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第七話 似合わない

 私にはスーパーお金持ちな知り合いがいます。

 まあ、お金だけでなく殆どありとあらゆるものを保有している男ですが、そいつはでも随分と変わり者であって吝嗇家でもあるのですね。

 いや、けちというか、自分の目的には全部差し出せても、それ以外のことに無頓着というのが正しいのでしょうか。


 実際私の家とアジトの中間くらいのボロアパートに棲んでいる、そいつ上水善人は身の回りに最低限しか置いていないのですね。

 今日も今日とて、四天王いち自堕落な善人の様子を見にサンマルニ号室にやって来たところ、扉を開けるなり流れているのは戦闘音。

 それが、ネットゲームというのでしょうか、私には理解できない最新の複雑ないっせーのせー、を遠い複数人で行うものを今日もやっているために響いているのは分かりました。


「っと」

「はぁ……」


 細身の背高が羽織る黒いジャージが小さなコントローラーのためにごそごそと。

 本気を出せば画面の中の薄着の女の子をやっつけるどころか、文字通り世界を手にすることも可能であるのに、普段はせこい悪事をおこなうばかりの残念さ。

 今日もきっと寝食を忘れてゲームに励んでいたのでしょう、だって昨日見に来た時と物の位置が変わっていません。

 こいつが大体悪いのに、実際健康に悪い生き方までしていて、行く末はどうなる気なのだと危惧する私は大声で善人に声をかけました。


「善人! また貴方はご飯も食べずにパソコンゲームで遊んで……そんなに貴方は世界を救うお仕事が好きなのですか?」

「ん……まあ、ゲームではね。実際は、人の不幸を喜ぶのが趣味さ」

「そんなことは知っています! さ、退いてください。私の家から持ってきたお夕飯、用意できたのでそこに置きますよ!」

「ご飯に、これミネストローネか? 今日は汁物だけまた丼ぶりにたっぷりと……魔法瓶に詰めてきたのか」

「私の非力的にこれ以上は難しく……でもあれ、確か善人って野菜好きでしたよね?」

「正確には、君を抜かした人間以外は全部好きだが……ったく、バランスというものを知らないな、我が首領は……仕方がない」


 騒ぐ私に嫌そうにしながらも、多分討伐か何かの途中のゲームのためのPC画面を落としてから、善人は私の作った野菜ぶつ切りスープを覗きます。

 ラーメン丼ぶりに浮かんでいるのは赤い水平線に色とりどりな煮えた野菜とお肉。


「……よし」


 私が男の子相手ですからお肉たっぷり目にしたのを気にしているのかと思っていたところ彼は途端に手の中に暗黒、通称【門】を作り出します。

 驚く間もなくそこからぽとりと出てきた調味に私は抗議の声を上げざるを得ませんでした。


「あ、一口も味を確かめることなくそんなものを!」

「食べなくても、物足りない味なのは分かるさ」

「もうっ、それで増加するはスコビル値だけですよ!」


 そう、赤い蓋の中に複雑に紅のそれは正しく、一味だったのです。

 私の丹精込めた――20分程度かけました――スープに遠慮なくぶちまけられた唐辛子の粉末は、瞬時に広がって野菜の繊細な味わいを台無しにするのでした。

 いや、別段一味を振りかけることが悪いわけがないのです。私だって、おうどんをいただく時に、味変としてそれを行うことだってあるのですから。

 しかしまたよりによって妹に味付けをマルして貰った頑張ったで賞レベルの筈のそれを味わうことすらなく物足りないと決めつけるとは。

 これは流石の「錆色の~」シリーズきっての極悪ぶりです。私はその後おじやのようにご飯を汁の中にぶちまけ出した外道に向けて怒りに震えながらこう呟くのでした。


「やれ……なんともはや善人は分からんやつです……」

「ずず……それは【全知】の吉見と比べればね」

「むぅっ! 善人は私が原作知識しか知らん子と知ってる癖してそう呼ぶのですか!」

「いや、オレとしては物語の全ページの黒地を把握している人間は殆ど全てを見知っているものとして良いと思うけれどね」

「……テキストが全てではないこと、私はとっくに思い知っていますが?」

「いや、オレにとっては吉見が全てだ。なら、全ては君の知るものだろう」

「むぅ……変な言いくるめ方ですが……貴方がそう思うなら、そうしておきますか」

「ああ、ずず……頼んだよ」


 言い、妙に格好つけながら朱塗りの箸ごと丼ぶりを啜る、悪の四天王(四十五歳)。

 いや、実際見た目はティーンとまではいかなくとも若々しくて、顔面偏差値だけなら原作一番なのですよね、コイツ。

 本来ならばこれを、なんだかところどころゴツゴツしていて格好いいけど実際は色々と引っ掛かったりして動きにくそうだよね、な見た目重視の衣服で飾っている筈でした。

 しかし、そんな姿を見た私が、なんだかところどころゴツゴツしていて格好いいけど実際は色々と引っ掛かったりしいて動きにくそうだよね、と正直に口にしてしまってからは一転。

 機能性を気にした服、それこそジャージやらスウェット等で過ごすようになっています。

 これには、流石に善人ったら私好きすぎじゃないかと思ったものでした。


「ふぅ……」


 特に美味いとも不味いとも、そういえばいただきますごちそうさますらしないで食事を終えたらしい善人は未だ立ったままの私を見上げ――睫毛嫌に長いですね――次にはこう言い出します。


