てんじょうのしみ
男は古い賃貸の部屋に住んでいた。
することもなく万年床となった布団の上で転がっていると、天井に奇妙な染みを見つける。
まるで人の顔のような形の染みだ。
古い木造建築のアパートなので、雨漏りでもしているのかもしれない。
今までまともに天井など気にしてなかったので、そんな染みがあるとは気づきもしなかった。
けれど、一度見つけてしまうとものすごく気になる。
ふとした時に部屋の天井を見上げると、天井の染みと目が合う、そんな気がしてくる。
あまり気分の良いものではない。
天井の染み、顔に見えるといっても、もがき苦しむような、そんな表情なのだ。
しかも、なぜ今まで気づかなかったのかと思うような、そんな大きな染みだ。
しばらく男はその染みを見つめた後に気づく。
これほど大きい染みなら、不動産屋に電話しておいたほうがいいのではないか。
もし最初からあった染みではない場合、自分のせいにされる可能性もある。
それに、本当に雨漏りや水漏れだった場合、早く知らせないといけない。
まあ、男が住んでいる場所はアパートの一階なので雨漏りの可能性はないが、上階の水漏れの可能性はある。
そのことに男は気づき、天井の染みを見ながら、スマホを取り不動産屋へと電話をかけた。
不動産屋に、この部屋の天井に大きな染みありましたっけ? とそう確認すると、そんなものはなかったはずだと返事が返ってくる。
男は、なら上階の水漏れの可能性があるかもしれない、それほど大きな染みが出来ていると、男は伝える。
そうすると不動産屋はすぐに確認しに行きます、と返事をくれる。
この部屋を借りた不動産屋の事務所もすぐ近くだ。
もう日は暮れているが、対応してくれたことに、男はほっとする。
さすがにこれほど大きな染みを作ったら、自分では気づくだろうし、自分のせいじゃないと、男は考え始める。
程なく不動産屋の担当者が来て、天井の染みを見て驚く。
そして、証拠にとデジカメで写真を撮ったのだ。
その画像を確かめている不動産屋の担当者は顔を青ざめる。
男がどうかしたのかと聞くと、担当者は、デジカメの画像には染みが映っていない、と言い出したのだ。
男もデジカメの画像を見せてもらったが、確かに天井のアップの画像に、あるはずの染みがない。
何度か天井とデジカメの確認画面を見比べる。
実際の天井には顔のような染みがあり、デジカメの画像には顔がない。
男は担当者に、こんなことってよくあることなんですか? と聞くと、担当者は、たまに、と返し、さらに続ける。
けど、この部屋は事故物件ではなく、過去に何かあった部屋ではないんです、と男に説明した。
男は、たまにあるんだ、とそう言って天井の染みを見た。
男は貧乏だ。
引っ越す金はないし、このアパート以上に家賃の低いところはそうそうない。
あるとしたら本物の事故物件くらいだろうか。
その後も、男は天井の染みと暮らした。
染みがあること以外、特に変わったことは起きなかったが、たまに視線を感じ、誰かに見られている、そう思うくらいだ。
男がこの部屋を出るとき、敷金は多少引かれはしたが、その中に天井の染み代は含まれていなかった。
あとから聞いた話ではどうやっても染みが消えなかったので、あの部屋だけ天井に壁紙を張ったそうだ。
ただそれだけの話だ。
てんじょうのしみ【完】




