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第八話 無知全能

 私はエッチなことが苦手です。

 いえ、勿論そういったものが人々の繁殖に必要なことであるからには大いに推奨したいところではあるのですが、個人的にはちょっと恥ずかしすぎました。

 普段隠している部分を最も大事に、それでいて刺激的にハッスルするなんて、想像するだけで顔真っ赤です。

 前世でもエロ本二ページ目にして鼻血でダウンするなどした伝説持ちだったこともあり、今だに猥談には照れちゃって混じることも出来ないのですね。


 そのせいか、私が容姿もあり清楚系に位置づけられているらしいというのは、グラスメイトの熊井幾人君と吉原美袋さん――原作キャラでなんだか二人付き合ってるらしいです――の評からです。

 私が《《目指している》》容姿はそんな感じなので嬉しいのですが、しかし美袋さんたら私にその方が可愛いからともっとスカート丈短くしろとか叫ぶのは無茶ですよ。

 まず私が尻のてっぺんまで殆ど真っ平らな薄っぺらボディを誇示するのなんてどう考えようとも恥ずかしいです。

 またそもそも、私が膝下までスカートのカーテンをなびかせているのは、身体の大部分を走る瘢痕のピンクをチラリズムさせないためだったりしますから。

 これでも私は、髪の長さと袖の長さにだけは気を遣ってはいるのですね。それがまあ、清楚系と誤認される理由だとすれば、まあ仕方ないことでしょう。


「わあ……きゃー、です!」


 ですが、今私は他に寝入ったミリーちゃん以外ない家の中でエッチ本をちらちらしています。清楚系というレッテルは果たして何だったのでしょうか。

 視界の多分を本持つ逆手で隠しながらも、指の間から見る肌色多分なご本を覗いてぺらぺら。

 女体にはこの人生から耐性が付いたとはいえども、何とも激しい《《彼女》》らの絡みぶりに私はもう顔真っ赤を通り越してのぼせそうでした。

 十ページ目という二つ人生で最高記録をおさめたことを確認してから、私はこの妹わらびのベッドの下から出てきたエロ本を閉じてそっと自らの正座した足の隣に置きます。

 わらびの部屋の掃除をしている最中にまさかこんないかがわしいものと出会うとは思わなかった私は、溜息とともにこう溢すのでした。


「人体って凄いです……」


 そう、私は改めて人の体の構造の神秘を思います。

 愛を潤滑油に敏なところを擦れ合わせることこそを快として、到達したその結果として深いところにて守るように次代を誕生させる。

 この本は同性同士のものばかりのようですのできっと後半部分はあり得ないのでしょうが、しかし読めば読むほど人間の本質を見せつけられるようで読み応えがありました。


「そして、エッチでした!」


 考え、その途中に本音がぽとり。そう、幾ら保健体育的に考えオブラートに包んで圧殺しようとしても、結局のところその本はエッチ。

 読者の性欲発散のために誘うそのお話は荒唐無稽で、しかし速効的でもありそうでした。目的地までの展開の早いこと早いこと。

 いや、実際はこうも妖しく誘われて警戒もせず手を出す人はいないと思うのですがね。イケイケすぎて正しくファンタジーです。


「しかし、わらびったらこんな癖だったのですね……」


 ですが、そんなファンタジーなエロエロ本達がベッドの下から出るわ出るわで十五冊。

 私がわらびにあげたお小遣いの大部分が結構お高い様子のこれらのために消えているようでちょっと残念ですね。

 その全てが女の子同士が仲良くしているのはまあいいとして、時に姉妹百合とか題名にあるシリーズが使用感高めにシワシワなのはどうなのでしょう。

 そもそも、表紙の女の子全部私と同じで黒髪ロングが片一方なものばかりですし、つまりあの子は。


