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第十六話 コウノトリがキャベツ畑

 前世の私はあれですね。きっと設定マニアというものだったのかもしれません。

 そうとでもしとかないと、この「錆色の図書鍵」から始まる小説シリーズの事細かを《《使用可能な状態》》で頭に叩き込んでおくことなんて普通は有り得ないでしょう。

 まあ、ちょっとおかしくもなければ物語に混ぜても意味ないのかもしれず、どちらにせよ以前の多分男だった私はある種特別だったのかもしれません。


「そう考えると、私ってすっごく普通ですね……なんか好きとか嫌いとかそんなにないですし。ひょっとしたら、読者さん的には全知無能なだけのキャラ貧扱いされてしまうのでしょうか……」

「姉ちゃん何言ってんだろう……」

「ぴょんー……」


 私が物語の登場人物らしからぬ内面平凡過ぎる己に慄いていると、何時もの誰かに聞かせるための独り言を引き取ってくれた妹とウサギ的なペットがぽつり。

 そう、わらびにこいつ何言ってるんだろうって顔で何言ってるんだろうって本当に言われちゃいました。

 ミリーちゃんはミリーちゃんで、ぽてぽて近づいてきたと思えばスリスリとその頬をごろごろしている私に寄せてきて。


「って、痛いですミリーちゃん! おヒゲ、ちくちく刺さってます!」

「ぴょん!」

「あはは。そういや、ミリーの三本ヒゲってほとんど針金の硬度だったよね……それをわざわざ姉ちゃんに突き刺してくなんてミリー、ひょっとしたら自分のことそんなに好きじゃなかったのかって、怒ってるのかもねー」

「わ。ご、ごめんなさいミリーちゃん! 私はミリーちゃんのこと大好きですよ! 今もその立派なおヒゲが何時私の頬を貫通してしまうかと、ドキドキです!」


 動物さんが顔にすり寄ってきてくれるのは、飼い主にとってとても幸せなことでしょう。その際にちょっと引っかかれてしまったところで御愛嬌です。

 ですが、ミリーはそんじょそこらのドラゴンとかより鋭い爪を持っていますし、今私にあててんだよとしている剛なおヒゲもヤマアラシさんのものに近く鋭く伸びています。

 愛したくとも接近が下手をすれば死になってしまうなんて難儀な子ですが、まあ設計段階で全身凶器が売りだったミリーちゃん。

 取り敢えずはごめんなさいとしていたら、知らず頭に回って撫でつけていた手のひらに肉球を当てて、落ち着いたようです。ミリーちゃんは座った私の上で撫でられるがままになりました。


「ぴょんー」

「ふぅ……分かってくれたようで良かったです……そもそも好きというのはそういうのじゃなくて……」

「なら、どんな好きが姉ちゃんにはないの?」


 そのままペットと戯れに興じようとしていると、わらびはシャープペンシルを鼻に乗せながら私に問ってきます。

 椅子も傾けながらでこれはなんとも、バランス感覚いいですよね。もっとも、この子はそんな得意よりも特異なものが胸元にずしりとしているのですが。いや、本当改めて見てどんなバランスなんでしょう、一体全体。


「そう、ですね……」


 と考えながらも私は勉強中座しながらシリアス気味な妹に合わせようとしてみます。

 好きがない。それは私にとって確か。

 しかし、実際のところ二次創作的であろうと夢の世界の延長線上にあるようなこの世の全てが私はかなり好きだと思います。

 もし私がそれが特別じゃないと感じているならば、つまり私はありとあらゆるものより尚大事にしたいものがないのだ、ということになるのでしょうか。

 つまり愛だの恋だのやその先。


「私。そういえば、えっちなことしたくなるようなの、全くないのですね」

「ぶっ!」

「ぴ、ぴょんー!」


 私の言の何にわらびは驚愕したのでしょう。彼女はおもむろに咥えていたペンを驚きに吐き出してしまいます。

 そして、それはミリーちゃんの足元のフローリングにびんと突き刺さり、軽く震えてその勢いを示しました。

 何時の間にか、わらびったら肺活量をびっくりするほど伸ばしていたのですね。

 後数センチでそれを尻尾で深々と受けていたかもしれないミリーちゃんは、ついつい情けない鳴き声をあげてしまいます。

 外れた吹き矢的攻撃にビビっている涙目本来首刈りウサギさんをよしよししてあげる私に、その向上した肺腑を存分に用いてわらびは叫びました。


「え、えっちって姉ちゃんなんて卑猥なことをっ!」

「えー。でも私だって一度はやってみたいですよ?」

「だ、ダメー! 姉ちゃんはコウノトリがキャベツ畑から生まれるとか、そんな風に拗らせてなきゃダメなんだ……或いは、エックスって言葉ですら恥ずかしくて言えないみたいな……」

