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それなりに怖い話。  作者: 只野誠


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なべ

 一人用の小さな土鍋で男は鍋を作った。

 今夜も寒いので、きっとおいしいはずだ。

 しかも豪勢に蟹まで入っている鍋だ。


 買ったわけではなく貰い物の蟹だが。


 いや、多分自分で買うよりも、貰い物のの蟹の方が美味しい、男はそう考える。

 和風のオーソドックスな鍋だ。

 豆腐にしいたけ、えのきも入れてある。

 それにしらたきに春菊と水菜。

 鱈の切り身もだ。


 きっとうまい鍋になる。

 なによりも蟹から良い出汁がでる。

 それだけでおいしいはずだ。

 〆は雑炊だ。蟹雑炊だ。


 そんなことを思いながら、男は鍋が煮えるのを待つ。

 一人用の鍋だが、久しぶりの鍋と言うことで少々具材を多く買いすぎた気もする。

 だが、それもまたよい。

 男はそう考えている。


 鍋がグツグツと音を立て始める。

 土鍋の蓋を取り、鍋の様子を見る。

 もう十分に煮えているようだ。

 蟹も真っ赤になっている。

 まずはスープの味から、と、男はおたまでスープを掬い、味を確かめる。


 旨い。


 様々な具材からでた旨味が溶けあい絡み合いそれが一つにまとまっている。

 そして男は、蟹の脚を取る。

 切れ込みは入れてあるので、すぐに蟹の身を取り出すことができる。

 プリップリの身がたっぷりと詰まっている。

 それをほじくり出して、口に入れる。


 暖かく、上品な味わい、そして蟹の風味が口いっぱいに広がる。


 これは良い蟹だ。

 男は舌鼓を打ちつつ、次の蟹の脚を取る。

 だが、どういう訳か、蟹の身だけが入っていない。

 男は、外れを引いてしまったか、と次の脚を取るが、やはり蟹の身が入っていない。

 その次の脚も、それどころか、どの脚にも蟹の身は入っていない。

 

 男は茫然とする。

 いや、おかしい、蟹の脚に切れ込みを入れたときは、確かにどの脚も蟹の身は詰まっていた。


 どうして、と男が思っていると、男は気づく。

 鍋の湯気、男が座っている席の向こう側に誰かが座っていることに。


 男は一人暮らしだ。

 誰かがいるわけがない。

 それに、湯気に隠れて、というわけでもなくその輪郭があやふやだ。

 

 男は恐怖よりも先に怒りが来ていた。

 自分の蟹を勝手に喰いやがって、と。


 そして、男の口から出た言葉は、食うなら金を払え、だった。

 男がその言葉を発すると、その人影は揺らめくように消えていった。


 それ以降、蟹の身が食べられていることはなかった。

 だが、鱈の切り身は既に食べられた後だったようで、鍋の中に発見することはなかった。


 男は憤っていたが、その人影があった場所に、小さな紙切れが一枚落ちていることに翌日に気づいた。

 それは宝くじの券だ。

 男が買ったものだが、買ったこと自体を忘れていたようなものでもある。

 確か年末に発表されていたはずだ。

 男はそう思い、宝くじの番号を確認する。


 当たっている。


 一等や二等ではないが、四等で五万円の賞金だ。

 男は驚く。自分で買った宝くじではあるが、本当に忘れていたものだ。


 男はあの人影に感謝する。

 それからという物、鍋を作るときは二人分用意してやる。

 誰だか知らないが、その鍋を食べていく者は存在する。

 そして、代わりにささやかな幸運を男に与えてくれるのだ。


 ただ、それだけの話だ。




 

なべ【完】

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