第十二話 透けて見えた
原作ファンにはまたアイツのせいかよで知られる、物語をコイツさえやっつければ終わりだよと、とても分かりやすくしてくれたラスボスである上水善人。
大体の悲劇に一枚噛んでいる食欲旺盛な彼ですが、しかしそんな最悪系男子で神に次ぐのではと言われる万能な善人であっても欲は人間単位。
人に対して悪くすることが大好きでそれだけは止められない止まらないな心を持っているのですが、満足さえしてくれれば人畜無害です。
そこのところ、原作に居た《《とある賢い人》》だと定量的に管理出来ちゃうくらいに日々変わらないようなのですね。
ですから、例えばトントン拍子に悪いことが出来ちゃって、ハマっているネットゲームも特に更新がなくて日課も終えてしまったそんな暇な日には。
「……つまらんな……偶には善行でもしてみるか」
こんな風に欲求と逆の行いを始め出そうともします。
まあ、悪意によって台無しになっていますが本来は名前の通りに善なる者としてデザインされてた善人ですので、こんなことをぬかすのも自然といえばその通り。
ですが、こんな言葉四天王とか全身ぐちゃぐちゃにされて作り上げられている改造人間とか生かされなかった被害者とかが聞いたらびっくりでしょうね。
しかし善人のこんな突飛な言動にも慣れきっている、炭酸飲料にポテチをいただきながらこの脂肪分全部胸にいかないかなと考えていた私は、思案気イケメンフェイスに短くこう返すのでした。
「えー……こんな時間に、ですか?」
「そうだ。既に夜だがもっと更ければ何をするにも面倒だろう?」
「そうですが……うむむ……今からだと普通に睡眠時間がどっかに行ってしまう気も……」
「なに、善は急げと言う。悪が焦るのも尚然りだ。これより悪どく夜ふかしでもして、吉見の成長ホルモンには犠牲になってもらう」
「これ以上でっかくならないのは嫌なのですが、まあ仕方ないですね……ちょっとわらびに連絡してきます」
やれと私は前世と比べる幾分世代遅れのスマートフォンをタプタプ操作します。
そして愛すべきわらびとの通話を行ったのですが説明するなり、アイツまたかよ、気をつけてな、でお終いでした。
そう、わらびと私にとってこんな事態とそれに私が付き合わされるのはままあること。
気にせずきっともうすやすやなわらびは、寝不足になるだろう私と違ってお胸とお尻に成長ホルモンを集中させているに違いありません。
なるほどきっと、妹に負けて私がスレンダーなのも善人のせいなのですね。そう決めました。
「ん? ……近くで謂れなき誹謗中傷を受けた気がするな……」
「気の所為ではないですか? それで、今日はどんな格好をして町に繰り出すつもりです?」
「そうだな……仮面で行こう」
「えー……あのなんだかところどころゴツゴツしていて格好いいけど実際は色々と引っ掛かったりしいて動きにくそうだよね、な衣服に怪しい仮面を付けた姿ですか? 通報待ったなしですよー?」
「……キミはどうしてそんなにオレの以前の格好に関して異常に流暢に語るんだ……まあ、遺憾だがそうじゃない」
「違うのですか?」
てっきり私は善人が趣味である見た目重視の格好にプロレスラーの付けるようなもので顔を隠すなどするのかと思ったのですが、それは否定されます。
まあ、微笑めばフリー女子達に惚れられるレベルの顔を隠すのはちょっと勿体ない気もしますが、そもそも秩序側に顔バレバレなため味方以外の認識を歪める結界があるサンマルニー以外で素顔になることはあんまりないのですよね。
口ぶりからすると、自分ではしない。ならどうするのだろうと首を傾げる私に善人は溜息を一つ吐いてから語りだすのでした。
「はぁ……キミには知見しかないというのに本当に察しが悪いな……善行も仮面も、するのは吉見、キミだよ」
「な、なんですとー! 痛っ!」
私は首を傾げたままびっくりしてそのままぎっくり仰天。筋を痛めた首を押さえてのたうち回る私に善人は腕を組みながらこう続けるのです。
「幾らキミが無能と自認していようが、オレの強化によれば鬼に比肩する程の力となる……よな? いや、流石に吉見がアホ過ぎて自信がなくなってきたな……」
「痛た……いや、私は全知無能で売ってるので、全知強力とかなったらキャラぶっ壊れで売れ残っちゃうというか訴えられるといいますか……」
「大丈夫だ。訴えられたら訴えた奴を皆殺しにしてやる。そしてもしキミが売れ残ったとしたら……」
