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第六話 見つけてあげます

 私のお隣の埼東ゆきちゃんはポメラニアンのワンちゃんを飼っています。

 そして、私は一年ほど前から首狩りウサギのミリーちゃんを飼っているのですね。

 生の人参と採れたてのきゅうりを用いた冷や汁が大好物の、ふわふわ綿あめみたいな改造動物さんです。

 普通のウサギさんとはちょっとパワーの違うミリーちゃんは今日も柵を飛び越えその三十センチ程のピンクの身体を跳ね回すのでした。


「ぴょん~ぴょん!」


 何やら私達姉妹が揃って居ることが嬉しいのか、それとも先に与えた知恵の輪を五分ほどかけてねじ切ったことが楽しかったのかどすんどすんとご機嫌ですね。

 私も愛らしいこの子が幸せそうにしているのは好きな方ですが、しかしどんどん移動した先がいけないと思い、つい叫んでしまいました。


「あ、ミリーちゃん! 台所であまり暴れてはいけませんよ。そこは色々と尖ったものがある危険な場所です!」

「ぴょん?」


 そう、ミリーちゃんがスーパーボールのように跳ね回った挙げ句にたどり着いたのは、わらびのテリトリー。

 その昔は料理のさしすせそとか「さ」ばに「し」らすに「す」けとうだらに「せ」いごに「そ」い、だと思い込んでいたお魚天国な偏った知識を持っていたわらびでしたが、しかし今や彼女は川島家の立派なコックさん。

 そんな彼女の領域にはなんかあの子が私に誕生日プレゼントに包丁をとせがんできたのでテュポエウスの皆に頼んで造らせた至上の切れ味を誇る一刀、わらび命名の【アラ斬り丸】が包丁置きに今も鎮座している筈なのです。


 錆止めの魔法もかけられたそれ相手に事故ってしまったら、流石のミリーちゃんのキューティクルもずたずたでしょう。

 嫌な予感に小動物に静止を求める私に、しかし料理担当のわらびはソファーの上で足をパタパタ遊ばせ――ちらちら青いぱんつが見えてます。後で注意しなきゃですね――ながら白い目を私に向け、こう言いました。


「姉ちゃんって、妙にミリーに過保護だよねー。前にいちごプリンを賭けた決闘をして負けてんのにさ」

「やれわらび。それは言わない約束でしょう……まさかガチ喧嘩で飼いウサギっぽいのに敗北したのは正直私の心の傷です……」

「ぴょんー」

「ありがとうございます、ミリーちゃん。あなたもあの時はワンパンで私を伸してから直ぐにプリンを美味しそうに頬張ってましたが、普段は優しいですね……」


 私が髪先が地面に付くくらいに頭を低く下ろして悲しみのポーズを取ると、優しいミリーちゃんは私の背中に乗っかり擦ってくれます。

 時に食い意地により別れる仲ではありますが、基本的に私達は仲良しさんでした。

 今もこれダンベルかなという重みを受けながらもこの小さな優しさを受け取っていると、相変わらず胡散臭そうな目をして妹は私に続けます。


「それに、首狩りうさぎとかフツーに包丁とかより危ないじゃん。ミリーってめっちゃ改造されてるから本気出したらゾウさんの首だってねじ切れるって聞いたよ?」

「む……確かにミリーちゃんは隠れマッチョさんですが……しかしそれって誰情報ですか?」

「恵君!」

「またあのヒトですか……恵は本当に、もう……変に真実ばかり我が妹に伝えるものです……」


 妹がこうも親しげに恵君と呼ぶのはただ一人。そう、テュポエウスの情報を一手に司る四天王、富士見恵です。

 原作からも基本、テュポエウスの皆とは相性の良い性格をしているわらびですが、その中でもどうしてだか恵と仲良しなのですね。

 またその七変化の見目からも中々友達が出来にくい恵ですので、妙にわらびのことを猫可愛がりしてこそこそ色々と教えてもいるようなのです。


 そのためか、どうにも彼女のミリーちゃんに向ける目は打ち上げられた魚眼のように真っ白なのですね。

 まるで今思いついた、という素振りでわらびはミリーちゃんにこう問いました。


「というか、ミリ―って本当にウサギ? ウサギの鳴き声って確かみょーんじゃなかったっけ?」

「ぴょ……みょーん、みょーん!」

「騙されたな! 本当はぷーぷーきゅーきゅーでそもそも声帯がないらしいよ! さてミリー、お前さんは何者なのー?」

「ぶ、ぶきゅー」

「こら! わらびったら、ミリーちゃんを虐めたらいけません!」


 指をさされてぐるぐる。まるでお前が犯人だとでもされているようなミリーちゃんの落涙しそうな黒々とした瞳に私は哀を覚えてなりません。

 そう、【自認】首狩りウサギでしかないこの子から、どうして不安定なそのアイデンティティを奪うなんて悪行が出来るでしょう。

 きっとそんなの悪の組織のトップですら無理であれば、私は余計な真実を知ろうとするわらびの前に立ち、大きく両手を広げながらこう叫びました。


「ミリーちゃんが本当はなんか複数の生き物の強いところをがっちゃんこした上に凝縮したらウサギっぽくなっただけの、自分をウサギだと思いこんでいる何者でもないさんでも、余計な詮索はダメですよ!」

