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記憶

 ストラはメクリカに出立前に「メリディウムの城下町へ寄るといい」と言われていたため、まずはそこを目指して空を翔る。

 メクリカの家はメリディウムの小さな森の中にあり、城下町までそこまで時間は掛からなかったが、道中の世界の空気感や大気中の空間魔法力は、ストラの知っているそれと全く異なっていた。

 彼女は外へ出て改めてこの世界が今までいた世界と違うんだと自覚した。

 しばらく飛んだ先に見えてきた城はとても立派なもので、フェリステアにあった廃城とはわけが違った。

 何十メートルとある城の下に立ち並ぶ建物は非常に壮観であり、ミルクヴァットの町やセレネの町とは違ったスチームパンクっぽさを醸し出していた。

 大きな城壁に囲まれた町の城門は常に開かれており、商人や農民など実に多種多様な人々が行き交っていた。

 中には元の世界で見たようなラパンやフォルティスのような異種族もおり、まさにストラが目指した町の完成系が目の前に広がっていたのである。


 城門をくぐった先は目に入るものすべてが新鮮で、数多の時を生きてきたストラも興奮を抑えきることができなかった。

 馬を介さずに煙を吐きながら走る車、建物のあちこちに取り付けられた巨大な歯車、白を基調とした服に皮のベルトやコートなどの住人の衣装、少し鼻につくさびれた鉄と排煙の匂い、鳴り響く機械音と賑やかな人々の声。