「エックスです?」

「ね、姉ちゃんはそんなこと言わない!」

「それじゃ私一生代入とかさせられなくなっちゃいますよ……」


 何やら錯乱するわらびに、私は私がわらびが思うほど純潔でもないのになあと思わざるを得ません。

 いや、確かにエロ本なんて嫁入り後でも読み切れる気がしませんし、この前なんでわらびの部屋の前で気絶しているのかと思えば、どうやらエッチな動画をわらびが流していたその音声に照れて耐えれなかったためのようでした。


 そんな私ですが、しかし生き物であるからには何時かは恋をして愛を示して子を成したいと思っちゃってもいいかなあ、と血迷いだってします。

 いや、代わりに入れるなんて、とか変なとこで更に怒り出したえろびに私は頬に指を当てて考え、こう返しました。


「んー。じゃあ、取り敢えずわらびではじめて済ましときましょうか。それならシスコンなわらびでも文句ないでしょう?」

「はじめてを……私で……」

「私もちょっと恥ずかしいですが、まあ姉妹でってのもそんなにおかしくはないでしょう」

「い、いやちょっと。困っちゃうっていうか、心が追いついてないっっていうか恥ずかしいっていうか……ごめんなさい、姉ちゃん!」

「ですかー」


 エロいことに興味津々の初心さんは、私の大人さに撃沈したようです。

 ふふんと、ない胸を張り私はよく分からない勝利の美酒に酔いました。

 私はモクテルとかいうのを善人から数杯貰っても一切酔わなかった酒豪さんですが、しかし性徴では周回遅れしている気がしていたわらびに同分野で精神的な勝利を得た事実は大きいです。

 時計を見てちょうどいいかなと、私はぽかんとしているミリーちゃんを膝からおろして起き上がりました。


「ふふ。魔性のお姉ちゃんでごめんなさいね、わらび……それでは、ちょっと外出してきますね」

「うう……姉ちゃんがこんなに爛れてたなんて……外出ってのもひょっとして隠語じゃ……」

「やれ。何言ってるんですかねえ、わらびったら……」


 疑心暗鬼に怯える妹にやれやれとする私。実際この後は、そろそろ夕飯近いからと、コンビニ「SHIMAMURA」にて買い物することを予定しているばかり。

 隠していることなんてなく、むしろ妹がちょっと拗らせてることを心配しました。

 だって、そうでしょう。


「しかしそんなに卑猥ですかね……ちゅーって」

「え?」

「ぴょん?」


 靴をとんとん。去り際にそう零した私に、驚きの声二つ。

 親愛のキスなんて欧米か、って言われてしまうのかもしれませんがそれも受け入れられない潔癖さがわらびにあったとはびっくりでした。


 えっちかもですがなんかいつかちゅー、してみたいものですがねえ。


「行ってきますねー」


 私は、何やらするから戻ってきて姉ちゃん、とか何とかでっかい声で叫び出したわらびを放って、暑めな街へと繰り出すのでした。





 川島吉見は、全知無能という嘘を吐き張ろうとしている偽悪の冠である。

 しかし、実際知力はともかくとして、その記憶力は特筆すべきものがあった。

 

 彼女は、憶えている。口吻どころか指先での触れ合いすらも許されずに鬼のために生贄となった母の最期を。そして、彼女への愛にしか殉じれなかった、共にあることも出来なかった父の背中をすら。

 その記録の故は、生じると共に獲得していた自意識によって綴じられていた。前世から今の世の軛となる強固な自己は、しかしそんなに無慈悲だからこそ彼女は今は凡そ封じている。