「ぴ、ぴょーん!」

「あ、ミリーちゃん、どうしたのですか?」


 私が言い切ったその後直ぐに、滂沱の涙を零しながらミリーちゃんは弾みながら玄関まで向かっていきます。

 それはまるで、私の言に絶望を感じたようであり、私は庇ったはずの子の不思議な行動に思わず首を傾げるのでした。


「姉ちゃん、流石は全知って感じだけどホント人の心はイマイチ判ってないよね……この場合はよく分かんないミリーの心だけどさ」

「え、えっと?」

「はぁ……多分今追っかけないと、姉ちゃんの足じゃ追いつかないよ?」

「そ、そうですね、行ってきます!」

「ホント、この人姉で大丈夫なのかな……」


 両手で頭を抑えながら何やら小さな声でよく分からないことを述べるわらび。

 どうも、最近この子は不思議ですね。反抗期というやつなのでしょうか。

 しかし、私は確かにこの子の姉であれば、ミリーちゃんの飼い主でもあります。なら、悩む必要なんてなければ示せるのなんて愛一つ。

 故に、私は。


「あ、そういえばわらび……」

「なあに、姉ちゃん」

「行ってきます!」


 挨拶だけを精一杯の笑顔で伝えて、私なりのダッシュでのろのろと、家族であるウサギ(偽)の長い尻尾を追いかけるのでした。



「はいはい。早く帰ってきてね、ただ一人のあたしの姉ちゃん」





「ぴょんー!」

「ん? お前……ひょっとして首領のとこから逃げてきたのか?」

「ぴょん?」

「……お前も分かんないか、僕だよ、富士見恵だ」

「ぴょん!」

「飛びついて嗅ぐなって……はぁ。それで僕が僕だって分かったかな?」

「ぴょん?」

「……分からなかったか」


 その日、特に任務もなければ用事もなく、普段《《体》》で過ごしていた富士見恵。

 川辺の堤防の上にて《《彼女》》は飛び跳ねてきたウサギ状の改造動物に声をかけ、そのユーモラスに触れる。

 控えめな胸元に飛びついたピンクの塊は、しばらく無遠慮にその辺りを嗅ぎ回った結果そこに安堵するのだった。


「ぴょん」

「はいはい、取り敢えず自分を見知っているらしい相手の前で安心はしてくれたか。よしよし」

「ぴょん~」

「……はぁ」


 白魚の指先で撫でつけながら、程よくものを知っている恵は思う。

 この綿毛の塊の防御は高く、爪の一つ一つは力ではろくに欠けずに、そもそも全身が強力だ。

 本来なら最初は更にねじれて歪んだ性根を付与されていた、こんな《《怪獣》》を飼うことなんてありえない筈だった。


「でも、こいつはもう僕と同じく吉見のものだ」

「ぴょーん」


 だが、愛すべき我らが首領は、組織はじめての怪獣に餌付けをしたいと発奮した挙げ句ボコボコにされた後、なにやら分かり合えたから大丈夫ですと持ち帰ってしまった。

 以降、丸くなりすぎて最早愛玩動物となっているミリーの今がある。


「はぁ……僕も、何時か愛玩して欲しいものだよ」

「ぴょんぴょん」


 それを見て、恵が呟くのはアブノーマルなそんな一言。曇り空の下、温い風のもとに熱く。少女の言葉は虚空に消えた。

 恵にあるのは情愛ばかり。だが、フリルに装飾された白ワンピースの少女が愛欲に燃えているとは通りすがり達は思える筈もない。

 可愛い子が可愛らしい何かを抱いているなと振り返る者はあれども、彼女らの孤独を察することの出来るものなど中々通りかかることはなく。


「まってー、ひらめ……ってあれ、おねーさん、その子」

「おや」

「んー? 似てる……というか、そのもの?」


 しかし、絶無ではなかった。

 ポメラニアン、ひらめを引き連れ向こうからやって来たのはテュポエウスの魔法少女、埼東ゆき。

 彼女はツインテールをぴょんぴょんと遊ばせ、息も荒くやって来ては恵の周りをうろうろと。ひらめは恵の白いかかとをくんくんと。

 少女らの視線は恵に抱かれたミリーに向いている。そっと、彼女は彼女にこう言った。


「この子も僕も分からないなんて、ちょっと危機感が足りないんじゃないかな、【悪魔の法則】」

「っ! その言葉を知ってるって――!」

「ああ、ゆき。僕だよ、富士見恵だ」

「あなたが、どうしてミリーちゃんを!」


 そして彼女が彼女を再認識したと思えば一気に臨戦態勢。

