はなみ
男は会社で花見をすることとなった。
社長からのお達しで幹事を任されてしまった。
小さな会社なので男には断ることもできない。
多少めんどくさいと思いつつも、めんどくさいことは後輩に任せてしまえばいい、男はそう考えた。
場所取りも後輩に任せておいた。
料理の手配も別の後輩に任せた。
花見に参加の可否は顔の広い部長をおだてて任せておいた。
当日、結構な数の人が集まる。
流石部長だと、早速部長をおだて感謝を述べる。
場所取りの後輩と料理を用意した後輩もちゃんと労う。
そして、社長の機嫌を伺い、用意されているシートに座り込み料理をつつき、酒を煽る。
たまにはこういうのも悪くない。
男は酒を飲みながらそう考えていた。
会社の女子たちが手作りで料理を持参していたりもした。
男は、どれ、とそれらを味見する。
多少、上手い下手はあるが、どれも不味いと言うわけではない。
むしろ手作りならではの味がある。
そう思いつつ、宴会を、花見を男は楽しむ。
けれど、ふと気づく。
黒い服の中年のおばさんがいる。
喪服のような黒い服だ。
花見には似つかわしくない。葬式にでもでているのか、と言うくらい全身真っ黒な服装だ。
さらに言ってしまうと男の知らない顔だ。
小さい会社なので社員全員知らない顔はない。
誰かの連れだろうか、と男は思う。
年齢的には部長クラスの奥さんか誰かだろうかと予想する。
とりあえず男は人を集めてくれた部長に確認する。
あの黒い服の女性は誰ですか、と。
そうすると、部長は知らない、と答えた。
男は訝しみ、数人に聞いて回る。
最後に社長にも聞くが、誰も知らないと言う。
男は幹事は自分だし、とその黒い中年女性に声をかける。
一応、関係者かもしれないし、恭しく話しかける。
あなたはどちら様ですか? と。
女は答えない。
その代わりに無言で男を見る。
白目があるかないか、わからないような目で男を見る。
黒い服の女性は無言でニヤリと男に笑いかける。
その笑みが非常に不気味なものに見えた男は視線をいったん外してしまう。
そして、視線を戻すとその黒い服の女性はもう消えていた。
男は慌てて周りに確認すると、黒い服の女性がいたことは知っているが、どこに行ったかは知らない、とのことだ。
男は何だったのだろうと、思いつつも、非常識な人間が花見に紛れ込んでいた、と思い気にせずに花見を楽しんだ。
花見も無事終わり、男は家に帰る。
酔いが回っていたので、すぐベッドに横になる。
そうすると視界の端に、開けっ放しにしていたドア向こうに、あの花見の席で見た黒い服の中年女性が一瞬うつる。
気がした。
男は慌てて起きて、家の中を見て回るが、自分以外誰もいない。
男はまだ酒が残ってるのか、と洗面所に行き顔を洗う。
その時、鏡に映るそれと目が合う。
自分の後ろにいる黒い服の中年女性と。
男が慌てて振り返るとそこには誰もいない。鏡の中にももう自分しかいない。
どうやら花見であまり良くない者も呼びよせてしまったようだ。
男はそれからしばらくの間、怪我をしたり仕事で普段しないようなミスをするようになった。
それらが収まるのは男がお祓いに行った後だ。
はなみ【完】




