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第三話 知らないこと

 この世界には【イザナミ】という組織があります。

 世間一般には正義の組織とされている、「錆色の~」シリーズ主役の海山宗二君が所属しているとある研究所を母体として発生した団体ですね。

 名前はあの国生みの【イザナミ】様から採ったのでしょう。随分大仰な名乗りっぷりですが、それもその筈。


 このヒーローを生み出す機構。元々は新しく国を生み出すという目論見によって創られているのですよね。


 冥府の神の産み直し。そんな風に格好つけて、偏った天才たちが先端バイオ技術の粋を集めて創り上げた孵卵器には、大きな欠陥がありました。

 まあ、それこそ目論んでいたように国を埋め尽くす程の人を産み出すには耐久性や容量が足りていなかったのは仕方がないことでしょう。

 むしろ、その機械によって産み出せたのが数多の掛け合わせを拒絶した突然変異、上水善人だったのが最悪でした。


「最悪のあいつが全部当時のイザナミの施設全部ぶっ壊しちゃって技術も散逸しちゃって、そのために色々と面倒なことになっているのですよね……」


 ここら辺は、原作シリーズ中盤にて展開された過去編にて回収された設定ですね。

 この設定周りを知っているとなんで正義の地母神【イザナミ】の対が悪たる怪物の父【テュポエウス(テュポーン)】なのかというのが、テュポエウス創設者でもある善人の皮肉というのも理解できるでしょう。


 その上、イザナミに後で何とか再建できる程度の破壊しか行わなかった辺りも善人の悪意でしかなかったりするのですね。

 とはいえ、金持ち達が懲りずに亡き研究者達の立てた計画を推し進めた結果が、善人との敵対とその結果のイザナミという組織全体の正義の味方化というのはちょっと面白いですが。


「やれ。といってもそのために第二世代の性能がそこそこな上に、第三世代に至っては詰め込みすぎてまともに産まれてくれたのが宗二君だけとか……結局残念な組織です」


 私は【新たなヒーロー求む】とでかでか書かれた第二世代の誰かと楠の鬼爺――私の知識から鬼どもはイザナミの後見をはじめたのですよね――が写ったイザナミの広告ビラを二つ折りしてバッグの中に突っ込みました。

 駅前の流れに沿った結果綺麗なお姉さんから受け取ったものとはいえ、流石に敵対組織のトップの私にこんな誘いなど以ての外ですね。

 結構上等な紙を使っているようなので後で切り分けてメモ用紙にするつもりですが、裏の裏まで知っちゃっている上大体の元凶を飼ってすらいる私には正義を貼り付けただけの伽藍堂なんかに住み着く理由などありません。

 自ずと人混みの喧騒に紛れてくれることを期待しつつ、私は小さくこう零しました。


「正義なんて、やりたい人にやらせておけば良いのですよ」

「おお、その通りだよ嬢ちゃん。賢いな」

「……おや?」


 しかし、それは決して非凡ではない第二世代とはいえ《《拡張型人間》》さんにとっては聴き逃がせるものではなかったのかもしれません。

 返答に振り向いた先にあったのは、漫画版に登場した際の顔を更に彫り深く刻んでくたびれさせたような、そんな遠く見知った顔でした。

 あれですね、気安く私に話しかけてきたこの人は、後半の怒涛の伏線回収にて読者達をこのおっさん実は主人公好きすぎだろと驚愕せしめた普段は厳し目のあの人。

 これっぽっちも顔に出ない驚愕は安心にしぼみ、むしろ歓迎に微笑んでから私は彼を語ります。


「ふふ――誰かと思えばイザナミの道上大地さんですか。上位クラスのベテランヒーローがこんなところで暇していて良いのですか? その宗二君の《《ため》》の赤スーツが泣いてますよ?」

「なんだ、俺に知識比べでも仕掛ける気か? だが俺がお前さんについて知っていることはあまりなくてな……まあ、曰く【全知】だのテュポエウスの一員の可能性が高いだの、そんなとこかねえ」

