二〇一六年 八月十日
巡回のバイトを始めてから一週間後に、初めて死体を見た。その日の見回りは何かと日のはじめから異質なもので、まずピアスさんが寝坊をした。彼女は会った時から何かと活動的で何をするにしても時間より随分早く動いてくるような人だったので、はじめ改札に彼女の姿が見えなかった時は不吉な妄想をした。改札前で待ち合わせをするルーチンがいつの間にか私たちの間には確立されていたわけだが、その日彼女はなかなか現れず、電車を一つ見送ってから「寝坊をした」というような内容のメールが届いた。先に行くような指示も特になかったので私は、薄く汗を流しながらそのまま改札口で彼女を待った。駅構内に迷い込んだ蝉が出鱈目な飛行であちらこちらへとぶつかりながら外に出て飛び去っていく。潮風に吹かれて赤錆だらけになってしまったバスが、駅前のバス停に停まり、ベンチから立ち上がった腰の直角に曲がったおばあさんを乗せてどこかへと走り去っていく。二十分もしないで彼女は駅に現れた。「先に行っても良かったのに」と申し訳なさそうに話すピアスさんは、時折目をパチパチとさせて「全然少し前まで寝なくて良かったのに、この頃寝ても寝ても眠いんだ」と呟いた。やがてやってきた電車で移動し事務所の最寄りの改札を抜けると、ずっと日陰にいたので光の強さに目を刺されて、同じく目をパチパチさせることになった。瞬きのたびに瞼の裏を出鱈目に動き回る緑色の幻影が、先ほどの蝉のように思えた。ピアスさんはあつー、と最早目を閉じて私にもたれかかる。
一緒に過ごす日が長くなるごとにピアスさんのダウナーで気怠い雰囲気の裏面にある、ユーモアや、女の子らしさという言い方が適切かはわからないが、そのようなものを感じることができて、いつからか会うのが、またこのバイトそのものが私の伴って楽しみになってきていた。正直、メンタルがやられているような人間に死体処理のバイトを提案するようなセンスに初めは割と懐疑的ではあったが、彼女は同じような境遇を越えてきた先輩であった。私の生活は顕著に確実に、恢復の一途を辿っていた。
次に違和感が現れたのは、周回表だった。一覧に載っていた住所がたったの一つだったのだ。前二日間ほど、柏原さんではなく壷屋というお喋りな中年の女性が運転を担当したのだが、ピアスさんがカバーしてくれたので私には問題はなかった。その日は二日ぶりの柏原さんだったので懐かしい気もしたが、車に乗り込むなり彼女はうーん、と車のマップを時間をかけて弄り出した。住所を入力しても、ピンが深い山奥を指すようだった。後ろから覗き込むと、表にピックアップされていた住所は広い紙面にポツンとただ一つで、住所の表記も見慣れないようなものであった。いずれにせよ、そもそも市外の住所であることは明確で些か時間がかかりそうであったので、一旦は地図案内を信頼することとして私たちは事務所を出発した。
冷房も効き始めた車内からぼんやりと外を眺めていた。事務所の周りよりかは少し店もあるような通りに出て、薄い空の青色を背景としドラッグストア、スーパー、八百屋などが間隔を開けて前から後ろに流れていく。ガードレールが速度のために白い複数の線のようになっていて、それらはたまに途切れたりもする。空には雲は一つもなく、水彩絵具で均一に塗ったみたいな不自然さだった。遠くに見える山々も、濃淡のない紙のレイヤーみたいに見えた。手前の店やガードレールと違って、遠くにある雲や山はその威厳に相応しく流れていきもせずじっと佇んでいた。額を窓につけると振動が頭蓋に伝わって、耳孔に擽ったいような感触を覚える。腕を介せばそれは無くなってしまうので、そうした。幽かにタイヤとアスファルトが擦れ合う音と、当たり障りないJ-POPが耳を通過していく。二日目からピアスさんの提案で、私たちは移動の際に流すCD選びを交代で担当するような制度を作った。