「きっと、もっと私と激しめにスキンシップしたかったのでしょう……」


 そう、私という肉親からの温もりを欲していたに違いないのです。お姉ちゃんが最近構ってくれなくてきっと寂しかったのでしょう。

 それを、欲するからこそ歪にエロ本にて発散していた。これは良くありませんね。私は正座に痺れはじめた脚をゆっくり伸ばしながら、どうしようかと考えます。


 元々、川島わらびは「鈍色の~」シリーズではヒロイン兼章ボス格でもあります。そして露出過多のあざと系エッチさんでした。

 まあ、原作では鬼どもから貰った偽名を用いていたりするのですが、それは良いでしょう。

 そんな子と二人きり姉妹となってしまった私は、まず私を見てという寂しさからくる露出趣味を潰すためにでろでろになるまで甘やかせました。

 その上で巫女で男ひでりだったからこそ異性に興味津々なところも、巫女という役割を私が交渉の上失くさせたことにより解消させたのです。


 そして後に残ったのは、元気系妹さん(胸部装甲厚め)ですね。ボスになるような動機もなければ、普通にいい子さんです。

 そんなわらびが、エッチに興味が出てそこに私の影があるというのならば、それはつまり遅れてきた反抗期ということなのかもしれませんね。

 大分歪んでいますが、読み解くにこれは私を欲しているというサインでしょう。

 まさかこの本の通りにしてあげる訳には行かないですが、折角ですので私はしばらくはとっても甘やかすことに決めました。


「そうと決まればこれらは隠さなくても大丈夫ですよのサインとして机の上に置いておいて……おや?」


 心にもっと優しさをとしたその時、タイミング良く玄関でドタバタと足音が。

 それが、割と靴を脱ぐのが雑なわらびのスリッパに乗っかるまでの音色と知っている私は顔を上げてどこかカラフルな妹の部屋から出ていきます。

 ドアを都合二つほど開けてから、私は胸元に制服でカーテンを作る程の巨大なものを持っているわらびのきょとんとした顔と出くわしました。


「ただいま、姉ちゃ……うわっ!」

「わらび、今日も可愛いですー」

「むぎゅ」


 ただいまをする律儀な彼女に、私はそのまま突貫です。そして撫で撫で。

 これより嫌と言っても離さない、私は下手をしたらさっきの本の内容よりも拙速なのかもしれません。

 ですが、愛なんて拙くとも持っていて与えない理由なんてないものです。この胸元のぽかぽかを持ってけドロボー、としていると抱擁からわらびが抜け出しました。

 何故か怒ったようにして妹はこんなことを言います。


「ぷはっ……姉ちゃん、そんなに強く抱きしめてくんなよ! 薄身にせり出してる肋骨にすりおろされるかと思ったわ!」

「むっ、姉のあまりの包容力を恐れてそんなことを言うとは、酷いです!」

「いや抱きしめられてむしろ骨のゴツゴツで痛くすら感じるとか、包容力どころじゃないだろ姉ちゃんは……いや本当は兄ちゃんだったりしないよな、姉ちゃんの胸ってどこ?」

「むぅ……もしかしたら兄ちゃんだった可能性はあったのかもしれませんが、私にもお胸くらいありますよ! 多分……」

「いや、持ち主が地平線みたいな胴を見直して胸元を見失うとか、最早ギャグだろ……」


 やれやれとするわらびは、どうにも可愛げというものがありません。年下ちびっこの割には、どうにも口が上手くなってしまいましたね。

 そんな原作とは全然キャラが違うところが私のせいなのは申し訳ないですが、でも原作とずっと一緒だと物語の真ん中辺りでこの子亡くなってしまいますし、難しいです。

 ただ、私は今のちょっと悪ぶる程度の妹こそマルとして、冗談として含み笑いしながらこう返すのでした。


「それにしても……ふふふ……わらびも悪い子です」

「うん? こんな健康優良児のわらびちゃんを悪い子ってのは聞き捨てならない……」