「なるほど。私が全ての黒幕だとはバレてはいないと」

「ふん。多少趣味が悪いが冗談も上手いか……こりゃ、宗二のヤツじゃ敵わないわけだ」


 黒い革のグローブに包まれたゴツゴツの両の手を挙げて俺も降参だと、口だけで笑むイケオジ。

 なるほど前世でこの人に女性ファンが多かった訳です。そこそこ賢くてそれでいて予想を超えることもない。その人柄を鑑みても安心安全ですね。

 戦闘スタイルはゴリゴリの脳筋みたいですが、そんなところもギャップと採れば愛らしいのかもしれません。


「なんです? そんなにパパさんは宗二君のことが気になるのですか?」

「いや……俺はあいつの父じゃ……つうかどうせ知ってからかってんだろ、お前さん」

「ええ。当然ですよ。私は貴方がとても優しい大人だと知って、安心しきっています」

「そっかい……性悪だねぇ」

「ええっ、ええっ! そうでしょう?」

「いや、表情一つ変えないままそこで嬉しそうに声をあげるのか……あんたは」

「ふふ。この無表情は、仕様です」


 ただ、残念なことながら前世の私の推しはこの人ではなければ、正義の味方のふりをした子供の味方よりもずっと愛らしい悪の塊達を知っていました。

 故にちょっかいをかけてきた、時にブラキオサウルス拳とかやっちゃう面白大人をからかうばかりです。

 笑顔になれないまま私は喜色を声に載せてうふふ。そして身勝手にもそろそろネタバレお願いしますとこう乞うのでした。


「それで、どうして貴方はこんな性悪な私に関わろうとしたのですか?」

「んなの、勿論……」


 大地さんは少し照れるように頬を掻きます。

 クールの振りした熱血漢。素っ気ないふりして愛しすぎている、そんな人。数多くのテキストの中から伺った彼の設定のみを見知った私はだからこそ、安堵どころか油断しきっていました。

 どうせ、私という危険分子を試そうとしているくらいだろうと高をくくっていた私。そんな弛み切った心に、彼は真っ直ぐすぎるこんな言葉を向けます。


「坊主が恋しちまった相手がどんなもんか、個人的に気になったってだけだ」

「え?」


 えっと、坊主とはひょっとして宗二君のことでしょうか。また宗二君が恋した相手を気にするっていうのは親代わりのつもりであるこの人の自然ですね。


 でも、そんな風にして彼が恋した相手というのが私というのは困ります。

 そもそもまだ、メインヒロインさんすら登場していない頃合い。我が妹のルートは外伝であり得ても、私なんていう異物とくっ付く未来はあり得ないのです。

 というか、救世主が悪の組織のトップとくっ付くとか流石になしというか、そもそも彼のことは番う相手として見ていないと言いますか。


「むぅ」


 でも、熱を持った頬を隠すように押さえてしまうのはどうしたって止められません。


 まったく。期待していなかっただけちょっとだけ嬉しいのが、シャクです。


「……なんだ、【全知】ってのにも知らないことがあるんだな」


 驚いたよ。大人の人は私にそう言って、笑いました。





 海山宗二は川島吉見のことが恋しいくらいに好きである。それは、彼女だけが自分を期待してくれるからという、それだけのことではない。

 幼馴染。同級の美人。そんなことはどうだって良かった。

 全知無能。故に隣り合い続けたそれだけで教えてくれたものは数限りなく、与えられたものだって片手では足りない、そんな二人の関係に愛の理由は沢山あった。


『そうじくん』

『よしみ!』

『よかった……』

『……よしみ?』

『そうじくんがいきていてくれて、よかった!』


 そして、それだけでなく。何よりあの日再び自分を見つけてくれたのが彼女だったからこそ。


 きっと海山宗二はヒーローとして今も立っていられるのだろう。



「っ」


 走馬灯にしては貧しい程の、一瞬に過ぎたそんな昔の大切な記憶のひと片。

 闇夜に頬を抉った凶器がそれを起こしたものと僅かな自失の後に気づけた宗二は勢いよく《《怪人》》の尖りに歪んだ手を弾いた。


「はぁっ!」

[!]


