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第二話 責任は

 あまり読者様方にこう言うのは自慢をしているようで気恥ずかしいのですが、実際私は前世そこそこの天才でした。

 一度勉強をすれば殆どを学びきりますし、以前の学びと結びつけるのだって得意な方で、強いて言うならば発展を望むのが少し苦手でしたね。

 むしろ、運動に関しては抜群に近かったかもしれません。大体やれば出来るのでつまらなくなって遊ぶことしかしなかったのですが、今思えばプロ選手になった子と競えていたのはおかしいです。

 性格はまあ、出来ているのが当たり前過ぎていたせいで他者理解に欠けていた節があって反省すべきものでしたが、幸運にも愛を知ることは出来ていた。


 そんな人間がどうしてこの「錆色の~」シリーズに嵌ったのかなんていうのは忘れてしまいましたが、しかし今の川島吉見という私はそんな過去の自分のあり方を覚えています。


「……ふぅ。やはり無能というのは辛いものですね」


 そう、そんなだったからこそ私は記憶力以外には特筆すべき能力のない今の私に歯噛みしていました。

 毎日腕立て伏せや腹筋に背筋、スクワットを行っていても、なだらかなお腹達に筋肉なんてものは欠片も付きません。

 何故か朝夕の散歩を任されるようになった、お隣さんの愛犬であるポメラニアンのひらめちゃんにも時に元気に引きずられてしまう始末。


 口からついて出たこの感想だって、お庭の雑草を刈り取ろうと座ったところでバランスを崩して転んで地面にちゅうしてしまったがため。

 よくすっ転ぶ私はきっと誰より地球に唇にて愛を示しただろう人間でしょうが、しかしその度に鼻血ぶーでは笑えません。

 今回はヒメジョオンの群れに頭を突っ込んだのでお花は無惨でもお鼻は大丈夫でしたが、突然の私のぶっ倒れぶりに長閑にも愛を囁いていただろう小鳥さん達は悲鳴をあげて逃げ去ってしまいました。


「せめて、普通に至りたいところですが……やれ、私はどうも物質的ではない」


 私はおもむろに軍手の中の手のひらをぐーぱー。すると、その行為に対する感覚のなさに悲しみすら覚えてしまうのでした。

 何をしても想定より力を入れられないのは、この世から浮いているから。新しい世界に十数年経っても馴染んでいないというのが、本当のところでしょうか。

 これでは、今の世界にて体育の成績を上げるのはきっと難しい。それどころか、何度やっても真っ直ぐ底まで沈んでしまうために出禁になった市民プールに今一度舞い戻ることも出来ないのでしょう。


「……ですが、諦めませんからね?」


 そう、私は認めざるを得ないくらいの無能です。本来私に価値などない。

 とはいえ、無いなら付け足していけば良いだけであり、私にはまだまだ時間があります。

 例えば高枝切鋏をすら上手に使えない私でも、この休みの一日を用いさえすれば庭木に芝生を綺麗に出来るでしょう。


「つまり、私の戦いはこれからだということで……」

「あ、吉見お姉さんがほっかむりして草刈りしてる! わたし、お手伝いしたげよー!」

「あ……」


 そうして、やる気満々だった私なんて気にも留めずに、魔法が元気に横切っていきました。

 精神の方に寄っている私だからこそ見て取れる、それらは透明な魔力を斬るという意味そのものに変じさせた強力極まりない初見殺し。

 そんなものを、物言わぬどころか揺れそよぐことしか出来ない草木に向けて当てるのだから、大変です。現在進行系で草が飛び散って、バシバシ当たってきますね。


 というか、自分の周りがミキサーになっているのはとても怖いです。私の表情がカチコチでなければ、きっとムンクの叫びを聞いたらしい人の絵のようになっていたことでしょう。

 流石に怒った私は、ひらめちゃんの飼い主であるお隣さんの魔法少女に文句をつけます。


「ゆきちゃん! こんなことに、魔法を使ってはいけませんよ!」

「あ、吉見お姉さん……わたし手伝ったんだけど、ダメだった?」

「ダメではないのですが……いえ、手伝いというのは、本質的には楽をするための行いではないのです。何せ、苦労は無意味ではないのですから」

「あはは! なんか格好いいこと言ってるけど、吉見お姉さん産まれたての子鹿みたいに震えてるー!」

「そりゃあ、無能の私がど真ん中安置でミキシングされてしまえば、無事を知っていても不安に怯えて当然でしょう!」


 我が妹よりも年齢含めて大分おちびさんなツインテールに向けて、私はぷんぷんです。

 草は断面を晒しながら辺り一面に、それこそ二階のベランダにまで届くレベルで散らかされていますし、気づけば私のほっかむりにしていた手ぬぐいは真っ二つになって足元に落ちていました。

 これは流石にやらかしが過ぎます。仕置のために私は私よりも圧倒的に強いはずのゆきちゃんに気にせず向かってどしどし歩み、その広めの額に指さきコツン。


「いたー! ごめんなさーい!」


 その軍手越しの弱々しいデコピンに何を感じたのか、魔法少女は直ぐに謝ります。

 ごめんなさい。それはこの子から果たして何度聞いたことでしょう。それでも善も悪も諦めないゆきちゃんには私はほとほと困らさせられています。


「全く……お利口さんにしたい気持ちはありがたいのですが……別に、貴女は貴女のままで良いのですよ?」

「うーん……でも、それって甘えだよね。わたし、何時までも甘えん坊さんじゃ、や!」

「やれ。善人あたりにでも聞かせたい殊勝な言葉ですが……いいでしょう。なら、今日は私と飛び散った葉っぱのお片付けとしましょうか。……ゆきちゃんは、お姉さんのお手伝いは出来ますか?」


