しゃんぷー
男がお風呂で頭を洗っている時だ。
両手で頭の頭皮をワシャワシャと洗っている時だ。
泡が目に入らぬように眼を閉じ、頭を洗っている時だ。
寒いのでシャワーを出し、肩から体に当てながら、頭を洗っている時だ。
誰かに声を変えられる。
おい、と。
男は慌てて、返事をする。
頭を洗っている手を止めて、よく聞こえるようにシャワーも手探りでなんとか止めて、なに? と、お風呂の戸の方へと声をかける。
だが、男の問いには何も返ってこない。
確かに声を聴いたのだ。おい、と、言う男とも女ともつかない、そんな少ししゃがれた声を。
男はとりあえずシャワーからお湯を再び出して、頭を洗い流す。
そして、今度はお風呂の戸から顔を出し大きな声で、呼んだ? と聞き返す。
そうすると、遠くから男の妻が、呼んでない、とだけ返事を返した。
男が今思い返してみても、確かにあの声は妻の物ではない。
だが、今、この家にいるのとは男と男の妻だけだ。
では、さっきの声はなんだったのか。
男は考えるが、分からない。
気のせいだった、ということにして、男は体を洗い始める。
男の家の風呂場ないには鏡があるのだが、そこに、男の後ろに何か黒い物が映っているのが見える。
ただ今は男が先ほどまでしたシャンプーの泡が鏡についている。
急いで、慌てて洗い流したせいだ。
そのせいでよく見えない。
男はシャワーでその泡を恐る恐る洗い流す。
押して鏡を見る。
そこには黒い和服を着た、男とも女とも取れる老人が立ってた。
男は慌てて、鏡を覗き込むように映っていた。
急いで映っていたほうに男は振り向く。
そこには誰もいない。
もう鏡にも誰も映ってはいない。
男はギョッとしながらも、風呂を素早くきりあげて、そのことを妻に伝える。
そうすると妻は、私もたまに見るけど声は掛けられたことなかった、と、あっけらかんというだけだった。
妻の話では、割と前からいたとのことだ。
三年近くこの家に住んでいたが、男がそれを見たのはじめてだった。
ただ、それだけの話だ。
しゃんぷー【完】




