つきがあおいよる
少女が部活帰りにもう暗くなった夜空を見上げる。
月が青い。
嫌に青い。
気のせいではなく、しっかりと青く見える。
ブルームーンという奴だ、少女はそう思った。
だが、実際のブルームーンは、それほど青くは見えない。
少女はそのことを知らない。
そんな青ざめた月は夜空に浮かんでいる。
少女が見た月がブルームーンなのかどうかは置いておいて、近年ではブルームーンを見ると幸運が訪れる、そんなことが言われている。
だけれども、昔はブルームーンと言えば不吉なことへの前兆だったのだ。
これから、あり得ないことが起きる、その前兆だと言われていたのだ。
少女はそのことも知らない。
少女は青い月を綺麗だな、と見上げつつ、帰路につく。
田んぼのあぜ道というわけではないが、道の片側には田んぼが広がっている。
その反対側には民家があるのだが、農家の家で家屋までは遠い。
家の光が少女が歩いている道にまで届くことはない。
道自体に電灯はあるが、少し心もとない。
だからこそ、月はよく見える。
青い月が良く見えるのだ。
そんな暗い夜道を少女は一人、帰路についている。
少女にとっては慣れた物だ。
それに今日は月明かりもある。
少女が帰り道を歩いていると、不意に声を掛けられる。
もし、もし、もし、と。「もし」という言葉だけを繰り返し声を暗闇の中、うっすらと浮き上がる人影にかけられる。
少女は声をかけられた方を向き、返事をする。
なんでしょうか、と、明るい声で。
声を掛けて来た人影は、○○という家で今日お通夜があるのだが道がわからない、と、少女に聞いた。
○○という家の名を少女は知らない。
なので、少女は、すいません、わかりません、と、きっぱりと返事をして足を動かす。
人影はその場を動かずに、もし、もし、もし、と声を掛け続けていたが、少女は特に気にしない。
変な人もいるのだと、そう思ったくらいだ。
少女はさっさとその場所から去る。
少女が自分の家を目指して道を歩いていると、また、もし、もし、もし、と声を掛けられる。
声色も先ほど声を掛けて来た人物のようだ。
少女は、あれ、また会いましたか? と、人影に問う。
そうすると人影は答える、はい、先ほど道を尋ねました、と。
少女はその答えに納得する。
迷子であれば再び出会うこともあるのだろうと。
だが、少女は○○の家を知らない。その道を教えることはできない。
自分に出来ることはない、と、再び足を動かそうとする。
だが、人影は、○○という家で今日お通夜があるのだが道がわからない、と再び少女に聞いた。
少女は、わからないです、と答える。
その答えを聞いていないかのように、人影は同じ言葉を繰り返す。
少女は暗くてよく見えないが、お年寄りなのかもしれない。
こんな辺りが暗くなる時間に出歩くのは危険だと、田んぼにはまりでもしたら大変だと、そう考えた。
そして、スマホを出し警察に電話しようとする。
その時だ、
スマホの明かりで人影が見える。
それは案山子だ。
案山子が声を出していたのだ。
少女は理解する。
音声を発する喋れる案山子なのだと。
ハイテク案山子なのだと。
だから、同じ言葉しかしゃべらないのだと。
お年寄りではない、それが分かった少女は安心して帰路につく。
しゃべる案山子を残し、その場をさっさと去る。
何度か人影に声を掛けられても、もう答えることなく少女は夜道を行く。
それらはただの案山子なのだから。
半時ほど歩いて少女は家に無事に着く。
そして、親に最近の案山子は喋るんだね、と少し自慢げに話したそうだ。
不吉の予兆ではあったが、予兆は予兆で確定ではない。
ただそれだけの話だ。
つきがあおいよる【完】




