生還
ラヴィエルがルシフィアの相手をしている間、オブスカーラの森の中で息を殺してうずくまっている小さな女の子がいた。
セラフュエルはその子の近くに転移すると、その渋い声を響かせる。
「お前がリアニだな。私はセラフュエルという。しかし……分身体を使いこなし、あまつさえ魂の転移まで使いこなしているとは……。その術、誰に習った?」
リアニはその声の主が熾天使であることを目視で確認すると、彼の前に出てきて思いっきり彼に抱きつく。
「ごめんなさい。熾天使様。しばらくこうさせてください……」
彼女は圧倒的な力の差と、それがもたらす死の恐怖をその身で感じたのだ。
常人ならば耐えられないほどの恐怖であるそれを、齢十一の子供が体験したのだ。
彼女が泣き出してしまうのも無理はないだろう。
しばらくしてようやく落ち着いてきたリアニはセラフュエルから離れると、丁寧に頭を下げる。
「ごめんなさい。そのきれいな服を汚してしまって」
「このくらいなんてことはない。それよりも、先ほどの私の問いに答えてもらいたい」
リアニはどう説明したらよいか迷っていた。
というのも、魂の移動ができたのは本当に偶然の出来事であって、本能が示すままに行動した結果だったのだ。
この術をいつどこで習ったのか、彼女にその記憶は一切なく、聞いたことすらなかったのだ。
悩んでいても仕方ないと思ったリアニは、セラフュエルへありのまま説明する。
すると彼は少し驚いた表情を見せながらも、しばらくすると納得したような表情を見せる。
「なるほど……。”希望”の加護には彼の残存意識と呼べるものが残っておるのやもしれんな。詳しいことは追々説明するとしよう。今はフィグミエルを探さねばならん」
そう言うとセラフュエルはリアニへ手を差し伸べる。
その手を取ると、二人は瞬く間に森の上空へと移動していた。
リアニが驚き戸惑っている間に、セラフュエルは不自然に倒れた木々の跡を発見する。
そこへ転移すると、ボロボロになったフィグミエルが木を背もたれにしてうなだれている姿が目に入った。
「フィグミエル様!」
リアニはすぐにその場へと駆け、彼女の体を起こそうとすると、彼女は意識を取り戻したようで、うつろな眼差しで二人に姿を目に映す。
「あぁ……セラフュエル……。申し訳ない……。こんな……無様を……晒して……しまって……」
彼女の腹部には拳で貫かれた大穴が開いており、彼女が身にまとっていた鎧は跡形もなく崩れてしまっており、その美しい色も赤黒い血に染まってしまっていた。
「生きているならそれで十分だ。よく戦ってくれた、我が同胞よ」
セラフュエルはそう言うと、フィグミエルの目を優しく閉じてやり、腹の傷を瞬時に塞いでやると、意識を失ってしまった彼女を背負う。
次の瞬間、大陸中を揺らす衝撃にリアニはバランスを崩してしりもちをついてしまう。
「ふむ……。仕留めたようだな。それではリアニ、一度私たちも天界へ向かおう。皆がそこで待っているはずだ」
「は、はい。――わかりました」
服に着いた砂を払いながら立ち上がると、リアニは法器を生み出して跨る。
そうしてゆっくりと飛び立ったセラフュエルの背中を追いかけるように飛んでいくと、そこへラヴィエルも合流した。
「ヤッホー! 君がリアニちゃんだね! 私はラヴィエル、熾天使だよ。よろしくね! いや~ホントに死んじゃってたらどうしようかと思ったよ、ハハハ! それにしてもすごいね! 分身体を用意しておくなんて。もしかしてこうなることが分かってた?」
合流するなりいきなりあれやこれやとグイグイ距離を詰められたため、リアニは思わずたじろいで上手く話せなくなってしまう。
「ラヴィエル。混乱しているではないか。少しは落ち着きなさい」
「あぁごめんごめん。いろいろあったからね、整理する時間が欲しいか」
「あぅ……。えと……はい……。と、とりあえず、お二方とも助けていただき、ありがとうございます」
空中を移動しながらリアニは二人に対して頭を下げる。
二人はそれぞれ「気にしなくていい」と言ってくれたおかげでリアニの心は少し軽くなった。
「いや~しっかし、熾天使がこんなにやられちゃうなんてねぇ~……。これは熾天使も訓練に参加させた方がいいかなぁ……」
