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第十七話 凄いヒーローさんなんだ

 さて、読者の皆様方はよくご存じでいらっしゃるとは思いますが、この二次創作な世界はつまり原作ありです。

 どうやら前世の私の聖典だったようである、ジュブナイル小説「錆色の~」シリーズ。

 はい。その世界に転生だか何だかして私は前世の記憶ばかり引き継いで生きているのですね。

 つまり、これまでと起きる特筆すべき大体を知っている。何だか凄そうですが、ただ私の全体は無能なので十全にそれを役立てられているとは言えません。


「やれ。それは私が私であるが故ですね……」


 私はレトロな喫茶店でお手洗いの蛇口をきゅっきゅ捻りながら、気付けのためにぬらしたびしょびしょ顔を見つめ直します。

 私の今のお顔、元々表情がないこともあってか、ちょっとホラーちっくですね。

 とはいえ、実際私が起こしているのは下手なコメディみたいなものでしかないのですが。


「なんか、全部助けるとか、全部どうでもいいって出来なくて中途半端で申し訳ないです……」


 物語への転生。そうなったら普通ならば世界平和や悪の打倒を目論むべきなのでしょうが、私なんだか結果的に悪の組織のトップとかなってます。

 いや、別段悪いことしたいわけじゃないのですが、酷く悪い目にあい悪を成したくなる予定の子達の助けになるべくなりたかったというか、それだけだったのですよ。

 結局あんまりお助けになれず、半端に彼らの慰めにしかなれていない今があります。まこと、道化ですね私は。


 また、そんな風に原作ぶっ壊してまでしたせいか未だ《《推し》》に出会えてもいないですし。果たして今どこで何をしていらっしゃるのでしょうね、あの方は。

 ご健在であるだろうことはその《《無敵》》な能力を知っているから分かるのですが。


 そんな風に、今は色々とひん曲がって一つ大事が欠けたそんな状態。

 二次創作として大分アレな感じではあるかもしれませんが、しかしとうとう幕は上がりました。


「なんとか原作通りに物語は開始してたようで本当に良かったです……どうして宗二君が助ける予定の玲奈さんがあの《《図書館》》から既に逃げ出していたのかは分かりませんが」


 鶴三玲奈さん。彼女の生家は設定通りだと鶴見研究所となります。

 知識に間違いないとすると、イザナミに属する研究所を何か大事にしてるようだからとテュポエウスが奪った後、検めた善人がその真価に気付けなかったために放置された場所でした。

 そこはイザナミの知識の墓場、旧い本と資料がびっくりするほどあるため誰が言ったか通称図書館。

 そこにある、物語のキーこそ図書鍵こと鶴三玲奈さんなのですね。


「それにしても玲奈さんったらメインヒロインさんだけあってとても美人さんでした……表情カチカチの私と違ってほっぺむにむにな感じでしたし……やれ。世界に選ばれた花であるだけありますね」


 そろそろとお手洗いから出ながらぽつりと私はそんなことを呟きます。

 私は手をなんかシルク入ってるらしい恵からいただいたハンドタオルで拭き拭きしながら、コーヒーの湯気の向こうに映る玲奈さんの美貌を見ながら対面の席に戻るのですね。

 彼女は図書館、つまりは研究所の地下に幽閉されていたからとはいえ透き通るような真白さをもっていて驚きですね。

 その上で血色により薄く桃色なほっぺが愛らしい。見目の整いなんてもはや語るべきもないレベルです。強いて言うならば、紫の瞳が大っきめでわらび系の愛されフェイスに分類できるのかもしれませんね。

