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第一話 面接

「キエエエエエエ!!!」


その間合いに入った途端、体が反射してしまう。

鼻先に拳が触れるその瞬間、丸太のような右足が、相手の脇腹を貫いた。

途端にダウンする巨体のスキンヘッド。


すかさずステップで間合いを詰めると起き攻めに入る。

気圧され重心が後ろに傾く。

しかし、女はそれすらも見抜いていた。

力の抜けた両腕を大きく掴み、グッと引き寄せると鳩尾に一発手刀が入る。

ふらつく巨躯。身動きの取れない相手に対して、構えを取る。


「波ッ!!!」


手のひらから繰り出された波動によって相手はとうとう意識を失った。


K.O!!!!

YOUWIN!!!



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


(弱っ)


こよなく格闘ゲームを愛する無職、生島結衣はそう思わざるを得なかった。

最近SNS上や配信界隈で流行している格闘ゲーム。

最初はほんのお試しだった。

二年前このゲームが発売された当時、彼女はまだメーカー業界中堅企業の事務職に就いていた。

特に刺激のない生き方を後悔していたが、それはそれとして日銭を稼ぐためには働くしかなかった。


そんな中、このゲームに出会った。寝食は、忘却の彼方へ消えてしまった。

元々ゲームは好きだった。好きだったが、友達のペースと合わせるのが優先でそこまで没頭することはなかった。

格闘ゲームは違った。ただ一対一で己の力のみで戦う。あとに残るのは勝敗のみ。

そんな淡白さ、そして奥の深さにのめり込んでしまった。ああ、私は今後の人生でこれ以上にハマるゲームはないんだろうな。

勝敗以上に相手と殴り合うことが、何よりも楽しかった。何かを覚えて強くなる自覚ができるのもたまらない。


「ふーっ。ちょと疲れたな。」


ボサボサに伸ばした髪をかきながら、エナジードリンクを開ける。

あ、そうだ。ルリィちゃん配信してるかな。

ショートカットで無造作に配信サイトを開く。


泡沫ルリィ(うたかた ルリィ)は登録者100万人超えの大人気Vtuberである。

元々そこまで配信にも興味がなかった結衣だが、同じタイミングでこのゲームを始めたこと。

同じキャラクターを使っていてたまに解説動画をあげてくれること。

他作品のゲームもするとはいえ、この格闘ゲームをメインに活動してくれていること。


そして何よりビジュアルが好みなこと。

明感のある淡いラベンダーと水色のグラデーションの髪。

瞬きすると星屑のような光が舞う瞳。

マーメイドを思わせる、水面の反射模様が入ったパステルブルーのドレス。

そして何よりあの明るい性格。


勝手な親近感から、いつの間にか一視聴者として彼女を見るのが日課になっていた。

正直、退職してしまった時も、彼女の配信がなければどうなっていたか。


幸か不幸か、無職になってもメンタルが崩れなかったのは、彼女の配信が日々の楽しみになっていたから。

未来のことはわからないが、少なくとも『今』私は幸せだった。


『みんな〜!!おはよう!!今日はね〜、中足縛りしてコラボ相手を・・・』


何やらとんでもない縛りプレイをしているが、彼女はこのゲームの最高ランク帯に属していた。

というか女性Vtuberの中では最強格の一人だった。今日はコラボ配信のようだ。

他コラボしている相手も強いが、泡沫リリィは別格だ。彼らのコーチングを今日は行う。


『リリィちゃんおっす〜』

『みるくちゃん練習してきた?』

『いや〜』

『とりあえずカジュアル回して様子見てみようか。』


ここにもうちょいキャラがわかるような会話がしたい。



ははっ。まだまだ。


結衣はにやけつつ、これをBGMに再度マッチングを開始する。

時間を持て余している結衣はスナイプをして、彼らを潰すことを楽しんでいた。

推奨される行為ではないが、それくらいして良いでしょう。好きだから。

電子タバコを加えてSNSを見つつ、時間を潰す。


挑戦者が現れました!!


まあなかなか捕まらないよね〜。

結衣のランクは、泡沫リリィより一個下だった。

今の目標は最高ランクに上がることだ。

最高ランクに上がらないとスナイプすらできないから、今はこういうタイミングじゃないとリリィの目に入らない。

コラボ相手の電気みるくは自分と同じランク。処してやる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


挑戦者が現れました!!