 そっと向けた灰色――私は鏡の中でよく見るこの瞳の色が好きではありません――の視線を言とともに受けたゆきちゃんは、一度にっこり。

 彼女はびしりと身を正してから敬礼まで――手のひら丸見え不格好ですが――してこう叫びます。


「はい! しゅりょー!」

「はぁ……首領呼びはアジトでだけ、です」

「あ、そうだったー! 今はしゅりょーじゃなくてただの雑魚雑魚お姉さんだったね!」

「やれ。本当にこの子は小悪魔ですね……」


 いや、この博覧強記な綺麗所に、雑魚雑魚とは。

 確かに本当のことで悲しいですが、それでもこの子は私に対してあまりに気楽にすぎると思うのですよね。


 一応私が《《主》》という形の契約をしているのですが。


 気にせず、今も彼女は撫でるように竹箒を操って鼻歌を歌っていました。


「ふんふーん」

「……首輪を付けても、鷹は自由ですか」


 そう、生殺与奪の権利の全てを私に預けて、この魔法少女は今も空を飛んでいるのです。






 埼東ゆきは、魔法少女である前に埼東家の一人娘である。父、埼東みつぎに溺愛と共に育てられた女の子だ。

 本来、彼女には柔和なところが写真でも見て取れるような優しい母がいた。

 だが、そんな大切だったろう人はゆきが物心つく前に大病によって亡くなっている。

 そのため余計に降りかかる父の愛。それを当然と生きていた彼女は、自分が不幸と感じたことは一度もなかった。


「きっと、吉見お姉さんたちの方が大変だもん」


 親が父だけなのはおかしいと同い年の子に言われたが、それならお隣さんはもっと歪。家にあるのは少女と少女ばかりで、親もないどころか大人の姿も見当たらない。

 時にみつぎが様子を見に行っているようではあるが、それだけで足りないのは子供心にだって明白。

 大人しいけれど弱々しいお姉さんと、元気だけれど小さな妹さんだけでは笑い合うどころか生きていくのすら難しい。

 それでも彼女らは時に隣家に届くくらいの笑い声を響かせ、手を繋ぎながら前ばかりを歩んでいた。それがよく分からなくて、ゆきは父に聞く。


「ねー、お父さん。どうして吉見お姉さんのお家には大人の人がいないの?」

「……そうだね。私もそれはおかしいと思うよ」

「なら……」

「でも、世の中には役割というものがあり、彼女らには無垢であることこそ望まれている。何も知らないなら幸せにだってなれるだろうと……私にはどうしようも出来なかった」

「そんなの……」

「ああ。良くないね。だから、何時か……」

「いつか?」

「ゆきが、彼女たちを解放してあげられたらな、と親ばかな私は思ってしまうよ」

「そっかー……」


 ゆきはみつぎの言葉を半分も理解できなかった。だが、その真剣な憂慮だけは理解できてしまう。それくらいに、父は悲しげだったから。

 後で聞いたところ、川島の家の子たちは代々かいぶつの花嫁とされるものであるらしい。

 どうしてか今代は二人となったが、それでも彼女らは《《楠》》というばけものの生贄となるのが決まっていた。

 真、時代錯誤であるそんなお話。だが確かにこの世の摂理を司るばけものはこの地に根を張っていて、どうしようもない。


「分かった!」


 だから、少女は理解した。

 あの優しいお姉さん達が間違いなく幸せになるため。何もかもを知っていると嘘つくだけの弱虫さんの味方になるためにも。


「私は悪い子になるね」


 摂理に悖る悪になると彼女はその日、決めてしまったのだった。




「はぁ……ぐぅ……」

『ここまでだ』


 そして楠というばけものに対して、世界が与えてくれた素敵な魔法を用いて何時の日かゆきは戦った。

 しかし、正義は向こうで魔法少女は悪である。

 楠は世界をいずれ滅ぼすだろう存在であっても、それが今でなければむしろ現在進行系で人を守る鬼でもあった。


「吉見お姉さんたち、逃げて……」


 故に、誰も少女の味方などならなくて、だからきっと背中で守っていた彼女たちは怯えて震えているのだろうと思っていたのだけれど。


「私は、知っていました。それこそ、全てを」

『何?』


 その人は弱さを顕に一歩進み出る。

 そう、何もかもを知っているとだけ宣う川島吉見が怖じることなどあり得ず、むしろゆきは守りたかった人の頼りない背中に守られて。



「ですから、全ての責任は私のものです」


「あ……」


 故に、悪の魔法少女は何一つ守ることなど出来なかったのだった。




「お姉さん……むにゃ」


 その日の告白により吉見の知識は開かれ伝播され、ゆきに付けられたのは魔法に依る契約。

 今一度吉見の意に沿わぬ行動を採ったならば、ゆきの命を破棄するというもの。それのおかげで彼女には悪の組織でちょい悪を続ける今があるのだけれども。


「大好き……」

「くぅ~ん」


 ただ、その命をかけた魔的な繋がりこそが確かなあの人との繋がりとして、今日もゆきは愛犬ひらめと一緒に安らかに夜に寝入るのだった。

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