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それなりに怖い話。  作者: 只野誠


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しゃもじ

 女は仕事帰りに夜道でしゃもじを見た。

 ご飯をお茶碗に入れるための道具の、あのしゃもじだ。


 それが夜道に青く光って見える。

 浮いている。

 何なら大きさもかなり大きい。


 もちろん本物のしゃもじではない。

 人形だ。

 いや、マネキンが、首と胴だけのマネキンが、ゴミ捨て場に置かれており、それに月明かりが当たり、その月明かりに照らされている部分が、しゃもじに見えているだけだ。

 女が不思議に思いゴミ捨て場に近寄ると、マネキンの手足も取り外されて一緒に捨てられているのも分かる。


 近くの洋服屋のものだろうか。

 それらが捨てられているのだ。


 作り物ではあるが人体を模したものがゴミ捨て場に捨てられているだけで、女はちょっと怖くなる。


 それにしても、何でしゃもじに見えたのだろうと、女はマネキンを見る。

 ちょうど後頭部がしゃもじのご飯を掬うところに似ている。

 そこから月明かりが伸び、持ち手の部分をを作っている。


 ビルとビルの合間。そこから差し込む月明かりが、マネキンの後頭部と重なって、しゃもじの様に月明かりで照らされているのだ。

 女はこんな偶然もあるものだと、そう思いつつも自分が最初に思いついたのがしゃもじとは、と、食い意地張りすぎなのではと自分自身に呆れる。


 だが、こうやって近くで見ても、たしかにしゃもじに見えなくない。

 そんな明かりの当たり方をしている。

 夜道に突如浮かび上がる月光のしゃもじだ。


 少し幻想的ですらある。


 女はふと空を見上げる。

 マネキンを、照らす月光を追い、夜空の月を見上げる。

 ビルとビルの合間から、綺麗な月が見える。

 黄色く輝く月だ。


 少しの間、月を見た後、女はマネキンに視線を戻し、息を飲む。


 目が合ったからだ。

 マネキンと目が合った。

 女は少し混乱しつつも思い返す。

 先ほどまでマネキンは自分に後頭部を見せていたはずだと、なのにマネキンと目が合う、そんなはずはない。


 だが、実際にマネキンと目が合ってしまった。

 もしかしたら、後ろを向いていた、そう思っていたのは間違いだったかもしれない、と女は考え直す。

 なにせ、今、マネキンは女の方を向いているのだから。


 けれども、女は更に気づく。

 このマネキンは恐らくは女性型のマネキンだ。

 くびれがありそれらしい丸みを帯びた流線形の形だ。

 だが、胸がない。


 いや、胸のないマネキンもあるだろう、と女は思うが、視線を落とすと尻らしきものが見える。


 マネキンは女の記憶通り女に背を向けて立っているのだ。

 女は恐る恐る、視線を上げ、マネキンの頭部、顔を見る。


 そこには何もない。

 ただのマネキンの後頭部があるだけだ。


 先ほど見た顔などない。

 あるわけがない。


 では先ほど女と目が合った顔はなんだったのか。

 女にはわからない。


 女は少しづつ、マネキンから目を離さないように後ずさりを始める。

 マネキンから距離を取る。


 ある程度離れたところで女は一気に走り出す。

 女は曲がり角を曲がったところで足を止め、息を整える。

 ある程度、落ち着いたところで女は角からゴミ捨て場の方を見る。


 そこからもしゃもじのように見える月明かりに照らされたマネキンが見える。

 もう遠くて顔があるかどうかなどは見えない。


 女はそのまま急ぐように自宅へと向かう。


 女は気づくべきだった。

 いや、気づかなくてよかったかもしれない。

 ビルとビルの合間の月明かりで照らされているならば、場所を変えればそれがずっと同じ形、しゃものじの様に見える訳がない、と言うことを。


 それに気づけなかったから女は無事だったのかもしれない。





しゃもじ【完】

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