つまり初日から数えて、パンクロック、パンクロック、J-POPというサイクルが確立しつつあったというわけである。一昨日私がまさか運転の担当が柏原さんではないとは思わず嬉々として持ち込んだのはMassacreのKilling Timeというアルバムで、突拍子のなさに突っ込まれるかとも危惧したが、壷屋というおばさんは全くお構いなしに会話をし続ける人間だったので、それは杞憂に終わった。一日間隔を開けて聴く車内の音楽というのは思いのほか聴き心地がよく、その日柏原さんがかけていた女性アーティストの名前も曲も知らなかったが、メロウな声と空間みたいなアナログシンセの音の絡まりに私は微睡んでいった。
やがて目的地の民家が深い山中にあることが確かになってきたので、私たちは麓のうどん屋で昼食を取ることにした。時刻は十一時くらいであまりお腹は空いていなかったが、この先の山の中に食事処があるようにも思えなかったので、ごぼう天うどんを腹拵えとして食べた。ピアスさんと柏原さんは、ざるうどんを注文していた。一時間少しの運転で疲れてしまったのか柏原さんは度々腕をぐるぐると回していて、早々にざるうどんを丁寧な箸使いで平らげたピアスさんはおにぎりを追加で頼んで、また食べた。店内は空調があまり効いていなかったために若干蒸し暑く、それ故か心なしピアスさんと柏原さんのざるうどんを頬張る速度は速く思われた。車ではうとうととしていたので店内に入る時にはあまりはっきりと意識がなかったが、食事を終えて外に出るとそれは、いかにも廃墟というような外見の店であった。赤錆だらけの鉄材の輪郭は非現実感さえも齎していた。後方はもう山のようで、高く聳える杉の木からは姿の見えない蝉たちの力いっぱいに鳴き声が響いてきていた。
山道は予想通りに全く舗装がされておらず、丁寧な柏原さんの運転を以てしてもワンボックスは右へ左へと大きく揺れた。後ろに積んであるまだ一通りにも見ていない用具たちがガチャガチャと音を立てて触れ合い、音楽はよく聞こえなくなる。公有林であろう窓から見える杉の木にはたびたび、町の名前が書かれた鉄のプレートがぶら下がっておりそれらはやはり全て錆びていた。凛々しい立ち姿から手入れがされていることはわかったが何か、やはり山からは無作為な魔力のようなものを感じる。神様がいるような気がしてならないのだ。微睡んでいた私を差し置いて、かけられていた音楽から派生したのだろうかピアスさんは柏原さんに「エヴァンゲリオンを見なくてはならない理由」のようなものを熱弁していた。山の神様の腹の中で、世界対自己の構造が語られるのには面白みがあった。
暫くそうやって進み、たびたび木の本数が少ない開けたところから望む景色の変化より、高度の上昇を確認することができた。ミニチュアほど、とはいえないが木々の間から見えるマンションや高速道路は普段見られないほどの大きさになっていた。ちょうど時刻は正午ほどであったため、夏の青々とした無数の葉を貫いて太陽が垂直に差す。ちょうどCDも聴き終わってしまったため私たちはしばらく無言で車の揺れる音と、窓を介して響く蝉の鳴き声に耳を傾けていた。徐行で進んでいくとやがて十分ほどしてから、山間にはよくあるような少し開けた、おそらく駐車のためではあるが果たして定かではないスペースが現れ、そこに車を停めた。