「にしても、だ」

「何がです? あ、殆どゴミ溜まってないですけど持っていっちゃいますね。明日は燃えるゴミの日ですから」

「ん……ゴミには特にオレは何もしていないからいいが、吉見。キミは少し異性に対する危機感が薄くないか?」

「えー、そうですか? 私はこれでもブツは選びますよ? 仲良くなければ、流石に丸めたティッシュ満載のゴミ箱は嫌います」

「……キミは仲良ければそれでも片付けてあげるのか? いや、そうではなく、こんな成年男性の住処に一人でのこのこ通うなど……」

「なーんだ。そういうことでしたか!」

「ふむ?」


 私が高そうなチョコの包み紙等が入ったゴミ袋を入れ替えていると、意外にも善人からそんな心配が。

 女の子の行動を不安がるなんて、まるでお父さんか何かのようですが、実のところこの人でなしは実際私の父でもおかしくない年齢でした。

 こいつの好きってどんな種類のものなのかよく分からなかったのですが、なるほど父性によるものであれば納得です。

 あまり知りませんがそりゃ、やんちゃなお父さんだったら年頃の娘さんを困らせたくなったりするでしょう。

 ただ、それにしたって自分のせいで評判を損ねたくはない。そんなところでしょうかね。


 でもこれでも未だ全知ぶれている私は賢いので、なんか籠もってる系男性の世話を行うことで変な噂が広がる可能性については、対処済みです。

 決して大きくない胸をそらし、声を大にして私は言いました。


「大丈夫ですよ! 変な噂になることはありません。何せ、今も外に宗二君を待たせていますので!」

「……はぁ?」


 おや、どうしたのでしょうか、その柳眉に深い険。

 私の前で珍しくも、善人は驚きに端正な顔を歪めたのでした。




「お待たせです!」

「いや、まあ……うん。ちょっと待ったかな。それでその……面倒見てる叔父さん、大丈夫だった?」

「ええ! 最後らへんどうしてか待ってる男の顔を見せろだのごねちゃいましたが、私がそんなことしたら嫌いになりますよ、って正直に言ったら止めてくれました」

「うわあ……」


 サンマルニーから出たその隣に待っていたのは、原作主人公さんこと海山宗二君。相変わらず、前世の私より幾分整った面をしていますね。

 いや、オールバックの悪系イケメンの後に不思議髪型の真面目熱血系イケメンをはしごするなんて、なんとも私は悪女なのかもしれません。


「にしても、宗二君にはご足労をかけちゃいましたが、これで良かったのですかね?」

「いや……まあ、俺が恨まれるだけで済んで、それで良かったよ」

「ん? 宗二君、なんか善人に恨まれるようなこと、あったのですか?」

「いや……はは。まあ、膝を突き合わせて話すこともなく男が男に好かれるようなことって、そんなにないよ」

「そうですかねー?」


 でもこれは仕方のないことなのです。

 私が下校時に偶々一緒になった宗二君にこれからの予定として善人の世話をすることを叔父さんという体で語ったところ、それは良くないとストップが。

 曰く、異性のところに一人で向かうのは安全上も倫理上もイマイチとのことで、宗二君はわざわざお家から善人のハウスまでの距離を付いてきてくれたのですね。


 いや、普通にこれ主人公とラスボスのニアミスになるかもと思ったのですが、しかし今の宗二君を気にする程善人も余裕がある訳でもありません。

 本人も雑魚にはあまりかまける気はない、と言っていましたし、多分現在はまだまだな宗二君なら目をつけられることはないでしょう。

 私はそう考えていたのですが、何やら宗二君は不安げです。平らなアスファルトの上を数歩歩いてから止まり、彼はこう問いました。


「それで、上水さん……叔父さんって、どんな人なのかな?」

「んー……善人がどんな人……ですか」


 宗二君の純な問いに、私はこう答えそうになりました。

 最悪ですよ、と。