「したら?」
オウム返しは素敵な相槌方法と考えている私ですが、特に考えず繰り返すばかりの私に善人は眉をちょっとひそめました。
ラスボスは機嫌悪そうにしているのが格好いいものだと惚れ惚れしている私に、一転微笑んでから彼はこう呟くように言うのです。
「大人買いしてやるよ」
私を恐らくダースセットでも購入するつもりの善人の資本力に慄きつつ、私はやっぱり流石に善人ったら私好きすぎじゃないかと思うのでした。
さて、実は今現在は物語が始まるちょっと前だったりします。
原作たる「錆色の~」シリーズの一作目、「錆色の図書鍵」が始まるのがおそらく今年の秋頃ですので、雨季を終えたばかりの今はプロローグのひと文字ですら認めていられない白色の筈なのですね。
前世の私の多分灰色の脳細胞の記憶によると《《メインヒロイン》》たる鶴三玲奈さんが廃虚と見なされていた鶴見研究所から発見されるのが、夏の終わりでした。
そう、色々と敵と味方がはっきりして皆が戦って勝ったり負けたるするのはあとちょっとなのですね。このままだとそのまますべての黒幕たる善人がやっつけられるお終いまで一直線、です。
ただ多少なりとも私が間に入って色々と変えちゃいましたし、そもそもラスボスの上に全知無能が存在するなんて原作ではありえません。
そして、今回変更点がまた一つ。
新しく登場したのは仮面戦士。
夜な夜なメイド服を着込んでウサギさん仮面を付けたその人物はテュポエウス意識でやんちゃしてる小組織を破滅に陥れては、何とかの魔法少女に対してもモップ一本で大立ち回り。
果てはラビットキックと銘打ったただの飛び蹴りを事態を収めに来た楠木海に浴びせてセクシーな感じに服ボロボロにさせてから、逃走したのでした。
「いや、世の中にはまだ俺の知らない強い能力持ちが居るんだな……見ていて最後どうして楠の人に攻撃を加えたか分からないけれど、でも大方正義の味方っぽくて頼もしいな」
「あはは……そうですね。もしそのヘンテコさんが正しい道を行っているなら、その通りでしょうね……」
熱っぽく、そんな原作を汚すレベルで居てはいけないタイプのバグキャラの活躍――滑落の間違いではないでしょうか――に頬を緩ませながら、朝に宗二君は私に語るのです。
これには私も困り顔にならざるを得ません。あんだけ私がお痛をしたのを見ておいて、その感想ばかりで私にお縄をかけないのか、と。
まあ、ちょっと思っていたより強化だけでは無能すぎたからとミュートの手も借りて、善人も正直やりすぎたと述べた強化を越え昇華という名の変身までした私は、ぶっちゃけ顔以外別人な姿でした。
身長ちょっと伸びた上に髪はツインでピンク。そしてなんとメイド服の胸元にちょっとだけ谷間を発生させることが出来るほどのセクシーさを得ていたのです。
これにはテンションが上った私。暴れに暴れた結果のゆきちゃんとの遭遇にはびっくりしましたがそれも上手くあしらい、憎き鬼を蹴飛ばしてから去ったのでした。
変身とけてお家に帰ってすやすやしてから今更に我に返った私は、昨日出来たばかりのほやほや黒歴史に変顔するばかり。
ですが、そんなてこてこのお隣さんのことを空を見上げて前日を思う宗二君は気づきもしません。
「また会えたら……」
「おや、ひょっとして救世主さんはそのメイドさんにお惚れになったのですか?」
「いや……まあ違うよ。ただ……」
「ただ?」
正直やってられないと、嫌な絡み方をした私に、しかし当然ヒロイン予定の方がずらりと並んでいる男の子は即座に否定。
ただ私に向けてきまり悪そうにします。彼は私にちょっとそっぽ向いたまま頭を左手で掻くのでした。
何か不確かなその言の通りだとすると、惚れては居ない。でも何か問題があった様子。
気になる私がちょっと身を乗り出して一方後ろから隣に並んだ時。彼はこんな言葉を転がすのでした。
「次会ったらもうちょっと透けない、厚手のメイド服を着てもらうように言わないとね……あれじゃあ……ヒーローとしてちょっと」
「……へ?」
透け。それは変身した――なんか真っ裸になりました――私に善人が紳士的にも視線を逸らしながら渡してきたあのメイド服のことでしょうか。
善人が君に着せる用に買ったというそれは確かに隣に並んでいた一揃えよりも薄手で頼りないと思っては居たのですが、ひょっとして。
渡したアイツが間違えてしまった結果私が着たあれって、ちょっとえっちなスケスケ衣装だったのです?