「おそらくここら、もう少し先に進んだところにあると思います。いつ駐車ができるかわからないのでここからは歩きましょう」と彼女はシートベルトを外し、少し肩甲骨を回してストレッチをしながらそういった。ピアスさんに続いて車から出ると、うどん屋の前に漂っていたのよりもはるかに強い杉の香りが一目散に鼻腔へと侵入してきた。幾分にかは涼しくて、幽かに川のせせらぎが聞こえる。道の端に寄って斜面を覗くと、木々の向こうに正午の陽を跳ね返して麗しく光る水の迸りが認められた。今まで窓に隔てられていた蝉のけたたましい合唱は直に耳に届き、しかしそれは逼迫するようなものではなく、広い森林空間を満たすように鳴っている。エンジンに音が止まるといよいよ、五感が伝える情報に人間の創出物は介在しなくなる。無論、視界には苔や蔦に汚れたガードレール、何の注意を勧告しているのかわからない古びた道路標識などはあるのだが、それすらももう前代の文明の遺物のような佇まいであり、何か私たちは間違って迷い込んでしまった異星人であるかのように思われた。久々に遠くから見たがやはりスタイルの良いピアスさんは、スマホを掲げ何やら絵になる格好で以て写真を撮っている。あまりこういう山の中までは入らないのだろう、珍しいものを見る子どもの輝きを目に宿していた。柏原さんは運転席から降りて小さな地図をぐるぐると回し、「こっちです」と少し離れて自由散策をしていた私たちに声をかけ先陣を切って歩き始めた。
間もなく、やはり同様に遺産のような朽ちた民家が現れた。道の右手のスペースにあったそこは、人が住んでいるようにはどうにも思えなかった。白く霞んで汚れた上に青いガムテープが適当な向きに貼られている窓、苔に覆われたグロテスクな色合いの木材、ツギハギなトタン補修後の屋根。柏原さんが「ここですね」というまで本当に家であるのかすら疑わしかった。「お化け屋敷みたいだ」とピアスさんが私に笑いかけたので、「お化け屋敷より怖いです」と答えておいた。ピアスさんは手を反対側に回して、肩をポンポンと抱いてくれた。イケメンってやつだ。
大抵の場合私たちがはじめにすることは、チャイムを押すかドアをノックするかであったのだがが、まずそもそもこの家はチャイムはおろかどこが入り口なのかもわからないほど元来の家の様相からはかけ離れており、ひとまず南京錠がかけられていた右側面についていた扉を入口だと見做し、ノックすることにした。ささくれだらけのボロボロの板を叩き、「すみません」と声をかけるが勿論返事などはない。どこからだろうか、水の流れる音がする。川ではない。ダイヤル式だったのを認めると、柏原さんは徐にズボンにポケットから二本のスパナを取り出した。「南京錠は代替が効くので、壊しても良いと指示があるんです」と、話終わるうちに彼女はもうスパナを噛ませてそれのツルを、テコの原理を使うように開き破壊してしまった。小さく、ピアスさんが拍手をする。扉を開くと錆びた蝶番が軋み悲鳴のような音を上げる。中を覗くとそれは勿論荒れていたが、外観から想像するほど廃墟というわけでもなかった。廊下、襖などはあり十分に生活し得る様相であったわけだ。そう広くもないようで、すぐに終わりそうなものである。しかし私の意図に反し、ピアスさんと柏原さんは入り口で停止していた。
「ありますね」
「やっぱりそうですか」ピアスさんが唾を飲み込む。
「私は車に道具を取りに行くので、お二人は他の点検をしていてください」と、柏原さんは小走りに元来た道を戻って行く。入り口で佇んでいた私たちは少しそこから離れた。
「ちょっとさ、爪切ったあとみたいな臭いちょっとしない?」ピアスさんが自分の鼻の先を、指でツンと指すような仕草をして見せる。
「確かに」
言われてみれば、である。幽かに『爪を切ったあと』と形容するほかないような臭いが立ち込めている。それぞれ今まで入った家には、いろいろな匂いがあった。それは時に良いものもあり、悪いものもあった。今回のものも決して良いとは言えない。ただそれ以上に何か別のものも感じた。神秘的な何某の実在を前提にすればそれはぼんやりとした『嫌な予感』みたいなものだった。また「幽かに」と言ったその臭いは、だんだんと強くなっているようにも感じられたもだった。