 まるでナイフの全身。それに躊躇なく打撃を加えた青年に怪人――テュポエウスの改造人間――は驚きを受けたようだった。

 宗二の拡張されて強靭になっている肉体から飛び散る血。慌ててその先を銀の指先にて引っ掻こうとした怪人は、しかし。


「坊主、疾く退け!」

「はいっ!」

[ッ]

「貴様は授業の邪魔だっ、っての!」


 入れ替わりにやって来た怒気の化身により、先程の手を弾く程度のものとは比べ物にならない程の威力の打撃をその全身に受けることになった。

 その身は刀身の重なり。だが、そんなのヤスリにすら感じないと言わんばかりに、道上大地は一蹴。

 宗二の鮮血よりなお紅いジャケットを翻しながら、素手でもって鉄の塊を割ったのだった。


[ガッ]


 長い生存すら無意味と製造段階にて癒着された口から怪人の白い息ばかりが漏れる。

 余計だと漂白されたために、記憶はない。だが、記録と実体験によって彼は理解できてしまった。


「よりによって、俺がこの落ちこぼれ坊主にレッスンしている時に現れるとはなあ……貴様も運がない」

[……]


 第二世代。大成功と大失敗に挟まれた成功のいち。

 その中でも極めて好戦的で強力である最大の拡張型人間、道上大地。曰く、地上最大。

 それの怒気を買うことは、この出来損ないの怪人程度では命を捨てることと同義である。

 怯える、というオミットされた筈の機能が彼を震えさせる中、大地は哀れな実験体の前にこう告げる。


「俺の目をすら欺く程の擬態は良かった。だが、騙した相手が坊主ってのは甘かったな」


 数多の怪人を屠って来た大地から見ても、これが被っていた人の皮はよく出来ていたと丸がつく。

 だが、その内に秘めていた凶器をよりによって、コレは坊主――のように思い込みたい大切な子供――に向けたのだ。

 息子同然が傷ついた。そのことは許せても、しかし世の中には順序があるものだとヒーローは怪人に怒り、全力で拳を振るう。


「殺すつもりなら、まず俺を選ぶんだったな!」

「大地さん……」


 疾きことこの上なければ最早映るのは赤の線。優れた一筆は破壊すら静か。

 宗二は目を逸らさずにそれが金属を一音で破壊しきったのを見た。


[グッ……]

「こいつは当たり、か……」


 正義の味方が一撃で刈り取ったは歪みきった命。そして、大地の手には貫通した怪人の胴体から伸びた数多の線――有機的なコード――が絡まる。

 苦く呟く大地に、宗二は慌てて声をかけた。


「大地さん! 爆弾は!」

「慌てんな坊主……悪の華――内蔵自爆用システム――は一発で潰してある」

「良かった……」


 安堵にほっと、宗二は息をつく。

 極稀に怪人に仕込まれている爆弾、悪の華。それの威力はまちまちであるが、小さなものでも建物を爆散させる程度はある。

 故に怪人を倒すのならば悪の華が埋め込まれている可能性のある心臓部ごと破壊する必要があった。


「大地さん……すみません」


 無論、大失敗とされた拡張型人間である攻撃力に欠けた宗二にそんな芸当は不可能。

 故にこうして先輩に庇われて危険に向かわせてしまったことに頭を下げることなんて数多。

 しかし、そんな情けないところを嫌った年上は、袖周りが台無しになった赤を脱ぎ捨てながら短く言う。


「謝んな」

「でも……」

「明日があるだろ、明日が」

「はい……」


 大地の発言に宗二はしかし気が気でない。

 吉見は宗二が救世主になれると言った。だが果たして、何時の明日に自分はそんなものになれるのだろうか。

 今は幾ら身体を張ってもバディの脚を引っ張るばかりの情けない微能力者でしかないというのに。

 俺は何時まで守られていれば良いのだと、男の子は思うのだった。


「たく」

「あ……」


 そんな気持ち、曲になりにも肩を並べていて分からないわけがない。

 下がった頭を手のひらで掻き回し、優しくなく青年の髪をボサボサに仕立て上げた大地は。


「前向け、前!」

「はい!」

「後はそれ、片しとけな」

「……任せてください!」


 言い、顔を上げた青年に背を向け――背中を再び預けて――報告のために離れるのだった。



 端末を弄りながら都合十歩。それだけ離れた上に拡張型人間として不完全な宗二の耳はさほど優れておらずに。


「……それに、お前の無理は意外と無理じゃないかもしれないぞ?」


 だから、昼の【全知】の様子を参考に呟いたそんな言葉は誰に拾われることなく夜空に消えるのだった。

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