 そのすべてがメリディウムという国がどのような場所であるのかということを物語っていた。


 ――目に映るものすべてが元の世界のものとは全く違う。

 故にメクリカはいきなり目的地へ向かうのではなく、まずはこの世界がどういった世界なのかを知らしめるためにも、ストラへああいった助言を呈したのだろう。

 ストラはメクリカの言うことを聞いて正解だったと、心の中で改めて彼女へ頭を下げた。


 町の中をぶらついていると彼女は一つ気になることができた。

 この町へ入った時から彼女をつけてきている者がいるのだ。

 この町の住人、ましてやこの世界の住人でもないため、好奇の目を向けられることは覚悟していたが、それでも後をつけられることはあまり気持ちの良いことではない。


 ある程度見て回った感じ、建物の間にできた細い通路は人目に付きにくいようだと思ったストラは意を決して路地へと入り込み、その者をあぶりだそうと試みる。

 するとその者は彼女が路地に入ったのを焦って追いかけ、よく確認もせずに路地へと入り込んできたため、簡単に魔法で捕らえることができた。

 その者は小さな少しやせ細った男の子だった――。

 「君、ずっと私の後をつけてたよね? 私に何か用があるの?」

 「……」

 その子は俯いてだんまりを決め込んだ。

 容姿は約十歳前後の男の子でハンチング帽子を深くかぶっており、顔はよく見えない。

 ただ服のあちこちにほつれや汚れが目立つため、あまり裕福な暮らしはしていないように見受けられた。


 ストラは何もしゃべらないその子の根気に負けたようにため息をつき魔法を解く。

 するとその子は一目散にどこかへと逃げ去ってしまった。

 「……? 何だったのかしら?」

 その子の目的も分からず、ストラの中にはただ疑問が残されるのみとなった。


 路地を出て再び歩いて行こうとした時、ふと自分の懐が軽いことに気づき手を当てる。

 すると出立前にメクリカが持たせてくれたこの世界のお金が袋ごと消えていることに気づいた。

 焦る中来た道を戻り、どこかに落ちていないかを探していると、前から大声で誰かが喧嘩しているのが聞こえてきた。

 野次馬の後ろから何が起きているのかを見ようとつま先立ちをすると、そこには先ほどの男の子と出店の主らしき男性が商品を持って争っているのが見えた。

 「盗んでねぇ! これは俺が稼いだ金だ!」

 「嘘をつけ坊主! てめぇのなりでこんな大金が稼げるわけねぇだろ!」

 「なんだとこのじじぃ!」

 こんな喧嘩もあるかと立ち去ろうとしたその時、その少年が持っている袋に目が行く。

 それは間違いなくメクリカが持たせてくれたお金が入った袋だったのだ。

 「あっ! その袋!」

 思わずつんで出た大声にやじ馬は驚きストラに道を開ける。

 大股で少年に近づき袋を魔法で取り上げると、出店の主は少年を叱りつける。

 「ほれ見ろ! やっぱり盗んでたんじゃねぇか!」

 「おいばばぁ! 盗るんじゃねぇよ! 俺の金だ!」

 「だぁれがばばぁですって!? これは私の友人に譲ってもらった大切なお金よ! がきんちょが使っていいお金じゃないわ!」

 「クソガキ! てめぇに売るもんはねぇよ! さっさと帰れ!」

 そう言って店主は少年を突き飛ばす。

 大きく飛んだ少年は地面に転がると「クッソ……!」と捨て台詞を吐いてどこかへと消えていった。


 それを見送ったやじ馬たちは再び町を練り歩き始める。

 何とかお金を取り戻せて一安心していたストラは先ほどの店主に声を掛けられる。

 「やあ姉ちゃん、災難だったな。無事に取り戻せたようでよかったよ」

 「ありがとうございます。店主さんが疑ってくれなかったら、危うく大切なお金を使われちゃうところでした」

 「この町は初めてかい? ああいった手合いの者もいるから大事なもんはしっかりしまっときな」

 「そうですか。わかりました、ありがとうございます!」

 「ところで……姉ちゃんは何か買っていくかい? こんなことがあった詫びだ。何でも好きなもんを持ってってくれよ」

 そう言うと店主は商品を見せてくれる。

 その店主は果実商だったようで荷車に積まれた色鮮やかな商品はどれも食欲をそそる。

 初めての世界で見る果実はどれも元の世界にもあったような物ばかりで、どこか嬉しさを覚えたストラは赤い果実を手に取ると、袋の中から硬貨を取り出そうとする。

 「あぁ金は要らねぇよ。詫びだって言ったろ? タダで持って行ってくれなきゃ俺の顔がたたねぇ……」

 「でも……」

 「男に二言はない! さあ持ってった持ってった!」

 「……ありがとうございます。じゃあこれ一つ、遠慮なくもらっていきますね」

 「あぁ! また来てくれよな!」

 気前のいい店主は手を振ってストラを見送ってくれた後、大きな声で道行く人に客引きの声をかけ始めた。

 ストラはこの町の少し暗い一面に相まみえるとともに親切心にも触れることになった。


 果実にかじりつきながらいろんな店を見て回って、気づけば日が暮れ始めていた。

 夕焼け色に染まる空を見上げながら、ストラは今晩止まる宿を探し始める。

 メクリカの地図でも確認したことだが、この世界は元の世界と同じ言語を用いているようであり、読み書きにも精通していることが幸いした。

 「INN」と書かれた看板を見つけ、今晩限りの部屋を借りると、今度は腹を満たすための晩飯屋を探す。

 通りはいろんな出店や飲食店で賑わっており、どこかリアニとともに歩いたミルクヴァットの町を思い出させた。

 その記憶からか、口の中は完全にビーフシチューを求めて止まず、町中を探し回った。

 ようやく店を見つけた頃、日は完全に落ち、夜の暗闇を町明かりが照らし出し始めていた。


 「いらっしゃいませ! 空いてる席にどうぞ!」

 言われた通り開いているカウンター席に座ると、店員の女性が水とお手拭きを持ってやってくる。

 「ご注文はお決まりですか?」

 「えと……ビーフシチューとバゲットをお願いします」

 「かしこまりました! 少々お待ちくださいね!」

 店員の爽やかな笑顔は客の心を豊かにする。

 注文を終えたところでストラはふと懐かしい記憶を思い出す。


 それは元の世界でメフィスではなくストラと名乗っていたときの事。

 小さな女の子を連れてやってきた町でいろんな初めてを経験したその子は晩御飯に「あれが食べたい」とビーフシチューとパンを頬張る男性を指さした。

 その店はたまたまストラの行きつけの店でもあった。

 店に入ると元気で明るい女の子が出迎えてくれる。

 いろんな不幸も重なり落ち込んでいた小さな女の子はその店の料理を食べると、町で初めての笑顔を見せたのだった。

 (どうしてこんなに彼女たちの事を思い出すのかしら……。私は……)


 しばらくそうしていると、懐かしい香りと香ばしい香りが一気に近づいてきた。

 「お待たせしました! ビーフシチューとバゲットになります! 熱いので気を付けてくださいね!」

 出された料理はあの時を彷彿とさせた。

 そしてストラは食材、料理人、そして接客をしてくれた女性、全てに心を込めてこの言葉を口にした。


 「いただきます」

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