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番外編②「アリス・ブーン」


 悲しいことに、私は彼らがほぼ独り立ちしているためか、麾下の愛すべき四天王たちと寝食を共にする機会に中々恵まれません。

 まあゆきちゃんは最初からお隣さんだったから時にはご飯に招くこともあります。また、善人にもっと人間らしくなってもらうためにもとお弁当を持って彼の家に行くことはしばしばです。


 しかし、それ以外の四天王、アリスと恵とは中々一緒に過ごす機会がないのですね。

 まず、恵はお家をトップシークレットとしています(小説での描写からあの辺りかなと何となく分かっていますが)し、私と同じく高いところ大好きなアリスはアパートに留まらずそこらをスカートで物理的に飛び回ってパンチラ大安売りしています。


「お邪魔しますデス!」

「どうぞー。アリスも偶にはゆっくりして下さいねー」

「分かりまシタ!」


 そんなだから、今のようにアリスが私のお家に遊びに来るのは存外珍しいのですね。

 黒白マーブルの肌に、金の髪。異国の要素ばかりで出来上がった彼女が辿々しい言葉遣いながらも元気ばかりしているのは私にとって大分ありがたいことです。

 皆違って皆素敵ではありますが、再設計の中心に私なんかを用いたアリス。それもあってかどうも他人とは思えないこの女の子が幸せなら嬉しく思えてなりません。

 どうにもこの子は自分を大切にしてくれないので目につくところに居てくれると私も安心なのですよ。


 しかし玄関にてズックを丁寧に並べてからえへへと笑い、両手を広げたアリスは私にこうおねだりするのでした。


「それではヨシミン! おっぱいくださイ!」

「やれ。申し訳ないですが、私にはアリスに差し出せるほどのお胸はないのですよ……」

「ガーン! ショックでス!」


 一見して私の不足など瞭然でしょうに、しかしアリスは私の平坦を驚愕の事実とします。

 これは、私もよく分かりませんね。そもそも私のお胸(?)が関東平野だとするならば、アリスのものは秩父山地くらいはあるでしょう。これ以上無理にバラストを重くする必要などなさそうです。

 何より思えば思うほど悲しくなりますが、私のゼロをプレゼントすることなどとてもではないですが、出来ないのですね。

 普段おねだりすることのない彼女に不足ゆえに何もしてあげられないことに申し訳ない思いでいっぱい(おっぱいじゃないです)になりながらも私は、正直にこう問うのでした。


「それにしても、アリスはモデルの私と違ってそこそこのお胸があるというのに、どうして私にそんなありもしないものを欲しがったのですか?」

「ここニ書いてありましタ!」

「なになに……この本は……ひ●こクラブですか? それもまた随分と古い号のものですね……どれどれ」


 ふむふむと私は可愛い赤ちゃんがよちよちしている写真が表紙になった雑誌のページを捲ります。

 私は基本的に無能ではありますが、しかし何だかんだ前世の知識もあるので読書に不便はありません。

 むしろ不得手な分野の情報が次から次へと入ってくることが楽しくなった私は、玄関に正座して隣からアリスが一緒に覗き込んでいることも知らずしばらく読みふけったのでした。


 そして、ぺらぺらとしていた手も次にちょっと硬めの表装しか残っていないことに気づいてようやく止まります。

 私は、未知の可愛らしさとそれに対するお世話の仕方を知ることでこう考えてしまうのでした。


「なるほど、離乳食の作り方など細かく書いてあって勉強になりますね……そして私も赤ちゃんが欲しくなりました!」

「ムー! アリスがヨシミンの赤ちゃんデス! 叩いてくだサい!」

「あれ。そうでしたっけ? それとアリスは会話の中に唐突に被虐趣味を挟まないでください。混乱します」

「ハーイ」


 なんとも聞き分けのいいアリスですが、私はちょっと彼女の考えがよく分かりません。

 まあ取り敢えず玄関でお話しはないだろうということで、私達はリビングにてその身をゆっくりさせようとします。

 すると我が家を根城としている首狩りウサギのミリーちゃんとエンカウントするのは自然なことでした。ひと跳ねして、ミリーちゃんはアリスに飛びかかります。仲良しさんでとても良いことですね。