「あは……宗二君、嘘ですよね?」
あれ。あれあれ。私昨日は月光の下誰にも彼にももしかしてお気に入りの桃色下着のレースのひらひらまでバレバレにさせてましたか。
「……いや」
答えは正直者というキャラ性をこの世界でも保有したままの宗二君の紅顔によってまざまざと示されていて。
「んぎゃー!」
「吉見!?」
私は朝の麗らかな登校時間に似合わぬ、雑魚雑魚な悲鳴を上げたのでした。
お前らが戯れる度に廃墟が生成されてはたまらねえよ。
そんなことを述べた大人の指示に従うようになった二人は楠の鬼の所有する広き雑木林を訓練の場としていた。
側頭部に蹴り。構え要らずの強力が行うそれは音より先に攻撃として届く。
防ぐのは不可能。だが、それでも何度も浴びせられていれば、逸らすまでは叶えなければならないだろう。
とはいえ彼はこれまでずっと掠めるだけで吹き飛ばされて転がって空を仰ぐ結果になっていた。
「っ」
「へぇ……伸びたね。そーじ」
「はぁっ!」
だが今回は。そんな意気を《《想起》》によって生み出して、海山宗二は襲い来る楠川汀の足先の威力を逃すことに成功するのだった。
隣で鬼の蹴りを代わりに浴びた樹木の破断に驚く間もなく、続いた声も聞かずに宗二は発奮。攻撃のために右手で順突きを行い。
「だが甘い。それじゃあ素直すぎるなあ」
「ぐぅっ」
それは届く間もなく空振った。
むしろそんな程度の低い技などただ脚の運びだけで異能を越える速さで背に周り込んだ鬼に、反撃の隙を与えるばかり。
これで意識ごと刈り取ると言わんばかりの力の籠もった手刀を首に向けられて。
「まだっ、だぁ!」
「おや」
突きによる重心の移動に任せて地を転がる。その全てが今までと段違いの速さ。
空振った己の手に尖った爪先を覗いて、汀は首を傾げるのだった。
すぐに立ち上がり、構えを取る弱者を見下ろしながら、鬼は更に呟く。
「これはただ学んで強くなったにしては、早い……ひょっとして、見て取ったかい?」
「っ!」
「図星か……いや。好ましいけどそういう顔に出過ぎるところ、そーじは直した方が良いな」
やれやれと両手を顔の横まで上げながら、汀は少し思案した。
この軽く見積もっただけでも《《星ほど存在拡張された特異な人間》》に影響を及ぼせる存在などそうは居まい。
これまでずっと己の中の有り余る拡張部位を持て余していた様子の宗二が無駄に意識が行くようになるほどの契機とは、何か。
気になるなと思った師匠は弟子の表情を再び探り出すが。
「どこのどいつがお前を強くした?」
「それは……分からない!」
しかし、表情をきりりと――それこそ好みの感じに――真剣にした宗二に面だけで察せることは出来なそうである。
その上何を隠したいのか、案の定断言までするのだった。
「ほう……」
それを成長と取るより、小生意気と受け取るのは強きものの勝手。
だがまあ多少力に意識が行って多少強くなったのならば。
「なら、少し汀様もレベルを上げるか」
「これ、は……っ」
同類ですら恐れる最強の力。今まで遊んでいたそれをほんの少しばかり水準を上げて。
怖気。全ての奇跡を力尽くで再現するというその本質的な異。
圧倒的な究極に最早宗二も見取り稽古も何もなく、ただ高まる圧に耐えていると。
「このくらいでいいか……これが、あの魔女の程度だ。さあ……」
「な」
指で鳴らした音に応じて空に浮かぶは万の光弾。全てが全て鏃のような形となって、宗二を煌々と照らしている。
こんなの、避けられなければ餌食なるばかりが当たり前。そもそも、大軍を前に個はあまりに儚いものであるのだが。
「逃げ惑え」
「がっ!」
指先で指揮一つ。針千本となっても、止まらないそれを耐えられるのは世界で一番に存在拡張された救世主、海山宗二だからこそ。
だが、それでも這々の体で逃げて、それでも更に生成された玉の数によって槍衾と化すのは自然で。
「そーじ。汀様の相手になるまで……調子に乗るなよ?」
物理ではなく、魂へのダメージだからセーフと決めた無慈悲な鬼の訓練は、その日宗二が頭から倒れ伏すまで続いたのだった。
「ふん……そんなにお前の月は綺麗か」
だから、透けて見えた本心を見た鬼のそんな一言をさらった人間などこの世のどこにも居やしない。