〇〇〇様
〇〇〇様の名は言ってはいけない。聞いてもいけない。文字に書いてもいけない。
だから、〇〇〇様と記す。
〇〇〇様は海の神様だ。
海から、海の深き底から来た神様だ。
良き神ではない。
少なくとも人間からすると悪神の類となる。
ただ、すべてが悪いわけではない。
ちゃんと接すれば、その年の漁を、大漁として約束してくれる神でもある。
もちろん、それなりの代償は伴うが。
〇〇〇様はとても古い神だ。
その起源も何ももう伝わっていない。
そもそも、言ってはならず、聞いてはならず、書いてはならず、の神だ。
伝えるのも難しい。
今では一番の老人でも、その存在を、その神の何たるかを、知る者はいない。
だが、その方がよい。
〇〇〇様は悪神なのだから。
関わるべきではなない神なのだから。
〇〇〇様も人と積極的にかかわろうとしない。
神は人が求めるからこそ現れるのだ。
人が求めなければ、〇〇〇様もただ悠然と、神としてそこに存在するだけなのだ。
自然と何ら変わらない存在なのだ。
このまま忘れられるのが、双方にとって良い事だ。
〇〇〇様を悪神たらしめたのも、結局は人と関わってしまったせいなのだから。
今はもう〇〇〇様は、その地域の夏祭りの中に、少し触れられる程度にか存在していない。
けれど、現在も、その祭りの間だけは地元の者は誰も海には入らない。
〇〇〇様に連れていかれてしまうからだ。
その海の海水浴場は毎年、必ず海難事故が起こる。
誰かが〇〇〇様に連れていかれる。
だから、その小さな漁村は、今も、今年も賑わう。
大漁を今も約束されている。
やはり忘れ去られた方が良いのだ。
その祭りの間は、祭りをやっている間だけは、決して地元の者は海に入ってはいけない。
入ってはいけない。
そういう事には、それなりに理由があるのだ。
〇〇〇様【完】




