まいご
男はその日、早く仕事が終わり、定時で帰宅で来た。
まだ冬なので日はもう落ちてしまってはいるが、夏ならまだ日があるような、そんな時間に帰宅できている。
そのことに男は驚きつつも、こんなに早く帰れてしまい、家に帰って何をしようかと浮かれていた。
そんな少し浮かれた帰り道だ。
男は何かに服を引っ張られる。
何かに引っ掛かってしまったかと、振り向くと子供がいた。
子供が男の服を掴んでいたのだ。
大人からすればまだ遅い時間ではないが、、子供からすれば日も落ちていて遅い時間だ。少なくとも一人で出歩く時間ではない。
そのことに男は驚く。
そして、男はその場に座り込み、子供の目線になり、その子供に話かける。
どうしたんだい、もしかして迷子にでもなったのかい? と。
そうするとその子供も頷く。
男は、これは大変だと、その子供を連れて交番を目指す。
子供の手を取った男は驚く。
異様なほど子供の手が冷たい。
この寒い中、長時間、外を彷徨っていたのだな、と男は思い、その冷たい手をしっかりと握ってやる。
そして、男は子供にあれやこれや話を聞きながら、交番を目指す。
だが、どの質問に子供が答えることはない。
けれど、その子供は笑顔で男に手を引かれていく。
交番につき、男が交番の扉を開く。
中には駐在員がいて、男を見る。
男は迷子がいたので連れてきました、と、子供の方を見ると、先ほどまでいたはずの子供がいない。
手を引いていたはずの手に、冷たさだけが残っていた。
それで駐在員は察する。
迷子の子供ですよね? と。
男は、そうなのですが…… と返事を返す。
駐在員は妙な半笑いで、その子供のことを何か思い出せますか? と聞いてくる。
男は、なにを馬鹿な、と思いながら、子供のことを思い出そうとする。
だが、何も思い出せない。
男の子だったのか、女の子だったのか、それすら思い出せない。
どんな顔だったのか、どんな格好をしていたのか、まるで思い出せない。
ただ引いていた手に、その冷たさだけが残っている。
男は茫然となり、手の冷たい子でした、とだけ答えた。
駐在員は男を安心させるように笑って、この辺りではたまに出るんですよ、悪い物じゃないと思うで気にせず、そのまま帰ってください、と、そう言った。
男には、手に冷たい感触だけが残っていた。
まいご【完】




