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それなりに怖い話。  作者: 只野誠


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せみのこえ

 もう十月だと言うのに、真夜中に蝉の鳴き声がする。

 ただ死にかけなのだろうか。

 ミッ、ミッ、ミッと、上手く鳴き続けられることが出来ていない。


 男は仕事帰りの疲れた頭で、蝉が鳴くのはメスに対する求愛行動だと言うことを思い出す。

 こんな時期に鳴いてももう他の雌もいる訳はないだろうに。

 男はそう考えた。


 そう考えると、この今にも消え入りそうな鳴き声が哀愁漂う叫び声に聞こえてくる。


 もう時期が時期だ。

 昼間はまだそうでもないが、夜は冷え込んできている。

 蝉が活動できる温度ではない。

 可哀そうだが他の蝉がいるとも思えない。

 それでも蝉は力の限り、その命ある限り鳴くのだろう。


 蝉にとってそれが良きる意味なのだから。


 男はふと思う。

 生きる意味とはなんなのかと。

 自分は仕事をこなすことで精いっぱいだ。

 他に何もできていない。

 朝、起きて会社に行って働いて、夜遅くに寝床に帰ってきて寝る。

 ただそれの繰り返しだ。

 同じことを延々と繰り返す。

 恐らく死ぬまで繰り返す。


 男はそれでは蝉以下ではないのか、そんなことを考える。

 だが、男は知っている。


 蝉はその生涯の大半を、長い間を、土の下で生きる。

 その生涯の最後に羽化し、地上へと羽ばたくのだ。


 男は今は自分も土の中にいるだけと、今は力を蓄えている時期なのだとそう考えることにした。

 けれど、それと同時に思う。

 自分も地上に出たとき、今死にかけの蝉の様に何もなせなかったらと。

 そもそも、自分には地上に出るチャンスもないのでは、と。


 その考えが頭をよぎる。

 気が付くと男は足を止めてそんなことを考えていた。


 そして、男の足元には死にかけの蝉が横たわっていた。




 蝉の生はその夜には終わる。

 蝉に抗う術はない。

 男の人生はまだ続く。

 どんな道のりなのか、道は終わるのか、続くのか、それは男次第だ。





せみのこえ【完】

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