 玲奈さんは、物珍しそうにガラス越しの世界を望んでいましたが、私に気づいてその薄い桜色の唇を開きました。


「あ、戻ってきた」

「はい。お花摘み失礼しました。それで、生まれてはじめての珈琲はいかがでした?」

「うん……苦みは書籍によって表現まちまちだったけれど、実際わたしというフィルターを通すと……」

「通しますと?」

「もう苦しいってくらいに渋くって、その上舌に残る感じだったわ」


 べーとした玲奈さんの下はヘビイチゴのようにちんまり紅い。良くも悪くも子供っぽく、それがお似合いなところが可愛いですね。

 まあ、実際のところこの方は実験のために生まれてからこれまで誰一人目にいれることもなく知識の園に放置されていた、実体験知らず。

 人のようでいてそれを模しているばかりの彼女の現状はつまり、背伸びしたお子様にも似ています。

 私はつい微笑みながら――どうも酷薄な感じになっちゃうらしいですが、玲奈さんは笑顔の類例不足か怖がらなかったです――こう提案しました。


「なるほど! 玲奈さんの無垢なお舌にはまだ真っ黒クロスケさんな珈琲は合わなかったのですね……それじゃ、お砂糖とミルクをぽいしちゃいましょうか」


 本当ならば、そもそも初外食で喫茶店はハードル高かったのかもしれません。

 でもまあ、何かきらきらした目でここ「喫茶檸檬」の看板を見つめて歩みを止めてらっしゃったからには、入らずにはいられませんでした。


 彼女が唯一の情報源として用いていた書籍って、更新がないからには古いもので当然であり、また古式ゆかしきを資料として封ずるにも良さげでもあります。

 そのため、檸檬のレトロな感じを本で見知ったものと合致していると感じて気にされたのかもしれませんね。

 もっとも或いは、単に檸檬って複雑な漢字が好きなのかもしれませんし、漏れ出る珈琲の香りを気に入ったのだという可能性もありました。


 まあ、そんな雑多な考察を口には出さずに私は手を動かして、ポットから砂糖にミルクにぽちゃぽちゃさせます。

 私がマドラーをくるくるさせて黒褐色を薄い茶色にしたところで、ようやく目を白黒させていた玲奈さんが口を開きました。


「……いいの? こんな上等そうなコーヒーに、そんな……」

「ええっ! 前に味わかんないなあって私がマスターの前でシュガーポットの黒砂糖全部入れた時はすごい顔されましたが、このくらいならいいでしょう!」

「……川島さんって随分な甘党なんだね……ん。これなら飲めると言うか……美味しい、かな」

「わあ。美味しい、いただけました! なるほどこれで舌に合うなら次から玲奈さんはカフェオレとか飲んでみるといいかもですよ?」


 私は少女の真剣のほころびを見て、手の平をぱちんとして合点をいかせます。

 私的には砂糖のジャリジャリ感を含めないと珈琲を味わった気もしませんが、でもこれくらいに苦み丸くなってしまえば玲奈さんも飲めるならしめたものです。


 何となくカウンターに視線を送ってみれば、ロマンスグレーをオールバックにしたマスターさんが私に対する鬼の表情と違ってにこりとしていました。

 これなら、きっと玲奈さんは次は美味しいカフェオレ出してもらえますね、と私は私で既に提供されていた珈琲があったので、砂糖をじゃばじゃばぶち込みます。

 背後からのぎりりという歯ぎしりの音を尻目に、私は何故か眉を落として悲しげになってしまった玲奈さんの言葉を待ちます。

 前髪の長さを少し気にしてから彼女はぽつりと、話しました。


「うん……分かってなかったけど、わたしの舌って子どもと同じだったんだね」

「はい! フツーの女の子と変わらないですよ。とっても、かわいい感じです!」

「そ、そう……」


 私は、玲奈さんの不安に対し、むしろ諸手を上げて称賛します。

 精神的なものはともかく、この子は実年齢十七で子供混じりな部分なんて年相応っていうか、そんなものでしょう。

 ただ、どうも可愛いと思われたことが意外なようで、彼女は手慰みに首元にかかるボブヘアを指で弄り始めました。

 照れているのですかね。わらびなんて、今はもう可愛いって言ってもはいはい姉ちゃんは可愛いを安売りすぎって流されちゃう――実は確り耳を赤くしていたりする――ばかりですので、この初心さは懐かしさすらあります。


 私がこの子実は私の子供だったってことにどうにか出来ないかなあ、と思ってしまうくらいに母性を擽られていたところ、次第に玲奈さんの手は止まり、表情一転。

 少し待つと意を決したようにして、こう問いました。


「ねえ。さっき聞いた時ははぐらかされちゃったけど……どうして川島さんはわたしのことを知ってたの?」

「そうですね……実は私は結構な無能とは言え全知を自称する者でもあります。よって、玲奈さんの事情だって知っていても何ら不思議なものではないのですよ」

「それは……凄いね」

「いえ。むしろ、酷いものです。地下に秘められて《《加速》》を続けられていた貴女の孤独を放っていたのですから」

「えっと……」


 勘違いに私が冷たい事実を返したところ、玲奈さんは口ごもります。

 それもそうでしょう。幾ら無垢で優しげな彼女とはいえ、その《《百年》》の孤独の歴史を見過ごされているなんて、気分が悪くなって当然でしょうから。


 そう、鶴見研究所にて研究されていたのは、時間認識の増減。

 別段人は律儀に心臓の音のリズムに今を合わせなくてもいいのではというアイディアから、認識のみの加速と減速を彼らは試みてみたのだそうです。

 ラットを用いる段階で減速の方は尽く正気を失うという結果に終わったのですが、しかし加速の方は適切なタイミングと頻度での情報の投与さえあれば不可能ではないだろうということが、数多の動物たちの死骸の山を越えて判明しました。


