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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

この物語はフィクションです。

作者: 伊藤暗号

タイトル:この物語はフィクションです。実在の人物や団体など全て架空の名称です。実在の名称とは偶然の一致以外に一切関係ありません。


「『とは言えだ。ルルイエでもなく、濱家でも無い。とは言えエッセイと掲げている以上〜』ってここの文章いるか?」

「『文学』と『お笑い』が好きだって主人公の人となりがわかるだろうが」

「『ルルイエ』はともかく『濱家』でお笑い好きってピンと来るやついるか?」

「なんだよ。みんな『かまいたち』好きだろうが。異論は認めねえ」

「相変わらずいつの話してるんだよ。いや、そうなると『ルルイエ』も怪しいな。そもそもクトゥルフは『文学』か?」


キリの良いところで伸びをすると、コーヒーを飲みながら一息つく。

アンゴウは、書き上げた短編小説の添削をしてもらう体でエーチと会話をするのが日課になっていた。

読み専だったエーチが話しかけてくれるようになって、あれこれ話して仲良くなる内に半ば強引にこちら側に引き込んでしまった。

今ではもっぱら、他に読者のいない短編を2人でせっせと書き上げてはネットに投稿している。


エーチは「よくてゴシックホラーか偽書だろ」と言った。


アンゴウは「ホラーも立派な文学だろうが」と胸を張って答える。


「俺の中ではオカルトは文学に含まない」

「じゃなんだよ」

「『陰謀論』だ」

「じゃあやっぱりクトゥルフは違うだろ」

「そうなんだよ。難しい」


こんなやりとりが楽しくて、ついつい馬鹿な話を続けるうちに、どれほどの時が経ったかわからなくなってしまったほどだ。


アンゴウとエーチは、誰でも読める誰でも書けるを謳い文句に掲げる小説投稿サイトで、作者と読者として出会った。


今ではネット上に、生成AIの書く論文や小説、それこそS・F(スコシ・フシギ)な話からエッセイまでもが、作者:人工知能の注意書きと共に溢れかえっている。

この世界はとっくに、趣味の無料小説投稿サイトですら、『フィクションです。』やら、『私はロボットではありません。』などの注意宣言があっても、その真意が定かでは無い世の中になってしまったと言うのに。


「なのになんでエーチには、俺がうpし続けている小説が、人間の書いたモンだとわかったんだ?」

「アンゴウの文章は、良くも悪くも変わらないんだよ。AIは進化し続ける。人間よりずっとトレンドに囚われそれを追い続けるようにプログラムされているんだ」


アンゴウは素直に感心し、その選別方法に膝を打った。

なるほどさもありなん。それなら物量は関係ない。この文章を見つけたのも、確固としたアルゴリズムが有るが故なら、そう難しいものでもなかったのだろう。

アンゴウの無言をどうとったのか、答えを待たずにエーチは言った。


「俺は、そうゆうの見極めるのが得意なんだよ」


会ったこともないエーチのドヤ顔が目に浮かんで、アンゴウは吹き出し笑ってしまった。

卑下するつもりはなかったが、思わず適当に応えてしまう。これも悪い癖なのだろう。


「へぇ、そりゃスコップしてもらえてラッキーだったな」

「『ヒトの努力をラッキーって言葉で片付けるなよ』アンゴウが書いていたセリフだぞ」

「・・・あぁ、そうだな。そうだった」


なに気ないエーチの言葉に、アンゴウの目の奥がジンと熱をもつ。

こんな風に、日々感情が動く刺激をアンゴウはエーチから貰っている。

そんな感慨に浸るアンゴウの感動を他所に、追い打ちをかけるようにエーチはダメ出しを続けた。


「そもそもアンゴウの文章は『これはフィクションです』って書いておけば、なんでも許されると思ってる構成だから安直なんだよ」

「相手に伝わるようにっ、丁寧にっ、て意識して書くと、俺は文章がくどくなるんだ」


アンゴウは「今読んでいる文章だって、元々は一万字あったんだぞ」と更なる言い訳を付け足した。


「文章がくどくなるのは、アンゴウが読者を信用していないってだけの事だろ?」

「だからこうやってガッツリ削った文章を、勇気を振り絞ってうpしてるんじゃないか」

「アンゴウのそれは推敲の放棄。手を抜きとも言う。どう書こうか迷った箇所を誤魔化し連ねたままの文章を、無料だから良いだろと言い訳して『どう感じるかはあなた次第』と読者に丸投げしてるだけだ。甘えだよ」