「ぴょん!」

「あっ、ミリーです! コの前ウサギ美味しいっテお歌、聞きましタ! ミリーもビミですー?」

「ぴ、ぴょん~!」

「アリス。その歌はきっとウサギ追いしかの山と歌っていたのだと思いますよ。後ミリーちゃんは自分をウサギだと思いこんでいるだけの子なので、多分不味いです」

「……ぴょんっ!」

「わ。今度は私に飛びかかって……ひえっ、どうしてアームロックを仕掛けてくるのですかー?」

「ヨシミンは、やれヤレでス!」

「ぎゃあ、ですー」


 よく分からないまま、ミリーちゃんの小さなお手々に似合わぬ剛力でアームロックを仕掛けられる私。アリスがまるで自業自得だという風に止めてくれないのが残念です。

 とはいえ、ミリーちゃんは優しい子ですから私のごめんなさいとタップに満足して離してくれました。また大げさにしていましたが実は肉体から実体が離れ気味な私にとって関節技はあんまり痛くないというのは、秘密です。

 解き放たれた私は、椅子の上で手をぐるぐるさせてから、こう問います。


「やられましたー。しかし、それにしてもどうしてアリスはさっきあんなものを欲しがったのですか?」

「ふフー。ヨシミン! 少し考えてみて下さイ!」

「やれ。アリスが私のおっぱいを欲しがった理由……」

「ぴょん?」


 そして、何言ってんだコイツというミリーちゃんの冷たい視線を受けながら、私はしばらくどうしてアリスがお胸を欲しがり自らを赤ん坊だと主張するのか考えました。

 普通に考えるとおかしくなってしまったのではと結論づくかもしれませんが、しかしアリスはこう見えてとても賢い子です。

 時々やっつけられて痛い目に遭うために悪いことすることはありますが、基本的にやっていることが滅裂ということはありません。

 ならば、と考えていたところで途端にテーブルの上のひよ●クラブのページが風のようなもので捲れ(後で考えたら室内で普通はこんなの起き得ませんでしたね)ました。

 そして、止まったは赤ちゃんがママのおっぱいをいただいているシーン。そこでやっと私はビビッと来るのでした。


「あっ! アリスが言っていたのは母乳のことですか! それが飲んでみたくて……また一度もそれをいただいたこともないから自ら赤ん坊だと言っているのですね?」

「その通りデス! アリスはヨシミンのおっぱい飲みたいのデス! ばーブー! 後お尻ぺんぺんしてくだサイ!」

「やれ。申し訳ないですが、身体の準備も出来ていない私にはアリスに母乳を与えることは無理なのですよ……また、アリスの中ではお尻を出した子一等賞なのだとしても、基本的には隠して下さいね?」