 前世からそういったものに耐性がないようであるが、更に漂白行われた今は尚吉見は純。


「ふむ……あんまり深いところを繋げるって照れますし、ならえっちなのと言ってもお顔をごっつんこさせるくらいで勘弁してほしいと思っちゃうのですが……違うのですかね?」


 乙女にとって、だから愛の最大は唇を触れることである。

 だが、それは世間一般とはズレているようで、実際さっきは愉快な外れっぷりで妹を無駄に昂らせしまった。

 それは反省すべきだろう。すれ違う誰かの色を記憶の栞にしながら、吉見は買い物のための歩みを続ける。


「好き……」


 人の合間で人を思う。そんなことだってある。

 嫌いが口に合わなければ、強張った顔の少女の果実の唇から溢れ出るのは好意ばかり。

 大体をそれに容れてしまって、尚彼女はこの口をくっつけたくなるような相手を欲する。


「いいえ……」


 そしてふと思い出した姿。それがどこかの主人公さんの形を取ったところで吉見は首を振る。

 それは人のものであり、もっと言えばヒロインのための人。

 誰かの助けを奪うのは良くないというのは、彼女だってよく識っていた。

 だから、歩みを再開しようとして。


「わ」

「きゃ」


 知らず正対したそこそこの反射神経の持ち主の少女は身体をずらしたが無能は避けられず、結果掠めて二人揃ってころり。

 幸いにも頭から落ちることさえなかったけれども、背中を打ち付けたことに吉見は特にぐうと息を詰まらせるのだった。


「ご、ごめんなさい! わたし、急いでて」

「い……いいえ。貴女の方は……」

「大丈夫……だけれど。きゃ」


 逃げていて、それでも迷惑をかけてしまえば相手に手を差し伸べる。

 なるほどこの少女はとても優しいのだと吉見は思った。しかし、こちらに伸ばされた白く細すぎる手のひらは、横から掻っ攫われて悲鳴を誘う。


 どういうことだと、見てみれば、そこには。


[……]

「なるほど。改造人間でしたか」


 上水善人がこの世を不幸にする方法の一つ、改造人間。

 ぎしりと、少女は奥歯を噛みしめる。

 それは人の体を失くすほどの改造が施されているくせして、紙一重でどうにか紛れるほどの改装が成されていた。

 つまり、ぐちゃぐちゃな中身の、手の施しようのない存在。こんな悪趣味を生み出す彼にはほとほと文句は尽きねども。


「に、逃げて!」


 気丈にも、ほとんどゾンビのようなそんなものの極めて強い膂力に掴まった少女は、しかし吉見を巻き込まぬように叫ぶ。

 それに、何も思わぬほど彼女は愚かではない。


「いいえ。逃げませんよ」


 だが、自分の眼下の業に逃げるような弱者でもない、川島吉見はただの【全知無能】。

 彼女は、識っている。こうなったのならばこうすればいいのだという方法を、最悪の男性から直に詳しくも。

 今にも口を横に開けて飛びかかってきそうな改造人間を前に、彼女は。


[……ア]

「あなたがどんな任務中だろうが、私は知りません……私は【川島吉見】。疾く、去りなさい」

[……アガアアアアア!!]


 パスにより権限を上書きして、改造人間を離したのだった。

 自然、身体の部品をすら散らばらせながら逃げていく改造人間。


「えっと、どういう、こと?」


 驚いた様子の――よく見たら極めて絶世に近い美人だった――少女。

 それに、吉見は何時ものクールフェイスを被って悪ぶって。


「私が悪いからです」


 そう言うのを、まるで目の前の少女は物語のヒロインのように他人に本気になって。


「それは、違う! 貴女はアレの仲間なのかもしれないけれど、私を放っておかないでくれた!」

「あ……」


 少女が見捨てた少女の善性を庇う。そんな様を見て、やっと知識と今を合致させた吉見は。


「貴女は、ひょっとして、鶴三玲奈さん?」


 ここにはないはずのメインヒロインの名前を呼ぶ。


「えっと、そうだけれど……どうしてわたしを識ってるの?」


 そして、主人公のための図書の鍵は、ボブヘアを肩に触れさせるほどに首を傾げてそれを認めたのだった。

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