ラヴィエルはセラフュエルに背負われたフィグミエルの姿を見ながらそう呟く。
そこでリアニはカリスとミシェルが天界で新たな魔法を覚えに行ったことを思い出した。
「あの……ラヴィエル様はお姉ちゃんとエルちゃ……んじゃなくて、カリスとミシェルの訓練をしていたんですか?」
「呼びやすい言い方でいいよ、伝わってるから大丈夫。そうだね。かなり厳しい訓練をさせている途中だよ。正直リアニちゃんレベルだと私の訓練じゃ参考にならないから……やってもらうならセラフュエルか、女神様直々かのどちらかだね」
「わ、私が女神様に訓練を……!? お、恐れ多いです……。まだそんなに強くなれていないし、今回だって偶然生き延びただけですし……」
「まあ私は必然だと思うけどね。それに偶然だとしてもある程度の力がなければその偶然すら起こせずに死ぬのが戦場だよ。他の熾天使と違ってリアニちゃんは今無傷で生還しているんだから、熾天使と並ぶかそれ以上の力の持ち主だとも言えるかな」
リアニはラヴィエルのその発言に冷や汗が止まらなくなってしまった。
自分に寄せられる期待がどんどん膨れ上がっていき、自分の持つ力への過大評価がいろんな人や天使からされてしまい、それに押し潰されそうになる。
ついには偶然生き残っただけで熾天使と並ぶ力を持っているとも言われてしまった。
本来彼らは直接あの悪魔と対面していたため、ただ見ているだけだったリアニと違い彼らが無傷で生還するというのはとても厳しいだろう。
なのにも関わらず無傷で生還できたからと言って彼らに並ぶ力を持っているというのは、いささか評価の基準がおかしいのではないかとリアニは一人思っていた。
ラヴィエルはそんなリアニの考えを察したのか、そっとリアニの傍によると、空を飛びながら彼女の頭を撫でた。
「誰が戦えと言ったかはわからないんだけど、本来勝てないと分かった時点で逃げるという選択肢が取れる人って偉いんだよ。私は彼らの戦いぶりを見てたわけじゃないからどうだったかはわからないんだけど、それでも彼らのくだらない意地が彼ら自身の足元をすくう結果になったのは事実。多少戦況が悪くなろうが、あとで確実に全てを取り返すためにも退くことは全く悪いことじゃない」
それとリアニの力がどう関係して先ほどの評価に至ったのか理解ができなかった。
「えっと……う~ん……よくわからないです……」
「つまり、リアニちゃんは戦場において正しい判断をできる力が熾天使たちより優れてる。そしてその判断をした上での生き残るための技術も彼らよりも上だって、そう言いたかったの。ごめんね、回りくどく説明しちゃって」
戦う力ではなく、戦況を理解し正しい判断ができる力。
そして正しい判断をした上で、それを実行できる力。
この二点が熾天使に並ぶ、あるいはより優れているということがラヴィエルの言い分であった。
今回の結果だけを見れば確かにそう言えるかもしれないが……。
「――でもこの力は私の力じゃない……。”希望”の加護って言う借り物の力じゃないですか。それをさも私が得た力と主張するのは……なんていうかいやらしくないですか? 皆は自分だけの力で戦っているのに……」
ラヴィエルはリアニの驕らない考え方に見た目とのギャップを感じ、思わず感心してしまった。
まだこんなにも小さな子供なのにも関わらず、与えられた力に頼り切って驕ることを邪と考えている。
多くの者はその力に驕り、さも自分の力と言わんばかりに誇示し称賛を浴びようとする。
彼女は人間としての考えがあまりにも大人びている。
ラヴィエルはリアニの事がますます気に入ってしまった。
「リアニちゃんは偉いねぇ。もうそこまで考えるに至ってるだなんて、本当に十一歳?」
「ほ、ほんとですよ!」
ちょっとばかしからかうとリアニは顔を真っ赤にして恥ずかしそうに否定する。
その様子がとても愛らしく、カリスとミシェルが訓練の最中でも気にかけてしまう理由がなんとなくラヴィエルにも理解できた。
そして彼女は今後この戦いの中心となる人間になるとラヴィエルは心の内で、ひそかにそう確信していた。
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