「おっ!!」


スナイプに成功した!配信画面を見る。


『え?何この人の名前。『泡沫リリィになりたい』?笑これなんなの〜?』

『がんばってみるくちゃん。私だと思って』

『いや〜きついっす!!』


電気みるく。貴様はリリィちゃんと喋りすぎなんだよ。

ここまでランクを上げてきたことは認めてやるが、上には上がいることを教えてやる。



勝つ


『ひえ〜!この人本当にこのランクなのかな〜。』

『あのリーサル判断はプロ級だね〜』


みるくのボルテージは上がっているが、リリィの声はいつも通りふんわりしている。

これが別に初めてのスナイプじゃない。なんなら認知までされているかもしれないが、あまり触れてもらえることはない。

というか触れてもらうよりかはいつか戦いたい。そんな思いを、泡沫リリィも盛っているような気がするのだ。


結局電気みるくを轢き殺した後、そのまま時は流れ、気づけばすっかり夜になっていた。


「ひー。流石にお腹が空いたな。ええっと」


足場のない床を移動しながら冷蔵庫の前までたどり着く。

今日は冷凍パスタを・・・そう思ったものの束の間、冷蔵庫はもぬけの殻だった。


(あちゃ〜。買いに行くかあ)


ジャージ姿で、そのまま外に繰り出した。

顔を大きく隠すマスクをつけ、コンビニに向かう。

今日の日本は特に暑いわ。アイスも買っていこう。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


坂道を降りていく。

つい先日土砂降りだったから湿気がすごい。

どうしたって今日の社会は、無職に対して厳しいのだろう。

いや、実際には家族以外特に面と向かって責められてはいないのだし。

今この瞬間は健康だから問題ないはずなのだ。


しかし、やはり仕事というか熱くなれるものは欲しいよ、と結衣は思った。

事務職にいた時、この会社に一生いるのかと、急激に世界が小さくなってしまった感触があった。

あの時、自分の世界には二人の先輩と一人の後輩で世界は終わっていた。


そんなクローズドな世界で、まだ若い自分が生きていって良いのだろうか。

今のエネルギーを使って、もっと外に飛び出していきたい。

そういった衝動から仕事をやめた。

とかいいながら結局ニートではあるのだが、あまり後悔はしていない。


唯一ハマったのはインターネットという小さく狭い世界。それも、配信という小さな業界だった。

孤独に生きる私にとって、配信や動画から流れてくる有象無象の情報は、プラスになりづらいが

マイナスな感情を抱かせない一種のツールだった。


そして、泡沫リリィに出会い、少し、自分の人生にハリができた。


ああ、私もそういった人間になりたい。

まあ格闘ゲームしかできないけど、それでも楽しいことをシェアして、誰かにとって寂しさを紛らわせるくらいの存在にはなりたい。


うっすらとだが、そういった欲求はあった。



コンビニで色々買い込み、レジを出る。

歩き始め、ふと歩行先にある電柱を避けようとした。

すると、一枚のビラが見えた。


「「VTUBERになりたいあなたへ!!未経験歓迎!!少しでも興味のある方は以下の電話番号へ」」


・・・なにこれ?

見たことのない事務所だし、電子広告ではなくビラのVTuber求人なんて見たことがない。

昨今はオーディションが前提となっているし・・・


そこに、応募条件が一行だけ書かれてあった。


『格闘ゲーム 最上位ランク』



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「あ、失礼します」

「はい。ご用件は?」

「本日面接を受けさせていただく予定の、生島結衣と申します。」

「生島結衣様ですね。少々お待ちください。」


面接というものは久しぶりだった。

あれから結局格ゲーのランクをなんとか最上位にして、条件を得ることに成功した。

というか、元々その目標もあったから、別に・・・


というわけでダメで元々、時間もあることだし求人に応募してみることに。

やばかったら逃げよう。そう思いつつ、書類審査が通り、面接の日程が決まった。


面接場所は都内某所、高層ビルが立ち並ぶ場所から少し外れた、5階程度の賃貸ビルだった。

ビラを出していた自分の自宅からはかなり遠く、そしてビラを出していた割には大きい、そんな感想だ。


そして面接準備についてだが、正直ほとんど練習していない。

というより怪しさが勝っていて、そこまで力が入らなかった。

格闘ゲームだけはやり込んでいたが、その他トークの瞬発力とかは付け焼き刃でどうにかなるとは思っていなかったからだ。

ダメで元々精神が、結局大事な場面での準備不足につながり、後悔につながる。

そんな不安も覚えたことがあったが、結局は結果論なので、あまり気にしなくなった。


(まあ募集要項には格ゲーについてしか書かれてなかったし・・・)


「お待たせしました。生島様こちらの部屋へ。」

「ありがとうございます。」


個室に連れて行かれる。

入ると、一人の40代ほどの男性が見えた。この会社の社長さんかな?

