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第五話 ツンデレ

 なんだかイザナミだのテュポエウスだので拡張型人間や改造人間や魔法使いみたいなちょっと人間やめてる能力者が多い「錆色の~」シリーズ世界。

 まあ前世の私が読んでても誰が一番強いんだよ、いや、あんた強そうなのにここで負けるのかよとなっていたのですが、実際作者様が後年出した設定集でその疑問ばかりは解けています。

 しかし、最強談義ってどの世界でも男の子の間では白熱するものでしたね。その分当時、私の推しが特別枠だったのにはちょっと残念というか何というかでした。


 ちなみにネタバレですがあえてここで言ってしまいますと、イザナミ最強が覚醒した海山宗二君。テュポエウスだと僅差で安定し強い上水善人が一番みたいです。

 それ以外の陣営、というか全体最強は楠の鬼にしても逸している楠山汀(くすやまなぎさ)ですね。

 もう彼女相手になると善人単独だとキツイです。この前汀に《《鎮圧》》されかけた時はアリスと二人でなんとか逃げおおせたそうですが、その時の傷を見たら二人共かなり痛そうでした。


「そう考えると、こいつって結構怨敵ですよね……」

「ん? 何がだ、吉見?」


 高校一年。まだまだ勉強が趣味の一つだったちょっと狂ってた前世の私が溜め込んだ知識のために高得点楽勝な現況。

 正直なところ分かりきったところばかりを学習させてくる教師方のお言葉をいちいち聞き取っていくのは苦労ですが、それにしたって別段無視はしたくないのが、私の真面目なところでしょうか。

 また私、結構先生が途中でする脱線話好きなのですよね。

 前現代文の大熊先生がした謎の「あざらしの歌」とか気に入って時に口ずさんでわらびに白い目を向けられたこともありました。

 どうやらそれはあざらしい、っていうオチとか抱腹絶倒だったのですがね。お笑いセンスに関しては合わない姉妹でした。


 それを思うと、隣に世界を穿たんばかりにツンツンした角――ネタバレするとそう見えるだけの根っこですが――を掲げてる不良さんの面倒を見ている今は不本意です。

 はい、正しくこの隣というか右上方にて首を傾げている鬼は、世界最強こと楠山汀ですね。

 やたら全体的にデカいこいつと隣の席になったのが、私の運の尽き。力にあかせて勉強一つろくにしてこなかったこいつの面倒を見るハメになってしまいました。


 それにしても、コイツって本来逸れ鬼としてふらふらしてる存在の筈なのですが。

 ランダムエンカウントの裏ボスが学校に常駐してるとかアリなのですかね。私も首を傾げてこう呟くのでした。


「いえ、私が鬼なんかと一緒に学舎で学んでいるのも不思議ですが、こうして教科書を隣の貴女にお見せしている状況も不可思議だなあと」

「よく分からんな……この汀様と一緒に居られる幸運が分からんのか? 【全知】の癖して……」

「いえ。普段は知りませんが、今は正直デカいのが近くて邪魔だなと。もうちょっとその圧、どうにかなりません?」

「むぅ……汀様は最強だからな……無能の吉見なら苦しくても仕方ないか。すまんな」

「はぁ……慣れたから良いのですけれどね」


 意外にも素直に謝ってくる、汀。この2メートルはあるんじゃないかというケツも態度もデカい女もそこそこ私にはしおらしいのです。

 これには幾ら鬼嫌いを公言している私だって矛を収めざるを得ません。

 ええ、それはこいつが若干頭を下げたことで頭頂部の30センチはあろうかという角にてスパッと切れた空気の音がちょっと怖かったせいではありませんからね。そこのところはテストに出ないですから。