 そして、正義としてでなくいち研究機関としてイザナミが用意していた試験管ベイビーのうちの一人、《《ゼロイチナナ号》》を用いた実験が十年前に始まったのです。

 表向きは、思考加速による兵の強化と長期加速の影響の観察、というものらしいですが、実際は人を加速させたならばどうなるのかという歪んだ学徒の興味の結果。

 食餌による薬物の経口投与に、書籍類への誘導による壊れぬ範囲での情報の提供。成長段階による増加も考慮してその全てを自動化させ切ってしまったところには、当時のイザナミの本気度と狂気を感じます。

 十年単位での観察を計画したその大掛かりな研究は、しかしテュポエウスの襲撃により停止するはず、でした。


『ふん……まあ、コレはあり、か』


 ですが、どうしてか善人はどんどんと思考高速化して本を読み漁る少女の様を良しとして、放置。

 そうして、速さを増した彼女が体感百年の孤独を過ごし、図書館の本をすべて読みあげた時に自動装置は停止。その後飢餓から脱出を図る彼女を宗二君が助けた、というのが原作でした。


 実際この世界だとその辺りどうなっているのだろうか、と疑問に思いはじめた時、まだ思考減速しきっていないのでしょう玲奈さんが疾く悩むのを止めて意を決したように私を見つめます。

 何となく、その紫の瞳の奥を望んでしまう私に、彼女はこう問います。


「ううん、もし貴女が全知なら……ひょっとして、わたしに救いがあるってことも知ってた?」

「それは……否とは言えませんね。何せ全知ですから」

「そっか……なら、わたしなんて後回しにしちゃっても仕方ないよね」


 彼女の諦めに、それは違うと私は思います。

 勿論、この世の全てに救いを用意するなんて神様でもきっと無理ですし、また私の手がそんなに長くないのは間違いありません。

 ですが、それでも間違いなく私は意思を持って玲奈さんなら大丈夫だからと知識という不確かを持って切り捨てていた。


 それは明らかに、罪深い行いです。まあ、そもそも悪の組織のトップであること自体が罪ではあるのですが、それはそれ。

 悪くしたらごめんなさい、とせめて思うのは私にとっては当たり前のことでした。


 だから、私は違うと言って首を振ろうとしたのですが、しかし私の結論以上にアクセルベタ踏み気味の玲奈さんの勘違いの方が速く、私なんて周回遅れ。

 むしろ嬉しそうにして、彼女はこう言いました。


「川島さんは、悪い奴らが逃げ出しちゃうくらいに、凄いヒーローさんなんだから」

「はい?」


 とんだ勘違いに、私が口をぽかんとしてしまうのは、当然の帰結というものですね。

 悪いやつと罵られるべきなのに、ヒーロー扱いなんて、笑うことすら出来ません。

 これはどうしようと思う私に、もうなんか子どものように尊敬か何かでキラキラと瞳輝かせる玲奈さん。


 一瞬わらびには、この大っきな姪っ子さんのことをどう説明しようか、等と手続きや過程をすっ飛ばす勢いで母性血迷ってしまいましたが、そこで踏みとどまった私はしかしまた遅れます。

 首を傾げる彼女は、不安げにこう問いました。


「違うの?」

「それは違いますが……やれ」


 悪の首領がヒーロー。そんなのありえない捻じくれに決まっていますが、しかし子供同然の無垢な少女の期待を手折ってしまうのも心苦しく。

 いいや、全てが言い訳ですね。私は一瞬どれだけそうあっていれば良かったかと思ってしまいました。

 そして、即座にそんな考えを翻します。何せ、四天王を筆頭に私には悪だって善と同じく大切なものですから。


「そんな勘違いを正す一目瞭然。貴女の英雄の元へと私が連れて行ってあげます!」

「あ……」


 でも、間違っているならば、それを教えてあげるのが先達の努め。

 私は私の識っている誰よりもヒーローな彼を思いながら、玲奈さんの手を取ります。

 すると、一瞬期待と不安に彼女の瞳は揺れて、そして最後に。


「わたしは貴女が、いいのだけれど……」


 そんな、嬉しくも悲しい声が私には聞こえたのでした。



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