におい
ふとした時に臭いがする。
臭くはあるが、きつい臭いではない。
刺激臭でもないし、何かの腐敗臭でもない。
しいて言えば、油の臭い。
そんな臭いが、ふと香ってくる。
女ははじめ自分の体臭かと思っていた。
だが、そういうわけでもない。
一日に二、三度、ふとしたときにその臭いがどこからともなく漂ってくるのだ。
他に人が一緒にいる時なら、その人もその臭いに気づく。
自分から漂って来ると思っていたが、友人に確かめてもらったが、そういうわけでもなかった。
女とは別の場所から、それでいて女の近辺から、臭いが漂ってくるのだ。
しかも、何とも言えない臭気だ。
不快な臭いではあるのだが、臭いというわけでもない。
それでいて、嗅ぎ続けたくない。どこか胸焼けするような、古くなった油の臭いを嗅いだような、そんな不快感がある臭いだ。
決して鼻をつくような臭いではないのだが、嗅ぎ続けたい臭いではないことは確かだ。
女は臭いの元を探すが全くわからない。
そもそも場所を選ばない。
自宅でも会社でも臭ってくるのだ。
だから、自分の体臭なのでは、そう思ったこともあった。
だが、そういうわけでもない。
まるで、姿の見えない何かが女の周りにいるような、そんな感じなのだ。
とはいえ、臭い以外実害もないし、実際何もいない。
時間が経つと、女もさほど気にしなくなっていた。
ある日、家に女が一人でいるとき、またあの臭いがどこからともなく臭ってくる。
女はその時暇だったので、臭いの元を特定してやる、と、スンスンと鼻を鳴らし、臭いのするほうへと進んでいく。
だが、やはり何もない。
それでも女はあきらめずに、少しでも臭いが強いほうへと向かっていくと、床から臭ってくることに女は気づく。
女が床に這いつくばって、周りを見渡すと、視線が合う。
目ではない。
だが、視線が合ったとそう感じた。
女の視線の先には非常に大きな、黒いあの虫がいたのだ。
拳大ほどの大きさのあの虫に驚いていると、おまえ犬かよ、そんな言葉が虫から投げかけられる。
そして、カサカサと音を立ててあの虫は暗闇へと消えていった。
女はいろんな意味でしばらく呆然としていた。
特にあの虫が言葉を喋ったことが女には理解できなかった。
けれども、それ以来、あの臭いが香ることはなくなった。
あの巨大な虫がなんだったのか、女にはわからなかったが、翌日、大量に対策グッズを買ってきたことだけは事実として残っている。
におい【完】