 しかしそれは本当のことですが、流石にその回答では宗二君を不安にさせるだろうと私には分かります。

 まあ、それにしたって人間が平面ではなくむしろ多面的であれば、アレにだって良いところもありました。

 私はそれをなんとか捻り出し、彼の前に提出します。


「自然が好きな、お金持ちですね。そして私に優しいかもしれません」

「ふぅん……いい人、なのかな?」

「いえ。あの人は私をおちょくるためだけにバレンタインデーの逆チョコに金の延べ棒を仕込んだこともありますし、卵かけご飯にタルタルソースをかけるという悍ましいことだって平気でします」

「えぇ……」


 そのあまりの悪行に宗二君もドン引きしていますね。

 そう。善人はどうしたって悪。優しさに棘があれば、趣味だって悪い。そんな生き物が【神と同義】の力を持ってしまっているのが、もうどうしようもないのですね。

 ただあいつは、一定周期に相当の悪を行うことさえ出来れば満足できる程度の最悪でした。

 だから私は、歯を食いしばって善人を許せる。許してあげて、しまったのですね。


「……はぁ」


 見上げた飛行機雲は遥か遠く。大げさなその軌跡ですらそうそう長くは続きません。

 宗二君の前で、動かし難い表情筋に努めながら私は微笑み、こう呟きます。


「ふふ。でも、僅かに味わえたチョコはとても美味しいものでしたし、後で試してみた卵かけタルタルソースご飯も決して食べられないものではありませんでした」

「……そっか」


 愛があるのか、ないのか。

 きっと、この青年が危惧していたのは、そこのところでしょう。

 しかし、確かに嫌にひん曲がっていますが善人は彼なりに私を確かに愛してくれていて、たったそれだけしかない愛ですが、それだけで我慢が出来ている。

 彼の飢えを心配するのは、私の本音です。ああ、どうか善人だって幸せに。


「吉見は、上水さんのことが、好きなんだね」

「ええ。あれはあれで、アリなのですよ」


 そのままに悪たっていて欲しいとすら、私は思っているのです。






「ふん。そこで吉見がよしと答えていなければ、貴様の首はなくなっていたぞ、小僧」


 少年少女達のアオハル。そんなものを見下げてしかし、踏み潰すことだけはしなかった大人が一人。

 世界の《《操作権》》を持つ善人が操作するは、ワープゲートたる【門】。

 サンマルニ号室と繋げた壁は音を拾って、彼は吉見の自分を認める言葉を聞くことが出来た。


「その一言を引き出せただけで、まあ貴様は許してやる」


 言い、彼は耳元の黒を消す。

 そして。


「だが、苛々とはした。なら約束通り……オレは止まりはしないぞ?」


 一拍。それだけで辺り一面を暗黒に。つまり、これで此度の悲鳴は、全て彼に届くようになる。


 椅子の上で男はタクトを振る。細長い指先を動かして世界を操作し善人がばら撒くは、死に不和に、悪に不純に、損に不幸。


 物体から空間、粒の全てを支配下に置き、今日も片手間に男は悪を始めるのであった。



「ハハっ! オレは、あっても良いのだ!」



 悲鳴の渦の真真ん中に轟くその哄笑は決して、サンマルニーから広がることはない。





 訳知り顔をしているだけの、無能。少女の必死の刃を他人で止めた後に、彼はひと目で彼女をそう評価した。

 それに、何の間違いもないと、彼は未だに思っている。


『何でも知っているということは、つまりこの世の全ての悪を是認していることでもあります』


 だが。


『故に、全知と優しき神様はあまりに似合わない。むしろ、私のような悪どい無能にこそぴったりなのでしょうね』


 その器は、悪をも飲み込み混沌であり、故に。


「愛おしい……」


 そうも、未だに上水善人は断じているのだった。

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