「ガーン! ちぇー、デス!」

「ぴょんー……」


 頭痛が痛い(誤用ですが正にそんな感じでした)という風に長い耳を下ろして頭を抱えるミリーちゃん。

 それ以上に、アリスったら唐突にスカート下ろしてばーぶーとか、とんでもない子に育ってしまったと私は戦慄します。

 誰に似てこんな特殊な子になってしまったものやらと、私は何故か指差してくるミリーちゃんを無視して困り果てました。

 ですが諦めの悪いアリスはスカートを上げてくまさんパンツを隠してからこう続けます。


「ムー……残念デス! でも、ナラこの写真の子にするみたいにアリスにして下サイ!」

「えっと。これですか?」


 またページが勝手に捲れ、遅まきながらそれがアリスの能力の応用であることに気づいた私はしかし気にせずに止まったページを見つめました。

 するとそこには愛しい我が子を抱いて背中を撫でさする母親の姿があります。なるほど、これはちょっと私も羨ましくもやってみたくあります。

 ちょっと物理的にアリスは荷が重いかもですが乗り気になった私は覚悟するのですが、しかしどうしてだかアリスはスカートの裾を持ちながら瞳うるうるしています。

 彼女は、ぽつりと問いました。


「ダメ……でス?」

「いえ。こんなの楽勝ですよっ! 来てください、アリス」

「わーイ、デス!」

「ぐえ」


 そしてぎゅうと抱きしめられる私。

 流石に本気ではないでしょうが、それでも無能な私にはアリスの抱擁は痛いくらいですね。また、ぶら下がられているため非常に重いです。

 でもまあ、それくらいで止められないのが愛であり、ひょっとしたら親心のようなものでもあるのかもしれません。


「よし、よし」


 だから、彼女が悪い子で、いずれ最悪へと繋がりかねない階段の頂上にある存在だと分かっていても、私だけはそれでよしとしてあげるのでした。

 幾ら優しく撫でてみてもこの子の背中に羽はありません。でも、それでも私にとってアリスは天使と変わらない大切なものですから。

 私なんかよりも強くて頑丈であることを知っていても、柔らかに優しくしてあげたいと思うのです。


「ママ……」


 ただ耳元でそう呟いてくれたアリスに、前も今も母をろくに知らない私が果たしてこの子の為になれているのかどうかだけは、ずっと不安なのでした。






 アリス・ブーンは今はなきブーン社が数十年前から走らせていたプロジェクトであるマジックオブジェクトというもののほぼ唯一の成功体です。

 マジックオブジェクトというのは複数の意味があるようですが、簡単に訳すと魔法対象となるのかもしれません。

 いや、アリスの受けていた扱いを思うに、実際は人体を用いた魔法「物」を作成しようとしていたのでしょうね。


 便利な、神に至るための奇跡を起こすもの。

 アリスがそんな想定していた用途を超えて、神域の一段下まで届いてしまったのは間違いなくブーン一族の想定外でした。


 何せ、培養した人肉、或いは買収や拾ってきた肉体の優れた部分。それらを繋ぎ合わせて人を超える意味のある存在を生み出そうというなんともローテクなプロジェクトです。

 思っていた成果の中々出ない中、最早強力な兵を生み出す機関となっていたマジックオブジェクト。


 その中で唯一、脳と臓腑に発声機器をつなげ合わせただけの状態で意味を成せたほど優れた魔法対象であったのが、アリスです。

 数多の肉の死の坩堝の底に、彼女は発生しました。だからこそ、最初の彼女は与えられた使命より先に。


『キエロ』


 その場の咎に塗れた全てを壊すことを最初の存在理由としたのでした。

 ブーン一族の宿願である唯一神への拝謁は、その日その場で叶わぬ夢と帰します。


『ア、アアアアァァア!』

「あり、す……」


 そしてあの日あの場に私は何とか居合わせることに成功していました。

 もっとも、それは体の良いモルモットとしてでしたが。タイミングを見計らってわざと捕まったはいいものの、色々と抜かれるは開かれるわで私もその時は大層弱っていました。

 でも、それでも何としてでも脳と臓腑を包んだ皮膜のみの姿の彼女を私はあの日助けたいと思っていたのです。

 だから、もう少しで終わってしまうくらいに使われ軽くなった身体を動かし私は彼女の名前を呼んだ。


 出来たのはたったそれだけ。でも、それこそが彼女の助けとなったようでした。

 猛りを急激に収めたアリスは、ボロボロ血塗れの白の研究所の中心にてやっと自分を見つけられたのですね。

 彼女は、発声機器からそれこそ機械的にこう呟きます。


『ワタシは、アリス』

「そうです。……私は川島吉見。げほっ……貴女の友達になりたくて来ました」

『トモ、ダチ……』


 返り血に満足した彼女は私がしていたような友好的な反応を、これまで識りません。

 だから、迷ったようです。それこそ私を生かそうか殺そうか、どちらにしようかと。

 そして、天秤は気まぐれにも命の方に向いたようで、私はその後生かされます。


 ただ、そんな物語に外れた先を知らない死にかけの私は、それでもこの子のためになにかなれないかと必死になって、こう続けるのでした。


「だって、一人は、嫌です……」

『そウ、デス、ね』


 そんな本音を持って爪の一つも取り上げられた歪な指先を伸ばしても宙に浮かぶ彼女には届かない。

 でも、言葉は響いて聞こえてくれた。それが嬉しくて私は。


「幸せになって……」


 そんな、読んで一番に哀れと感じた存在が幸せに歪んで欲しいと願ってしまうのでした。


『ワタシは、アリスは……ヨシ、ヨシミ……ンを』

「……げほ」


 ああ。それはあまりに原作を変える解釈違い。不幸があるから幸せが輝くというのに、このとびきりの悲劇をなかったことにするなんて身勝手極まりない。

 でも、それでももし許されなくても私は悲しみをなかったことにしたくなくてそれを愛したいとすら思っていた。

 そんな自分勝手にしていたのだから、罰が下るのは当然なこと。


 愛することは出来ても、愛される覚悟が私はなく。だから。


『カミサマにしマス』

「そ、んな……」


 そんな予想外の彼女なりの最大の好意の返報に、私は未だ頷けていないのでした。



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