おちてくる
男は嫌なものを見てしまった。
それを見た瞬間、そう思ったそうだ。
男が何を見たかって?
深夜遅く男が帰宅している帰り道、なんとなく夜空を見て、星なんかまるで見ない、と、そう思いながら歩いていた時だ。
とあるマンションの上から、何かが落ちて来るのを男は見てしまう。
男にはそれが人に見えた。
そして、男は、嫌なものを見てしまった、そう思ったのだ。
だが男はもう大人だ。
それに、落ちた実物を見たわけでもない。
それなりに冷静だった男は警察に電話をし、状況を説明した。
そして、マンション名を告げる。
そうすると電話口の警官が、あっ…… と、何か気づいたような声を上げる。
そして、その警官は男に、現場に確認しには行く、けど、男にはもう帰って良いですよ、と電話で返答したのだ。
男は事情聴取とかないのか、と、そう思い、言われた通り男は家に帰る。
ただ、その日はマンションの屋上から人型の物が落ちる光景を見てしまった男は、その光景が瞼に焼き付き、中々寝れずにいた。
次の日、そのマンションの前を通るのだが、特に変わったところはない。
人一人死んでいるはずなのにこんなものなのか、と男はそう考える。
それから、一週間くらいの時が流れ、再び帰り道だ。
あのマンションに差し掛かろうとしていた時、男はマンションの屋上に人影を見る。
そして、その人影は男の見ている前で、屋上から飛び降りていった。
空中で手足をバタバタさせながら、それは落ちていく。
男がそれを見て、ギョッとする。
またか、と思いつつ、男は警察に電話する。
そうして、一週間前にも見たのですが…… と男が警察に伝えると、警官は○○マンションですか? と、場所をまだ男がいってないのに言い当てる。
男が驚いていると、電話に出た警官は、一応は見に行きますが人死にはないので気にしなくて良いですよ、と、電話越しで声を掛けて来た。
男が、どういうことですか? と聞くと、〇〇マンションの屋上から人影が飛び降りるというのはよくある通報なのですが…… なにもないんですよ、なにも、と返答が返って来た。
男には何が何だからわからない。
警官は軽く笑い、よく通報があり何度も見に行っていますが飛び降りた人はいないし、過去にもそう言った事例もないんですよ、と、警官は笑いながら言った。
それに付け加え、ただ同じ人が一週間で二度も見た、というのはあなたが初めてですよ、とも、付け加える。
男は訳も分からずに呆然と立ち尽くしていた。
そして、電話口から、一応は確認しに行きますが帰って大丈夫ですよ、と、警官から優しい言葉がかけられた。
ただそれだけの話だ。
おちてくる【完】




