞穂様……」
「契約してくれてありがとう」
堰き止めるものを失ったセレンの瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。どれだけ拭っても、一度流れ始めた涙は止まらなかった。
「まだ一年も経っていないけれど、これからもよろしくね」
涙を溢れさせながらセレンは大きく頷いた。瑞穂は母親のようにセレンの頭を優しく撫でる。
「思い返せば、契約したときもこんな感じだったわね」
「え?」
「家族の旅行で海に行ったとき、泣いているあなたを見つけたのよね」
「あ、あのときは、その……!」
「契約してくれるはずの人が見つからないって、私の目の前で泣いていて――」
「恥ずかしいので忘れてください!」
涙を流しながら慌てるセレンは忙しなく、瑞穂はくすりと笑う。
「せっかくだから、見張りを交代するまで楽しい話でもどうかしら」
「どんなお話ですか?」
「私の好きな人の話」
「瑞穂様の好きな方ですか……!?」
セレンは目尻に残っていた涙を拭い、好奇心に満ちた目をぐいっと近づける。
「彼とは偶然出会ったの。今思えば、そのときから気になっていたのかもしれないわ」
「そ、それは、一目惚れというものですね……!」
頷く瑞穂。肯定されたことでセレンの顔が段々と赤くなっていく。
「瑞穂様は、その方のどのようなところがお好きなのですか?」
「そうね……無茶ばかりして危なっかしくて、思うままに突っ走るところかしら」
「……瑞穂様はそこがお好きなのですか?」
心配そうに尋ねるセレンに瑞穂は深く首肯した。好きな部分というには少し否定的な意見のように思える気がしたが、瑞穂は笑みを崩さずに続ける。
「どれも私にはないものだから魅力に感じるのだと思うわ。私は考えてからじゃないと動けないし、行動力があるのって素敵じゃない?」
「確かに……そう言われると、自分を信じて行動できるのは素晴らしいですね……!」
セレンの弾む声に合わせて尾鰭がぶんぶんと揺れ動く。
「あとは……彼とは隣のクラスで見かけることが多いから、自然と目で追っちゃうのよね」
「そうなんですね! ほ、他にお好きなところはありますか……!」
「他には……とにかく放っておけないのよね。不思議と助けたくなるの」
瑞穂は口元に手を当てて笑う。表情は気恥ずかしいと言いたげなもので、セレンもさらに顔が赤くなっていく。
「それに、誰よりも勇気があるの」
揺らぎのない、真っ直ぐな瞳で瑞穂は言う。セレンもつられて笑顔を蓄えた。
「そ、その、瑞穂様がお好きな方はもしかして――」
「瑞穂―。セレンー」
セレンを遮った声の主は、大きく伸びをしながら歩いてくる日向だった。
「まだ交代には早いわよ」
「瑞穂が心配で早く起きた!」
瑞穂の隣に座り、ニコニコと笑顔を向ける日向。
一人慌てるセレンを余所に、瑞穂はいつも通りの反応で日向を迎えた。
「せっかくセレンと秘密の話をしていたのに」
「秘密の話? 俺にも教えて!」
「秘密って言ってるじゃない」
セレンは盛り上がる二人からそっと離れ、赤くなった顔をパタパタと仰いでいた。
「瑞穂様とは隣のクラス……無茶をしてしまうけど、誰よりも勇気のある方……」
瑞穂の言葉を反芻し、セレンの口角が自然と上がっていく。名前を出していないが、当て嵌まる人物は一人しかいない。
「セレン、日向が起きていてくれるみたい。私たちは寝ましょうか」
「は、はい……!」
セレンの興奮はおさまらず、眠りにつくまでいつもより時間がかかった。