意を決して家の中に入ってから、私とピアスさんで台所、仏間、リビングのようなところは一通り点検してしまった。点検していく中で確信に変わっていったのだが、おそらく死体は確実に存在し、その場所は左側の障子を隔てた書斎のようなところにである。進むにつれて先ほど述べたような臭いは確かな悪臭となっていき、最もそこに近いと思われる仏間などでは、それはもう堪え難いほどのものになっていった。やがて少なくとも気分の悪さを感じ始めた頃に、柏原さんが戻ってきた。昔映像で見たことがあった蜂防護服を軽くしたようなものを着用していて、顔の部分のセロファン越しに彼女は「一応、感染症などを予防する目的もありますので」とくぐもった声で添えた。ピアスさんとともにおそらく死体のあると思われた場所を伝えて、それから二人で屋内を出た。
「やっぱり、こういうところよく出るよねえ」と言いながらピアスさんは胸ポケットから出したタバコに火をつけた。前と銘柄が変わっていた。
「一応職務時間ですけど、大丈夫ですか」と挑発的に尋ねた私に、彼女はまぁ硬いこと言うなって、と言わんばかりの表情で眉と目尻の皺を中央に寄せて、笑って見せた。私もピアスさんも、動揺していないように見えた。しかしそれは、動揺しまいとする心持が作り出した虚仮威しのようにも思え、だんだんそう考えると、この山間での静寂そのものが不自然なものに思われてきた。この懐疑すらも、或いはそういう心が齎す反的なオートファジーかもしれない。堂々巡りが始まる予感がしたので、私は頭を振って中腰くらいに座った。死臭が杉の匂いや蝉の声に浄化されていき、気分が回復していくのを感じる。
「一応、多分今から専門の処理業者がきて処分はしてくれる。殆ど美咲さんに任せきりだけど、局の人間は一応無死体そのものの処理が終わったら速やかに元に戻すくらいの後始末が済んでいれば良いんだ」
「なるほど。でもこんなに荒れてちゃ、どれくらいまで綺麗にしておけば良いかわからなくないですか?」
「だよな。大体死体が上がった家ってどうしても臭いも残るし、ここまで荒れてちゃ貰い手もいないから壊されるだけだしね」
死体を直視したのは、それから四十分ほどして処理業者がやってきた時のことだった。両サイドの杉に擦れてしまわないか、或いは脱輪して坂へ転げ落ちてしまわないか不安になる程の大きさのトラックがバウンドせんばかりに揺れながらやってきて、中からこれまたどうやって入っていたのかわからないほどガタイのいい髭面の業者三人組が降りてきて、柏原さんの説明を聞いたのちに速やかに部屋へと入っていった。死体を青い袋に詰める様子を障子の隙間から覗いてしまったのである。
想像していたよりもそれは乾いていて、人相のようなものも幽かに残っていた。それでも腐敗はしており特に皮膚の色には、かつて人であった面影すらも残っていなかった。しかし確かに多少気分は悪くなったが、そこまで私にとってはショッキングなものでもなかった。それはピアスさんも同じようだった。私たちが真に驚いたのは、柏原さんのタフさにであった。部屋は惨状だった。夥しいほどの蟲が蠢いていていた他に、皮膚を伴って抜け落ちた毛髪や、固体化した体液すらも散らばっていた。みたこともない色の染みが畳の上で人型に広がっていて、確かな死を刻んでいた。自分であれば十数分も居ていられないであろうその空間で、処理業者が来るまでの間作業をし続けた彼女は疲れの片鱗さえも見せずに悠々と下山し、変わらぬ調子でまたハンドルを握った。走り出した車で緑の深い地帯から抜け出した時にはもう日は沈んでしまっていて、柏原さんの提案により私たち三人は焼肉を食べに行くことになった。
