でんわぼっくす
建物一つないそんな一本道に電話ボックスが一つだけある。
既に公衆電話自体は回収され、電話ボックスだけが取り残されている状態だ。
そこに唐突な雨。
ゲリラ豪雨ともいうべき激しい土砂降りが降り始めた。
男はとっさにその何もない電話ボックスの中へと逃げ込む。
男は傘を持っていなかったので、その電話ボックスの存在は助かった。
普通のガラスの壁の電話ボックスではない。
少しお洒落な電話ボックスで赤く格子状の窓がついていて、外国の公衆電話、そんなデザインとなっている。
見た目はいい。
またこの辺りには建物がなく今のような急な雨には良い避難場所にもなる。
だから、電話ボックスだけ取り残されているのかもしれない。
そんなことはともかく男は助かった、と激しい雨から逃げるように電話ボックスの中へと逃げ込んだ。
狭い空間で電気もつかないが今は雨をしのげるだけで良い。
そう思っていたのだが、不気味な物を電話ボックスの中に見つけてしまう。
電話ボックスの真ん中に女性ものの靴がそろえて置かれていたのだ。
不気味とは思いつつもこの激しい雨の中、出ていく程ではない。
男は嫌な悪戯だな、と、思いつつ雨が速く止まないか、電話ボックスの中から空を見上げる。
空はどんよりとした雲が広がっているが激しい雨だけに長続きはしないだろうと男は予想する。
そうして雨宿りしていると、急にジリリリリリリリリィンと電話のベルが鳴った。
男は電話ボックス内を見回るが電話はない。
ただ元々は公衆電話があった場所が棚のようになっているだけだ。
音の元をたどると自分のスマホだったことに気づく。
自分のスマホの呼び出し音はそんな音じゃなかったはずだと、思いつつも男は電話に出る。。
ついでに不通知番号からの電話だ。
普段は不通知番号の電話からは男は出ないのだが、その時は焦ってつい出てしまった。
そうすると、ザザザザザザザというノイズが聞こえてくる。
男はやっぱり悪戯電話か、と思って切ろうとすると、か細い声がノイズの中から聞こえてくる。
……は、そこに…… ない…… ですか? と。
男は、もう一度お願いします、スマホに向かい返答する。
少しの間があってから、ノイズ音の中から、私の靴は、そこにないですか? という言葉が聞き取れる。
男は混乱する。
確かに電話ボックスの中に靴はあった。
電話口の声も女性ぽい。
だが、なぜそれを確かめる電話が自分のスマホにかかってきたのかが理解できない。
しかも、着信音まで勝手に変わってだ。
何か超常的なことが起きているのではないか、そう思えてしまうのだが、あまりにも驚いた男は、確かに電話ボックスの中に靴はありました、と答えてしまう。
そうすると、すぐに行く、とそう返事が返ってきてスマホの通話は切れた。
男の頭の中は疑問しかない。
ただこのまま電話ボックスの中にいると、この靴の持ち主と鉢合わせしてしまうのではないか、そう思えて仕方がない。
そして、その靴の持ち主と会っても大丈夫なのか、自分は無事でいられるんだろうか、男は不安に思い始める。
電話ボックスの外を降る激しい雨が、電話ボックス内に取り残された揃えられた靴が、突然自分のスマホに掛かってきた電話が、そのすべてが男の判断を迷わせるのだ。
だが、厚い雲と激しい雨が降っているせいか外はすでに真っ暗だ。
この激しい雨の中、この暗い道を行くのも正気の沙汰ではないように思える。
男が迷っていると、ドンッと電話ボックスの戸が叩かれる。
男が振り返ると、そこには女性と思しき手だけが張り付いていた。
手の主はどういうわけか見当たらない。
赤い電話ボックスの格子状の戸に手だけが張り付いている。
手から先は暗くてよく見えない。
男は息をのむ。
危険を冒してでもこの電話ボックスから逃げておくべきだったとそう考えた。
早く強く心臓が脈打つのを感じる。
深く息が吸えずにどうしても早いスパンで息をしてしまう。
男は焦りながらもなんとか考えだし、床にそろえてある靴を取り、それを電話ボックスの戸を少しだけ開けてそこから外に差し出した。
すると暗闇から手が伸びて靴を持って行った。
それと同時に電話ボックスに張り付いていた手も消えている。
男はこれで良かったんだと、安堵の息を吐き出す。
そして、視線を戻すと、黒く長い髪の女が格子状の窓から内部を覗き込んでいたのだ。
それを見た瞬間、男は気を失う。
男が目を覚ました時、そこはやはり電話ボックス内だった。
辺りも真っ暗だったが、雨はもう止んでいた。
時間を見るとほんの数分だけ気を失っていただけだったようだ。
男はおっかなびっくりと電話ボックスを出て帰路につく。
男の見たものが生きた人間だったかどうか、それはわからない。
ただ、スマホの着信履歴には、そんな電話は掛かってきていないことになっている。
でんわぼっくす【完】