「……エッチな本、隠していましたね?」

「なっ、姉ちゃんなら奥に置いといたらズボラだから掃除しても気づかないだろうと安置しておいたお宝をまさか……!」

「ふふー。『全知』のお姉ちゃんは全てお見通しなのです! まるっと見ちゃいました! 姉妹百合とかありましたね……」

「こんなので全知ぶるのはどうかと思うけど、そこまで知られてるなんて、抱きついてきたのはまさか……」

「ええ、その通りです……」

「ごくり。これは教本通りの展開に……」


 胸(だと思います)を張る私にどうしてか顔を赤くしてわらびはぷるぷる。

 目、ちょっと潤んでますね。可愛いですがあんまり焦らしても可哀想です。

 どうしてか鼻息まで荒めになってきたカップとしてもHな妹を前にして、私はこう続けるのでした。


「そう、想像の通り私へのスキンシップを求める愛妹に温もりフォーユーということだったのですね!」

「はぁ? ……はぁ?」


 手を広げてばっちこいをする私に、わらびが首を傾げること二回。

 眉を大いにひそめてから少し嬉しそうな顔をして、最終的に心底失望したというような表情をして彼女は両方の肩を落とします。

 脱力にそのままおっぱいも落っこちてしまうのではと恐れる私。妹は私に溜息をつきました。


「はぁ……こりゃ酷いぜ、姉ちゃん」

「うん? どうしたのです、わらび」

「いや、期待して損したし、興奮して疲れたわ」


 困惑する私の横をのろりのろり。彼女自身の部屋へとわらびは通り過ぎていきます。

 そうして開いていたそれを締めながら彼女は最後にこっちを向きました。

 ちょっと悲しそうにしているわらびは、でも最後にこう言ってくれます。


「大分早いけど、ちょっと寝る。ご飯は適当に冷蔵庫の作り置き食べといて」

「あ、はい。お休みなさいね、わらび」

「はぁ……お休み。姉ちゃん」


 わらびは疲れに夕暮れ時に寝入ってしまうような子では本来ありません。

 ですが、普段の溌剌さはどこに行ったのか、背中を丸めてその深い谷間を私に見せつけるようにしながら扉の向こうに消えていきました。

 あ、お宝全部出されてる、という妹の悲鳴のような声を背中に、私は首を傾げます。


「うーん……何かいけなかったのでしょうか?」


 そう。先の行為の何がいけなかったのでしょう。

 愛というものは性的でなくても触れ合いによって示されるのが一番に分かりやすいもの。

 それを思うと、抱擁なんて親愛を覚えるに良い行為であるとは思うのですが、しかし。


「……私のボディ、そんなに柔らかさに欠けますかね?」


 考えて、もしあの時のわらびの私の抱きつきに対する評価が正しいのであるとするならばこの肉付きのない身体が悪いのではと思えました。

 しかし、それも確信するには異見に欠けていて実際ぷにぷにな二の腕を触れればどうなのだろうと悩む私。

 どうしようかと思った私は、手をぽんと叩いてこんな名案を思いついたのでした。


「そうだ、宗二君に聞いてみましょう! この前助けていただいた時に結構色々ぺたぺたされましたから、柔らかかったかどうかくらい分かるはずです!」


 ちょっと私血まみれでしたが、というところは喉の奥に引っこませてそう決めた私。

 きっと奥で寝入っているのだろう我が妹は寝かせておいて、ならミリーちゃんのために冷や汁でも作ってあげようかと考えます。


「わらびはまた後で温めてあげましょう」


 そう、そんなだから私は明日の宗二君の顎がわらびフックに撃ち抜かれるという事件を私は予測できずに。


「はぁ……はぁ」


 また妹の想いの深さにだって気づけていなかったのです。






 楠間清水。それが本来川島わらびが名乗るべきだった名である。

 楠の一族と人間の間を流れる清い水。そんな巫女名を決めたのは先代にして最後の鬼の巫女であった彼女の母であり、故にそれは大切にすべきものであったのかもしれない。


