ころげおちる
男が仕事を終え帰宅途中の話だ。
夜、といってもそれほど遅くない。
せいぜい八時か九時といった時間だ。
それでも辺りは当然のごとく暗い。
男が進む道も暗い。
男の前には背の高い人物が歩いていた。
ゆっくりとだ。
歩いている道は薄暗く男か女かも分からない。
ただ、背の高さ的に男性だろうか。
背が高くとても華奢な印象を受ける人物だ。
男はスタスタと歩き、その背の高い人物まで後、二~三メートルといったところで、それは起きた。
背の高い男の頭部が、ぐれんと曲がり、そのまま地面へと転げ落ちたのだ。
男は、それをしっかりと見てしまい、ヒィ、と悲鳴を上げる。
だがよくよく見ると、男が人間の頭部だと思っていたものは泥の固まりだった。
地面に落ちた泥の塊はぐしゃりと潰れ、中から無数に蠢く地虫たちが這い出て来るのが見えた。
男は再度悲鳴を上げ、来た道を引き返し、その場から走り去る。
逃げながら男は考える。
頭が転げ落ちたと思ったら泥だった。
じゃあ、あの背の高い人物もすべて泥なのかと。
では、なんで泥が人の形をして動いているんだと。
いくら考えても答えは出ない。
しばらく走ったところ、男は息ができなくなり膝に手をついて荒く息をする。
振り返るがあの背の高い人物、いや、人の形をした何かは追っては来ていないようだ。
ただ、道には泥の足跡が残っており、やはりそこには地虫の類がウヨウヨと蠢いているのを発見した。
あの背の高い何かが、この道を歩いてきたことだけは確かだ。
虫の蠢く様に理解よりも先に嫌悪感が来る。
男が息を整え終わった時だ。
泥の足跡をたどるように何かが転がってくる。
それはあの背の高い何かから転げ落ちた頭部だった。
ぐにゃりといびつな形になった泥の塊は男の前まで転がって来て、地面から男を見上げる。
そして言うのだ。
ナニミテンダ。
と。
男は今度こそ全力で逃げ帰った。
できるかぎり遠回りをして家に帰った。
そんな異形と出会った年の夏は、なぜか小さな茶色いコガネムシのような虫を男はやたらと見かけた。
ころげおちる【完】




