なきごえ
鳴き声がする。
まるで猿のような鳴き声だ。
夜にだけ山の方から聞こえてくる。
ただ、この地域に猿はいない。
山深い田舎だが、この辺りに猿はいない。
なのに、猿のような鳴き声が聞こえてくる。
夜にだけ、山から鳴き声が聞こえてくる。
誰もその鳴き声の正体を知らない。
夜になく鳥の類だろうか?
それも猿が本当はいるのか?
それはわからない、ただ山の方から鳴き声がするのだ。
これはそんな田舎での話だ。
都会に出ていた息子が盆休みに、孫を連れて帰ってくる。
年老いた男はそれだけで喜んでいた。
それが何物にも代えがたく年老いた男には思えた。
年老いた男はそれが嬉しくてたまらない。
文句を言いながらも顔はどうしても笑ってしまう。
だが、孫たちがやってきた夜も、猿のような鳴き声が山から聞こえてくる。
年老いた男は孫に何の鳴き声、と聞かれて返答に困る。
それは年老いた男も知らないからだ。
ソウノカ様だよ、と、年老いた男の息子がそんなことを言う。
年老いた男はそんな名を聞いたことなかったが、年老いた男はすぐに気づく。
男の息子はさらに続ける。
ソウノカ様は山の神様で、夜にああやって鳴いて自分の縄張りを主張するんだよ、だから、山には近づいちゃいけないよ、と。
確かに山は危険だ。
近寄らせないほうがいいので、年老いた男も頷いて見せる。
孫たちは怖がっているので山には近づかないだろう。
年老いた男は、息子もちゃんと親をしているのだと感激する。
孫たちが寝た後、息子は年老いた男に話しかける。
ソウノカ様の正体はなんなのかと?
年老いた男はそこで驚く。
何を言っているのだと、知らないで言っていたのかと、本気でソウノカ様がいるのかと?
息子は不思議そうな顔を年老いた男に向けた。
年老いた男はその話を誰から聞いたと、息子に聞く。
隣の婆様だと息子は答える。
年老いた男は笑う。
あの婆様のやりそうなことだと。
息子は未だに不思議そうな顔をしている。
ソウノカ様。
年老いた男は酒を飲みながら笑った。
そして、年老いた男は、息子に言った。
全部ひらがなで紙に下から書いてみろと。
息子は年老いた男、父親に言われた通りのことをして、顔を真っ赤にさせた。
ただそれだけの話だ。
夜に山から聞こえて来る鳴き声は依然として正体不明のままだ。
だが、子供を山に入らせない効果は多少なりともあるようだ。
なきごえ【完】