「……なあ吉見。汀様は怖いか?」

「どうしたのですか、藪から棒に……」

「いや、時々汀様はこの最強の証である角から時々子供らに見つけられて寄ってこられるのだが……」

「まあ、あんたの持つ重圧にそこらの子が耐えられる訳ないですよね。私は慣れたからいいのですが……」

「……正直、お前が慣れてくれたのは意外だが、そんなことはいいか。まあ、汀様は鬼だが鬼じゃない。子供が途中で私を怖がり逃げていく様を見るのは面白くない」


 なるほど、汀は見かけによらずちょっと弱者に優しめなところがあるというのはテキストで記されていたのは知っていました。

 それが、どうしてか定住をしはじめて人家の間をうろつく間に悪く出ているようですね。尖った整いを持つ美人さん顔がちょっと、悲しそうです。


「こんなの授業中にするお話ではないと思いますが……いいでしょう」

「ありがたいが……何時も嫌そうにしているのにあれだな、お前はツンデレってヤツか?」

「む、私はツンデレじゃありません! ツンデレって言うのはもっと究極で奥深い……そんな素敵な概念なのです! 私に当てはまるものではありません!」

「お、おお……そうなのか」


 どうやら汀の悲しみは、私がその重圧を嫌ったことがトリガーになって想起された記憶が原因の様子。

 ぶっちゃけクラスメイトの殆どが居心地悪くしていますが、ならそれを払拭してあげるのが優しさというものではないでしょうか。

 私の剣幕に汀が納得してくれたように、決してツンデレではありませんが、それこそこいつらのみたいに鬼でもない。

 先生も黙認して下さるようですし、吉見ちゃんのお悩みコーナーといきましょうか。


「ぶっちゃけ、汀は怖いですよ。精神を超えて物理的に至るほどの存在圧とか、決して普通じゃありません。理解できず、嫌うことすら無理ならば恐れるのが自然です」

「やはりか……」

「でもそれは所詮、私みたいな無能でも克己可能なレベルでしかないのですよ」

「……だが、今だって感じはするのだろう?」

「それはそうですよ。正直、気合を入れなきゃ私はたちまちぺちゃんこです」

「そ、それほどだったのか!」


 大丈夫なのかー、と上方からうるさい鬼。

 いやそもそも無能な私は生存にかなり必死なところがありますので、これくらいのイエローシグナルレベルの危険なんて大したことではないのですがね。

 頑張れば潰されない程度なら、平気です。


 そもそも、こいつの従兄弟であるらしい生徒会長、楠木海が入学式にかけてきやがりました重圧に比べればそれこそ微々たるもの。

 学生たちの危険度を測ったとか言い訳してますが、慣れた私でも片膝を折るレベルでしたから、真っ当な人達の半分が病院送りになったあれはある意味伝説になりました。

 あのせいで学園に潜入中の改造人間達の大体がバレましたし、海の目的は成就されているのですが、やりすぎですよ。

 直ぐに壇上に駆け寄って海のそのちっちゃな角を掲げる頭を引っ叩いてやりましたが、そのために私も影の実力者と見られてしまったのは難ですね。

 いや、私ただの全知無能なのですが。


 本当に鬼は困るなあと苦笑しながら――鉄面皮の私がするとニヤリとしているように映るようです――私は顔を青くする汀にこう告げました。


「でも……たとえ鞘のない剣であろうとも、貴女はこうして風に頭を垂れる花でもあります……なら、幸せになれない筈がないでしょう」

「お前は汀が……幸せになっていいと言うのか?」


 鬼は外、福は内。本物の鬼――実のところ異次元的なインベーダーですが――とされる者がいるのというのにこの世界にだってそんな言葉もあります。

 また、産まれて直ぐに楠の鬼共からも否定され、世界を周ったという汀にはきっと後ろ暗い過去だってあるのでしょう。

 ひょっとしたら親族からかけられた、親殺しなんて愛されないなんて言葉を自愛で慰める日々だったのかもしれません。


 だが、私は鬼の不幸だって認めません。

 この世の全てを知っているとうそぶいて、無能からせめて悪役達の慰めになろうとしつつ、彼らから話される被害者たちを救えない毎日。

 そんな中で、でも皆の幸せくらい望めなければもう人として嘘です。そして、私はせめて無能でも人でありたくって。


「はい。それこそ、悪の組織のトップのような極悪人でもない限り、この世の全ては幸せになるべきだと私は思ってしまうのですよ」


 私はいけしゃあしゃあと、こんな言葉を述べるばかりなのでした。


「そう……か」


 何故か複雑に面を歪める楠の鬼。

 でもそう、私以外は本当は全部、幸せになっていい。





「汀」

「ん? ……なんだ、海兄かよ。授業に生徒会長って役目はどーした?」

「そんなの、お前の様子が不安でやっていられるものではないよ」

「はっ、そうかい」


 そこは学校の蓋でもある、屋上。

 日の当たりの良いそこをサボタージュの場所と入学前から決め込んでいた楠山汀であったが、実のところ彼女はさほど授業を抜け出すことはない。

