もしもし
電話が来た。
男が里帰りしているとき、実家で留守番を任されていた時、電話が来た。
今では珍しいダイヤル式の黒電話だ。
まだ現役の黒電話などかなり珍しいのではないか。
男はそう思いつつも電話に出る。
男が何か言う前に、もしもし、と女性の声が聞こえる。
男も、もしもし、と返事を返す。
そうすると、受話器の向こうから再び、もしもし、と声がする。
男は聞こえなかったのかと、思い少し大きな声で、もしもし、と言い返す。
一瞬電話の相手が老人か何かで耳が悪いのかもしれない、そう思いはしたが、電話の声は若い女性の声に思える。
そんなことを男が考えていると、また、もしもし、と返事が返ってくる。
それに男も、もしもし、と返す。
そんなやり取りを数度ほど繰り返す。
男は流石にいたずら電話だと思い、切りますよ、と、そう言って電話を切ろうとする。
そうすると、切りますよ、と若い女の声で返事が返ってくる。
それに男が怒り、切るのはこっちだ、と声を大きくして反応する。
それに対して、電話口の女も声を大きくして、切るのはこっちだ、と返して来る。
真似をされている。
男はそれがわかった。
最初に電話越しに喋ったのは女だったが、いつの間にかに女は男の言葉をオウム返ししていたのだ。
そのことに男は気づいた。
そこで男は少しからかってやるつもりで、早口言葉をかなりの早口で言う。
隣の客は…… という奴をだ。
男は活舌には自信がある。
少しの間があり、その早口言葉が間違いなく返ってくる。
男はならばと、東京特許許可局特許許可局長、という言葉をすんなり噛まずに言葉にする。
男は電話の受話器を耳に当て、相手がその言葉を言うのを待つ。
そうすると、もしもし、と平静を装ったような、そんな声で返事が返ってくる。
それを聞いた男は気分が良くなる。
そして、俺の勝ちだ、そう言い残して電話をガチャリと切る。
その様子を、家に帰って来た男の両親が頬けた様に見ている。
そして、男の父親は男に聞く。
お前は何をやっているのだ、と。
男は得意げになって、父親に今のやり取りを伝える。
いたずら電話が来たからやり返してやったところだ、と。
だが、男の父親は心配そうな顔をする。
そして、衝撃の真実を言った。
その電話な、電話線通じてないぞ、と。
父親が言うには、今はもう珍しいし、思入れもあるから残しているだけで、電話線も通じてないそうだ。
男が電話線を引っ張ると、確かに途中で切れている。
どこにもつながっていない。
男は顔を真っ青にする。
そして、父親は化かされたんはお前の方やったな、相手の方が一枚も二枚も上だったな、そう言って笑った。
男はしてやられたと、ムスッとした顔を浮かべた。
もしもし【完】