 いつの間にかゆきの綱引く逆手には【魔法の槌】が握られて紫電を撒き散らせているし、恵の瞳の黒は底なし沼のようにどろりと歪んでいる。


「くぅん?」

「ぴょん?」

「っ」

「ふふ」


 だが、獣はそう簡単に不和など解せない。

 小さく声を上げて首を傾げる二匹の愛らしさに、気を取り戻すは悪だって当たり前だった。

 微笑みだした恵にからかわれていることを知ったゆきは、スネに唇でくちばしを作ってこう呟く。


「……最近までマッチョのおにーさんやってたから、分かんなかった」

「最近非番はこの格好なんだよ、僕は」

「……ミリーちゃんは、どうしたの?」

「信じられないかもしれないが、この子と会ったのは偶々で……おや」

「ん? あ」

「ぴょん!」


 四天王の二人して顔を突き合わせ、ああだこうだ。

 そんな本来はアジトで行うべき光景の中、少女の胸もとから飛び出すはピンクの獣。


「ぴょーーーん!」


 飼い主を見つけた怪獣は真っ直ぐ最愛の元へと向かい。


「ミリーちゃん、どこですー? あ、なんかこっちに……あ」

「ぴょん!」


 最高速でみっしりしたその小さなボディを探しに来た吉見の水月へとねじ込んでしまう。

 そして、その結果ミリーが秘めた全ての威力は十全に発揮されて炸裂。


「げふぅ!」


 吹き飛ばされ舞い上がる、主人公。一回転して、彼女は地に頭から落ちる。


「やられましたー……」


 何故か口から出たのはそんな情けない敗北宣言。

 そう、飼いウサギではなく心配していた飼い主たる彼女の方がこうして事故ったのだった。




「わわ、回復魔法!」

「大丈夫かい、吉見!」

「ううん……はっ」


 そしてかけられるは悪の四天王直々の全力救護。

 その際に瞳と瞳が合い、真っ黒と真っ黒が結ばれた途端、微笑んだ彼女らの首領は。


「あ、今日は随分と可愛い恵ですね……がく」


 驚くほど柔和にそれだけ言って、気を失うのだった。


「わー、えまーじぇんしー!」


 その様に慌てる魔法少女を他所にして、富士見恵は。


「この子は、本当に……」


 赤くなった顔をそのままに、思いだけを持て余して胸元を必死に両手で押さえるのだった。





 富士見恵、というのは名は体を表すと分かりやすく【不死身系】という区分けをそのまま一つの存在に仕立て上げたものである。

 番号よりその方がいいだろと口にする、上水善人の極めて優れきった面に恵は頷く以外になかった。


 何せ、自己同一性さえ無視すれば。


「僕は、永遠だ」


 そのはず、だった。


「……永遠なん、だよね?」


 だが何時からだろう。彼女がその身体を移動しながら心のみで生きるその歪な有り様が気に食わなくなったのは。


 誰もが理解してくれないのは人間であるから当然で、でもそもそも自分ですら自分が自分と理解しづらく、そしてそもそも彼女が彼女だと示してくれるものなど《《記録》》以外に何一つもなければ。


「僕は、僕は」


 アイアムアイを叫ぶのに理由がないのは、自信があるから。しかし、彼女――老若男女に成り代わり続ける連続性をデータで保証している怪人――は、次第に自信を失っていった。

 そうして、ただ任務を行うばかりの日々に、ノイズ。


『そういえば、あなたは富士見恵、でしたね』

「え?」


 バレたなら、殺さねばならない。そんな当たり前をすら出来ないくらいに、しかし彼女は彼女のことを自信を持って看破していた。

 それこそ、何もかもを知っていたかのようにして、川島吉見はこう語/騙る。


『大丈夫です』

「なに、が……」


『あなたがあなたを見失っても、私があなたを見つけてあげますから』

「あ……」


 この懊悩は既知であり、なら恵の全てのパターンを識っている吉見が少女の心を慰めてしまうのは、ただの優しさからだった。

 それは何より力ない愛撫から感じた僅かな熱量。目を覚ますにはちょっと温すぎた。


 だが、この日より永遠になり得た筈の存在は。


「分かった……代わりに僕も貴女だけは忘れないよ」


 愛をする一人の恵として生まれ変わったのだった。

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