 それこそ、従兄弟である楠木海が心配になって見に行ってしまうくらいには、低頻度。

 唯一気を遣ってくれる同種のありがたみに少し感じ入りながら、汀は寝そべっていた貯水槽から顔を上げるのだった。

 限界たる張り詰めすぎて鋭さすらある美貌を無理に笑みに歪めながら、彼女はこう問う。


「なんだい、海兄は汀様が何か悪さをするか恐ろしいのかい?」

「ん? そんなことはどうでもいいな」

「なんだい。この前悪のとこの四天王と戦ってひん剥きひん剥かれたっていう噂の好戦的な海兄にしては優しげじゃないか」

「あれは実に厄日だったが……なんだ、そんなこと」


 からかいに嫌そうにしてから、しかし吹っ切れる兄代わり。汀にとって、自分の悪さがどうでもいいとされるのが不思議である。

 汀は鬼として優秀な鬼であるが、海は人として優秀な鬼である。その差は、あまりに大きい。

 普通にしていても鬼を成す自分と違って、海は普通に人間をやれるのだ。それは、どうしたって引け目に繋がってしまう。


 青年は妹分の恐れを知っているから、だからこそここに来た。

 力量で言えば天と地の差がある二人が、しかしこうして学舎の天辺にて認め合う。

 甘い面構えで微笑んで、海はこう言った。


「たった一人の従姉妹を信じて、悪いことはないだろう?」

「それは……悪いな」

「そうか。でも、僕はそう思いたくない」

「頑固だねえ」

「でも、間違ってはいないだろう?」

「ふっ、そうかい」


 頑固者。海が鬼であるのに人の側に立っている今を思うに、それは当然な評であるのかもしれない。

 その力で世界を平にするもの。ピースメーカー。秩序をこそ守る楠の鬼の呼び名はどれもその最強の力を所以としていて、そんな者が弱き人間たちの中から学生の代表として選ばれたのは最早奇跡だ。


 そして、鬼は時に妥当よりも奇跡を重んじる。

 それこそ大事にしている【全知】のように、【弱者】たる海は楠に愛される存在だった。

 だが、そんな海や吉見こそ嫌われ者である自分を認めてくれていて。そんな事実が嫌になった彼女は呟く。


「なあ、海兄。あんたが汀様を認めているのは、まああんたがあんただから仕方ないのかもしれない」

「そうだな」

「だが、吉見はなんだ? あいつはただの鬼の被害者だ。人柱として育てられ、反逆をすら呑み込まれた上に、その【全知】すらも吸い取られた」

「そう、かもしれないね」

「それでもあいつは嫌った素振りで、でも心の底では私達だって好いてしまっている。それは……何故だ?」


 汀は人でなしだ。鬼であれば、人間の死なんてどうでもよく、利用をしようとする弱者どもを振り払う手についた赤だって気にすることではない。

 だが、川島吉見は誰よりそれを気にしてしまっている。絶対に幸せになってはいけない業を持つ少女の幸せをすら隠れて願っているのは、他の鬼どもが楠の屋敷で彼女を軟禁している際に汀は盗み聞いた。


「……僕には【全知】とされるあの子の気持ちは分からないよ。ただ、知りすぎてしまったのだろう彼女の不幸だけは分かるかもしれないね」

「それは、なんだ?」


 今度こそ向き合い、すっくと立ち上がる汀。

 鬼の彼女の大きさは全てに威圧を呼ぶ。弱い鬼である海だってそれは同じ。

 それを思うと、こんなのと同級として共に歩いてくれているあの子はどうしようないくらいに優しいのだな、と青年は思わざるを得ない。

 一度青くて虚しいばかりの空を見て、彼はこう続ける。


「きっと、あの子は特別すぎる自分をこの世の一つと認められていない。それが、彼女を幸せにも不幸にもしている」

「そんなの……」

「あり得ないよね。だって、何より彼女はこの世の中心だ」

「ああ。【主人公】なしで、世界なんてやっていけないのに」

「ひょっとしたら……【全知】の彼女はそれだけは、知らないのかもしれないね」

「はっ、それもう全知じゃないだろ……」


 力なく、そう溢す汀。だが、彼女は内心自らの言葉を認められていない。

 何せ、あの【全知】とうそぶく無能は、そうですらなければただの知っているよと無知を恐れながら強張り続ける頭でっかちでしかなかった。

 でも、そんな程度の人間でありながら、しかし彼女は無理に知っている範囲の全ての幸せを願っていて。知らん顔して愛を振りまく。

 思わずぽろりと鬼の少女から再びの文言が零れ落ちるのだった。


「やっぱツンデレ、だな……」

「ん、なんだい、それ?」

「はっ、海兄には教えねーよ!」


 従姉妹の久方ぶりの笑み。それが無理によるものでなければ、ただ嬉しいばかり。

 諸々の危機や、感じる不穏等の全ては本来人のもの。鬼が無理で背負うものではないと思ってしまう珍しいタイプの鬼である海も。


「ふっ、そうかい」


 もし、もう一度この愛おしき妹分が不幸にさらされた時には、その時は世界を滅ぼしてしまっても構わないと、そう思うのだった。

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