人事を雇っているほどの規模はなさそうだと感じていた。


「お座りください。」

「失礼します。」


「ではまず自己紹介から・・・」


そうしてテンプレート通りの会話が進んでいく。

正直にいうと拍子抜けだった。

もっと奇抜なところかと考えていたが、割としゃんとしていたではないか。

うおお、もうちょい真面目に準備すればよかった・・・


無難な志望動機を並べつつ内心でそう思った。

そうして、時は流れていく・・・


「ふむ・・・ありがとうございます。生島さんは受け答えもテキパキとされてて、さぞ前職でもご活躍なされたのでしょうね。」

「そうですね。コミュニケーションは自信があります。」

「はい・・・ありがとうございます。それではですね・・・ちょっと部屋を移動しても良いですか?」

「え?あ、全然構いません。」

「はい。募集要項にもありましたが、現在我々は某格闘ゲームの最高ランクの方を探しています。こちらの実力を知りたく」

「承知しました。」


まさか就職活動で真面目にゲームをする時が来るとは。

ゲームを作った側はどんな気持ちなんだろう。と思いを馳せつつ隣の部屋へ移動した。


そこには自分の部屋のようにモニターとデスクトップPCがあった。

会社なだけあって、なかなか高性能なPCに見える。

デバイスは持参してこいとのことだったので、自前のコントローラを持ってきている。


「それでは、接続して少々お待ちください」


なんだかとても緊張するじゃないか!

大会の時とはまた異なる緊張感に包まれる。

トーナメント大会は負けたら終わりのヒリヒリ感だが、なんというかこれは勝ち方を見られている気がする。


「はい、では相手方の準備ができたので、準備ができたら報告をお願いします。」


そういってはいるが、相手はどうやら人のようだ。CPUではない。

この部屋にはいない。おそらく別の端末からやっているのだろう。


「あ、できました。」

「ありがとうございます。・・・お、キャラクターはベリーなんですね。」

「はいこのキャラクターが一番得意で・・・」


掘り下げようとしたが、試合が始まるのでそちらに集中することにした。

相手の名前は匿名になっている。


・・・・


結果として10戦して10勝だった。

これは大きなアピールになっただろう!

そう思い面接官の方を向くと、彼は腕組みをして考え込んでいた。

画面の方をじっと見て、何やら考えている。


「あ、えっと」

「ああ、すみません!いやはやお見それしました。すごいですね!相手は私たちが用意した中で一番強い人だったのですが」

「いや、ギリギリでしたハハ」

「結衣さんは何か大会とか出られたことはありますか?」

「ありますが、さすがにプロとかには負けてしまって3回戦くらいまでしかいけないですね。」

「なるほど、何か動画とかを見て学んでいらっしゃったりしますか?」

「ああ、ご存知か分かりませんが、泡沫リリィというVtuberの方をよく拝見しております。」


その時、面接官の目が鋭くなった。


「ええ、なるほど。そうですか・・・」


そういうと、彼は一瞬沈黙した。

永遠かと思われた。


「・・・ここから話すことは企業秘密です。しかし、あなたはまだこの企業の一員ではないし、社外に流出させることもできます。なので、あなたを信用して話しましょう。」

「え・・・あ、はい。」

「実は我々、株式会社〇〇という会社は存在しません。」

「・・・え?」


時が止まった。騙されたのか。

いやでも一応社内のホームページを確認したが・・・

緊張が走る。


「我々は株式会社✖️✖️。こういったものになります。」

「・・・!」


それはあの誰もが知るVtuber事務所だった。

なんてことだ!あの泡沫リリィも所属している・・・


「・・・なんでこんなことを?」

「そもそも我々はオーディション形式でタレント発掘をしています。ただ、今回に限ってはどうしても公的にできない内容だったので・・・ビラなどで小さくやる必要があったのです。・・・単刀直入に言いましょう。泡沫リリィについて、あなたはご存知ですよね?」


「はい・・・」


「彼女が失踪しました。我々は、その、つまり彼女の代わりを、探しているのです。二人目の泡沫リリィを。」




生島結衣はこの時、こう思った。

私しかいないと。

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