『いえ。妹に、楠は名乗らせません』


 しかし、姉は断固としてこう決め込んでいた。

 もし巫女をやるなら私。姉心によるものか、そう身を投げ出す姉のあの日の真意をわらびは未だに分からない。


『私でも、少しは役に立ちます。そう……こんな『無能』な私でも』


 鬼どもに威圧されながらもそう言い切る姉は格好良かった。

 だがそう言う川島吉見には決定的に鬼に通じるところがない。元来の川島の家の者に見られた【欠損】がなかったのである。


『だから、妹は貴方達に渡しません!』


 しかし、だからこそ吉見は異能の者達にとって満ち満ちた月のような眩しい人だった。

 それは勿論、心にトゲトゲしたものを持つわらびにとってだけではない。


『ふむ……』


 楠の一族は、数多の世界を《《本体》》のその質量の膨張によって台無しにし、圧にして界を割ることで世界を越えてきた。

 しかし、そんな何もかもを片手でどうにでも出来る化け物であるからこそ、平穏無事を大切にしたがる気質をも持っている。

 その長――楠川河仙――からしても、こんな鬼に抗える珍しいほどの直情を挫くのは面白くなかった。

 故に。


『なるほど。何時かキミが我々の役に立つようになること、儂らは楽しみに待っているよ』

『はい!』


 特に期待はせず、しかし彼らは楠の巫女への戴冠に幾年かの猶予を与えたのだった。



 その帰り道、妹はこう問う。


『姉ちゃん。どうして姉ちゃんは私が鬼になるの嫌がるんだ?』

『そうですね……』


 消え入りそうなそれに小さな小さな、まだ無能でも手で引っ張れる程度でしかない子を見つめながら姉はこう返す。


『私はそれが良くないことを知っています。そう、私は全てを知っていて……』


 吉見が口にしたのは、全知。そんなの虚仮威しでしかなく、実際はこれからより大切になるだろう文字ばかりを頭に叩き込んでいるばかりの子供でしかなかったのだけれども。

 だが、それがどうしたのかと、何時も凍っていた顔をその日は上手に溶かして吉見はこう言うのだった。


『でも、そんなこと全く関係なく、わらび。貴女を愛しています。だから、私は貴女が貴女のまま幸せになることを望んでしまうのです』


 記述よりも、確かな愛はこの胸に。ならば、原作通りなんてもう知らない。

 予定されていた未来の確度よりも妹の幸せを気軽に取ったTS転生主人公さんは、ぽすんと胸にかかった重さを何とか支えて。


『姉、ちゃ……』

『よしよし……』


 柔らかに、柔らかに、でも想いだけは伝わるように愛を持って撫で続けたのだった。




 これまでも、好きで好きで、大好きだった。でも、それに更に燃える愛が付いてしまえば。

 きっと、どこか欠けた乙女はそれを堪えることなんて出来なくなってしまうのだろう。


「もう覚えたよ、それ」

「わー、わらびちゃん、凄い!」

「ゆきの魔法も覚えるとは……流石は、首領の妹だね」

「そー、私は姉ちゃんの妹!」

「カッコウいいデス!」


 あの最強の鬼の力を得ることは、もうない。きっと私は欠けた少女のまま。

 だが、それだけではあの【悪の組織のトップ】である姉の隣に立ち続けるのは難しくて。


「ふん……オレの力も変な形で真似出来ているようだな」

「そうそう! もう大体のこと出来るようになったよ! えっと、私はそうだね……」


 なら、隠れて誰よりも強くなろう。それこそあの人の無能をすっかり埋めてしまうためにも。


「『無知全能』になるんだ!」


 欠けた心にみっしりと埋まるほどの能力を得ることで、恋しい姉ちゃんのためになるんだ。

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