ちょうめん
古いノート、いや、意味合い的に帳面のほうがあっているか、そんな古い帳面が見つかる。
もう何十年も昔のもので紙自体が黄色く黄ばんでいるようなものだ。
それが物置から見つかったのだ。
恐らくは市販品のものではなく手作りの冊子だ。
だから、ノートというよりも帳面というほうがイメージにあっている、女はそう思った。
表紙には元は何色だったかわからないが、青いくすんだインクで何かハンコが押されている。
長方形のハンコで、文字が書かれているが、どれもこれも見たことのない文字だ。
漢字、ではあるのだろうが、見たことのない感じだし、旧書体ともどこか違う。
一目見て漢字とわかるのだが、どの文字も見たことがない、というのが正しいかもしれない。
レトロ好きな女はその帳面をもらうことにした。
特に内部に何かが書かれているわけでもない。
恐らくはメモ帳だったのだろう。それが使われずに物置の奥底にしまわれていた。
そんな品だ。
紙の黄ばみ具合から、少なくとも数十年は経っていそうだ。
女はメモ帳として使うには少しもったいないと思い、メモ帳ではなくオブジェとして、自分の部屋に置いた。
レトロ好きの女にとってはちょうどいい小物だ。
それが机の上にあるだけで、雰囲気がいい。
そんな小物だった。
女がその帳面を机の上に置いて三ヶ月ほどたったときだろうか。
机の上に置いておいただけで、特にめくりもしなかったその帳面をある時、気まぐれでめくってみたのだ。
見つけた時は何も書かれていなかったのに、帳面に何か記載されている。
ページを開くと、ペンではなく筆か何かで書かれていた。
その字はあまりにも崩れていて、内容は全く読めない。
女は誰がこんな悪戯を、とそう思って、犯人を考えるがどう見ても父や母の字ではない。
弟もいるが悪戯のようなことをする性格ではない。
ただ、その書き込まれたものは読めない物ではあったが雰囲気はあった。
だから女はそれほど気にはしなかった。
それから、しばらくすると帳面にまた読めない文字が書き足されていた。
女はまたか、と思って家族全員に聞いて回るが、誰も知らない、と答えた。
弟が冗談のつもりで、スマホの翻訳カメラで解析してみれば? と言ってきたので、女は試しにスマホのカメラを帳面に向けた。
すると、翻訳が表示される。しかも、日本語から日本語へと訳の分からない翻訳となっていた。
記されていた内容は日記のようなものだった。
しかも、女自身の日記だ。家族にも言っていない内容が、その日記には書かれていた。
女は顔を青くする。
本当に誰にも言ってない出来事まで書かれているのだ。
女が呆然とする中、弟が表紙のハンコをスマホで翻訳してみた。
そうすると、表紙のハンコは、先の出来事、正確には違う文だが、そういった意味合いのことが翻訳として表示された。
先の出来事、そのまま考えれば、未来の日記ということになる。
確かに、一度目も二度目も書かれてすぐ見つけたわけではない。
もしそうであるならば、これはすごいものだと、青くしていた女の顔が、何とも言えない顔に変化する。
それがあってから女はその帳面を毎日見るようになった。
帳面は大体、女が夜寝ているうちに書かれ、次の日に起こることが書かれていた。
そして、それは確かに女にたいして起こった出来事だった。
女はこの帳面は本物の予言書だと、そう確信した。
ただ、帳面に書かれることは女が意図した知りたい未来というわけではなく、適当なことが書かれるし、書かれる期間も二か月に一度くらいなので、あまり役に立つ機会はなかった。
それでも本物で、未来を記しているのだ。
女は帳面を大切にし、家族以外には未来日記のことは喋ったりもしなかった。
それはずっと続いていた。
女の日常となっていた。
女が結婚した後も、それは続いていた。
だが、その帳面を見つけて七、八年したころの話だ。
帳面のページがとうとう最後の一枚になった時だ。
女もとうとう次でこの帳面が役目を終えるのか、と、そう思っていた。
最後のページに文字が書かれていた。
それはスマホで翻訳をかけなくとも分かる文字だった。
それは、死、という一文字だけだった。
その帳面を見た日、女は確かに死んだ。
死因は誰にも伝わっていない。
ただ、女が見つけた帳面は、いつの間にか消えていた。
もしかしたら、またどこかの物置で見つかるかもしれない。
ちょうめん【完】