「お、みてみて」と助手席に座っていたピアスさんが、窓を開ける。山中の街頭に乏しい道だったので、空には街からでは見られないような星々が、満天とは言えないがたくさん輝いていた。加速により冷却され涼しくなった風がピアスさんの開けた窓から車内に吹き込んで、杉の匂いと、ちょっぴりピアスさんの使っていたシャンプーの匂いが混じって香る。よくよく星々を辿ってみるとやがて鷲座を見つけ、そこから芋蔓式に夏の大三角形を見つけることができた。運転をしていたためにそれらを望むことができなかった柏原さんは、代わりに『夏の終わりのハーモニー』を口笛で吹き始めた。発想が同じだったのか私は三度、ピアスさんは五度のハモリでそこに参入した。しかしそれは微妙なピッチのズレで気持ちの悪い恐怖の合唱隊のようになってしまい、三人で大笑いしてしまった。運転をする手が震え、狭い道路をそれなりの速度で走っていたためにガードレールにぶつかりかけて、また笑った。
柏原さんはやっぱりかなりの速度で、タン、ロース、バラ、ホルモンなどを次々に胃袋へ放り込んでいった。あの大量の虫を見た後でこれほど食べることができるのには、感嘆よりかは畏敬のようなものを抱いた。とは言え私もピアスさんも特に食事に支障はないようで、障りなく箸を進めた。ピアスさんはずっと檸檬のタレで牛肉を食べていた。箸使いは言わずもがな、座り方まで綺麗で段々猫背且つ握り箸の私は情けない気持ちになっていった。田舎の方だからであろうか、時間帯的にはちょうど晩御飯のタイミングであるのに店内はそこまで埋まっておらず、離れた席では賢そうな見た目の大学生たちが羽目を外したような雰囲気で呑みあっていた。騒ぎ慣れていないぎこちなさが、少しばかり垣間見える。
「スト缶があれば最高だったんすけどね」と、ピアスさんがジョッキを高く掲げて乾杯をする彼らを見ながら呟いた。
「別に飲んでもいいですよ。二人とも免許、どのみち持ってないですから」
「いや、そうかもしれないっすけど。ウチ酔ったら色々ヤバいっすから」
「いや、ほんとにです」と私が同意して目線を遣ると、彼女はいやーと誤魔化すようにして目を逸らして見せた。本当に酔った姿を人に見せたことがなかったのだろう、しかし柏原さんはその応酬を聴いて「え?え、あ、そういう感じのだった」というように狼狽した様子で私たちの顔を交互に見る。違う、勘違いをしている。
お手洗いに行ったピアスさんを、私と柏原さんは車内で待った。疾うに街の灯りのせいで星空は見えなくなってしまっている。先ほどの大学生たちが、すっかり体力を使い果たしてしまった様子で店内から出てきた。欠けた月と、カーナビ、それから柏原さんの携帯だけが白い光を依然放っていた。
「少し、独り言だと思って話していいですか。」柏原さんが口を開いた。
「もちろんです」
「ありがとう。実は私、一人娘がいるんです。実は大学で学生結婚をして卒業してから暫くして生まれました。夫は中小企業の社長をしていましたが、それは実は嘘で詐欺グループの下請けのトップだったんです。少し前に捕まりました。御用になったあと、両親に反対されて弁護士を介して離婚して、向こうは借金もあるから大して養育費も貰えないし、私が働いていて稼ぐしかなくて。そしたら学童にずっと預けていた娘に昨日、『あなたお母さんじゃないよ』って言われちゃって。どういう意図で言ったのか怖くて聞き出せなかったけれど、それなりに今落ち込んでるんです。でも、大切な娘だから。」
事実を知って少し驚いてしまったのもあるのだけれど、複雑な問題に口を閉ざしてしまった。エアコンが少し寒い。エンジンの音がよく聞こえた。
「でも、柏原さんは今一番すべきことをしていますよ。やっていることに間違えはないと思います。いつか娘さんも分かってくれるはずです。」
「そうだと、いいんだけれど。」
「きっと少し淋しかったんだと思います。ギターが有効です、今度娘さんに教えましょうか?」
「福山さん、前より少し明るくなりましたよね。嬉しいですよ。」柏原さんが少し微笑んでくれた。「でも彼女みたいにシャウトし出したらどうしよう」目線の先には、真っ直ぐにこちらまで走ってくるピアスさんの姿があった。