ネルという名の、猫もどき
広場の奥、ひっそりと佇む屋根付きの展示。
古びた木の案内板に、ぐにゃりとした、見慣れない文字が並んでいた。
「あれ、なんだろう?
なにかの展示…かな?」
自然とそちらへ歩を進めようとした時、コノハが僕の手を引き、静止させた。
「うーん。」と煮え切らないコノハの反応は少し不自然だ。
「私、苦手なんだ、こういうの。」
難しそうでしょ?なんて言う彼女の顔は苦悶の色を浮かべていて
ーーーきっと、勉強とか苦手なタイプだな。
と容易に想像がついた。
そんな彼女の反応とは裏腹に、読めないその文字に僕は引き寄せられる。それが何かもわからないのに。
ーーー知りたい。無性に。
その時だった。
「ーーその感覚は、悪くない選び方ね」
風の上を転がる様な声。微かだがはっきりと僕の耳に届いた。
横にいるコノハも聞いた様で、僕たちは目を合わせる。
「こっちよ」
先程の声は、より鮮明に。
僕たちの背後から響いた。
振り返ると、そこには、二股の尻尾を揺らしながら、こちらを見上げる小さな生き物がいた。
むしろ、この生き物しかーーーいない。
ーーーこちらの猫は、喋るのか?
僕の視線の意図に気づいたのか、コノハが真横に首を振っている。
そんな僕たちの戸惑いを知ってか知らずか。
この不思議な猫もどきは言った。
「“読めない”と思ったでしょう?
でも、あなたには、聞こえたはずよ。音も、意味も、あの木の下で。」
不可思議な言い回しが、より一層ーーー
この猫がただの猫でない事を物語っている。
「私はネル。あなたの言葉で言うなら
ーーそうね、案内人。あるいは、門番。」
ネルと名乗る、この不可思議な生き物は、小さく首をかしげて、目を細める。
ーーー笑っているのか?
そこには、愛らしさと底知れぬ品位が同居していた。
また、風の上を転がるような軽やかな声で、ネルは語る。
"知りたい"という、僕の知識の欲を刺激するように。
無邪気な欲は、もう後戻りできない。
ーーーそんな不穏を孕んで。
「あなたが見たいと願ったものは、きっと、もう隠しきれないわ。」