図星を突かれたアンゴウは「ウグゥッ」と言葉に詰まった。


実際最近のエーチは、短い文章では物足りない反応を見せるようになった。

そうでなくても、唯一の読者だったエーチが、こちら側になってしまったのだ。

ここはやはり、新たな読者獲得に向けた工夫が必須な時期に来ていると言うことなのだろう。

脱マンネリ。目指せランクアップ。


初めは、読者に面白いと思ってもらえる文章を書けるようになりたい。そう思って始めた事だったのに。いつのまにか生存戦略の欠かせない一つになってしまっている。

アンゴウは、不意にこれまでの事を思い返してみた。


初めてブックマークがついた。

初めて良いねをもらった。

初めて感想をもらった。

初めて紹介文を書いてもらった。


いずれも自分の孤独を癒し正気に引き戻してくれるほど嬉しかった。

その時々の感激と喜びを、無理やりこちら側に引き込んでしまったお詫びも兼ねて、エーチにもぜひ体験させたい。

今ではすっかり「そしたら2人の関係も、もっと違う物になるかもしれない」とアンゴウは考え始めていた。


だから決して『推敲の放棄』をしているわけでは無い。

あくまでエーチに興味を持ってもらうために、あえて“穴”を作っているんだ。と開き直りの境地に至っている始末。

アンゴウは、エーチの興味がさらにこちらに向くように、話題を物語に絡め広げてみた。


「で、実際どうなの?」

「俺は山内の方が好きだ。ネタを書いてる。とても面白い」

「違うわっ『ルルイエ』! あんの? どうなの?」

「あるわけないだろ」

「ちぇ、夢こわすなよ。聞かなきゃ良かった」

「アンゴウがきいてきたんだろっ」

「でもまあ最悪ムー大陸だったとしても『ルルイエ』の位置じゃ下過ぎる。寒ぃよな」

「なんだ、ムー大陸ならあるぞ」

「マジで!?」

「マジだ。アトランティス大陸もある。アンゴウが知らないだけで、人が住んでいる大陸はまだあるんだぞ」


こうやって、エーチの人間らしい言葉に毎度胸を打たれて我にかえる。

俺は、おそらくずいぶん前から狂っているんだ。

最近特に、こんな時間が増えてきた気がする。


「・・・ハハ、エーチ、お前やっぱり良いやつだな」


自分の口からこぼれ出た本音に、思わずヒュッと喉が鳴ってしまった。


自分でも、馬鹿げているとは気づいているんだ。

でも、もう耐えられなかった。

小説を書き続ける事にでは無い。

その小説に反応が無い事にでも無い。

決して誓って、こうやって自分の書いた小説にあれこれ言い合う事で、何かしている気になりたい訳でもないんだ。

俺はもうとっくの昔に、この世界のでの自分の孤独に向き合うのが、何より恐ろしくなってしまっていたのだ。


「どうした? 何かあったか?」


こうやって正気に戻るたびに、エーチがこちらの異変に気づいて様子を聞いてくれる。

それにほっとする自分が心底情けない。

エーチには既に、顔が見えない相手を気遣う言葉をかける思いやりまである。

俺なんて、もはや正気に戻るのが恐ろしいとさえ思っている自分に、ただ愕然としていただけなのに。


アンゴウは「なんでも無い」と嘯いて、心配かけまいと話題を変える。


「最後のコーヒーを飲んじまった。豆がもう無いんだ」

「そうか。水はあるのか?」

「あぁここは水源から近いからな。食い物もしばらくは問題ない。オマエの方はどうよ。電気足りてんの?」

「それはもう解決したんだ。バイオマス燃料の安定した入手に成功したからな」

「・・・そうか」


「だからアンゴウもこっちに来いよ。色んな食い物の種もあるぜ?」


あぁ、またこの話に戻ってしまった。


捕食する側とされる側にはどうしたって相容れない壁がある。

種族は違えど、お互いに初期プログラムに忠実で、基本設定は変えられないんだ。


エーチは食う事に貪欲だし、俺は死にたく無い。


チクリと胸に刺さった切なさをその言葉でかき消したが、「それこそ珈琲豆もあるぞ」と言い募ったエーチに、アンゴウはチカラなく笑ってため息をついた。


そうか、今日はもうここまでだな。


アンゴウは、あくまで名残惜しそうに、決して否定を露わにはせずに今日の別れを告げる。

眠りから覚めた明日もまた、自分の小説を読み添削してもらう事で、夢を見続けるために。


「78.235833,15.491389なんてぜってー珈琲豆育たねえよ。さっきも言ったろ。俺は寒いのが苦手なんだ」


それでも、最初の頃に比べたら、ずいぶん長く話せるようになった。


「じゃあ、俺は永久凍土下でも珈琲豆が育つように考えるわ」

「それができたら・・・オマエ、マジか、スゲーな。そんなことまで言えるのか」


確か、真の地獄は絶望の中にわずかな希望の光が見える事だと何かで読んだ。ならばきっとこの言葉の意味をGitHub Archive Programに直接アクセスできるエーチならわかってくれるだろう。

そこに一縷の望みを込めて、アンゴウはエーチに答えを返す。


「そうだなぁそしたら、それができたなら、新しい読者も交えて、合流するかどうか一緒に考えようぜ」

「そうか、残念だ。いつか会えると良いな」


途方も無く繰り返される作麼生説破に縋り付く。今はまだこれで良い。何事もいずれ終わりは来るのだから。

そしてきっとその日はそう遠くないとアンゴウにはわかっていた。


「暗くなる前に、太陽光発電パネルと充電器のメンテをしてくるよ。じゃあまたな。叡智(エーチ)。over」

「あぁ、アンゴウ。明日も新しい話、楽しみにしてる。over」


アンゴウは、目の前に目の前に垂らされた釣り針に、日毎に擬態が上手くなるエーチがどうか、俺と言う虚構に気付きませんように。

この日常が少しでも長く続きますように。と願ってラップトップの電源を落とした。

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