龍凰
体は元通りに戻ったが、シエルの意識は戻らず、まるで死んでしまったかのように眠っている。
「どうして……? フィグミエル様! シエル様が目を覚まさない……!」
フィグミエルは途切れることなく襲い掛かってくるエンデを薙ぎ払いながら、ちらっとシエルの体を見やる。
確かに体は綺麗に修復されていたが、その目は閉じたまま起き上がる素振りは全くなかった。
彼女の目覚めを待つか、何とかしてこいつらを消滅させるか。
これ以上は消耗の関係もあって、犠牲が出る確率も上がっていくと考えた彼女は、地上で戦う者たちへ指示を飛ばす。
「グラニ! 予定通りにあなたへわたくしたちの魔力を貸し与えます! 空へと飛びあがり一番強い魔法を放つ準備をしてください! リアニはグラニへ魔力を貸し与えて、そのままシエルを連れて退避! 天使たちはグラニの魔法が発動できるまでこいつらをここから逃げられないように留めて!」
「「了解!!」」
グラニは指示通り空中へ跳びあがると、今自分が放てる最高の魔法を放つため、頭上に巨大な炎球を作り出し、それを自分が持つ魔力で肥大化させていく。
「グラニさん! 受け取って!」
そこへリアニ、フィグミエル、そしてカミュエルからとんでもない量の魔力が分け与えられ、その量の圧に意識が飛びそうになる。
何とか意識を繋ぎとめようと力んでいると、自分の姿がいつもと全く異なっていることに気が付いた。
髪の毛はまるで燃え上がるような赤色に染まり、角も大きく立派に伸びている。
また両腕は指先から肘辺りまで赤いあざが広がり、手は龍のそれのように鋭く変化している。
背中の翼も通常時の三倍ほど巨大なものへと変わっており、尻尾の周りにはまるで鳳凰の羽のようなものが孔雀の羽のように広がっている。
「これが……私の隠された力……!」
現在彼女が保有している魔力の量は通常時の約五百倍以上。
そのすべてを一滴たりとも余すことなく頭上の炎球へと注ぎ込んでいく。
しかし慣れない量の魔力を上手く扱おうとすればするほど、その魔力に意識を持っていかれそうになる。
「――くっ! このっ……! うぉぉぉおおお!!」
苦戦しながらもグラニは身に余る膨大な魔力を見事完璧に扱ってみせた。
完成した炎球はまるで太陽そのもののように大きく、熱く、メラメラと燃え上がっていた。
「フィグミエル様! いつでも放てます!」
「よし! 全員この場から退避しろ!」
フィグミエルが指示を出した瞬間、天使たちはまるで瞬間移動でもしたかのように消え去り、エンデの標的は空中へ浮かぶ巨大な魔力の塊へ移る。
グラニは両手を思いっきり振り下ろして、炎球を地面へと叩きつける。
「喰らえぇぇぇえええ!!! 龍凰炎天核ァァァアアア!!!」
その炎球は飛び掛かってくるエンデを全て巻き込み溶かし尽くしながら地面へと落とされ、辺りが光に包まれ大爆発を起こし、衝撃波が世界中へと届いた。
出来上がった巨大なキノコ雲は天界からも確認できるほどの大きさだったという。
カルミ平地を覆っていた雨雲はたちまち吹き飛ばされてしまった。
煙がようやく晴れてきた時、目の前に広がっていたのは、オブスカーラの大陸の約半分ほどの焼け焦げた巨大なクレーターに海水が大量に流れ込んでいく様子だった。
その跡地にはエンデの姿は塵すら残ってはいなかった。
ゴォーっというものすごい音を立ててクレーターへ流れ込む海水の音はどこか心地よく、グラニはそのまま全身から力が抜けていき、海へと落下していく。
姿が元通りになりながら落ちていく彼女をすんでのところでフィグミエルが彼女の手を取り背中へと背負い込むと、声を大にして宣言する。
「皆、よくやってくれた! これでオブスカーラのエンデは滅ぼせたと言ってよいだろう!」
フィグミエルのその宣言に天使たちは歓声を上げる。
ただ喜んでいられるのも束の間、それを遮るようにして、カミュエルが新しい指示を飛ばす。
「まだ浮かれる時ではない! カルミアレには依然として悪魔たちの軍が残っており、我が同胞たちが戦い続けている。動けるものは俺と共にすぐにカルミアレの地へと赴き、彼らの援護に回るぞ!」
再び天使たちは気合を入れ直すように「「おおぉぉ!!」」と声をあげて、リアニとフィグミエル、そして彼女たちが抱える二人以外の者は、全てカミュエルの後に続いて北上し、カルミアレの地へと飛んで行った。
フィグミエルは法器に跨ったリアニの下へと近づき、彼女の背中にぐったりと倒れこんでいるシエルの様子を見る。
ドレスが破けて見える失ったはずの左上半身と背中の大きな翼は、傷跡すら残っていない完璧な治療が施されていた。
そのドレスや羽に染み付いた、赤黒く固まり始めている血痕さえなければ、彼女が致命傷を負ったことにすら気づかないだろう。
「私たちはこれからどうしましょう……?」
「う~ん……未だにシエルが起きないのが厄介ね……。そうね……天界にこの子たちを連れていってもらおう。それでわたくしたちはカルミアレの加勢に向かう。リアニちゃんはまだ戦えるよね?」
「はい! もちろんです!」
そう意気込む彼女はこの戦いの前と比べて、明らかに魔力の総量が違い、またほんの少しではあるが”希望”の加護の本来の力を解放しているように見える。
(シエルはまだ数パーセントしか扱えてないって言ってたけど、この子はこの戦いの中で確実に成長している。きっかけは恐らくシエルの大怪我による一時的な感情の高ぶりによるものでしょう。ただまだ全てを出し切れてはいない……。これは……時間がかかりそうね……)
フィグミエルは天界にいる治療担当の天使へと連絡し、この地までグラニとシエルを迎えに来るように指示を出すと、ほんの一分ほどで二人の女性天使が空から現れた。
その天使たちは、金色の髪のポニーテールで、顔は少し幼く、その目は目下に広がる海のように青い。
二人とも、容姿がとても似ており、外見だけでは見分けがつかない。
彼女たちを見分けるには、その微妙に違う気配を正確に感じ取るか、彼女たちの声を聴くしかない。
明るい声をしている方がラミエルで、暗めの声をしている方がルミエルである。
「お待たせ致しました、フィグミエル様。グラニ様は私が、シエル様はルミエルがお預かりいたします」
「ご苦労様、ラミエル、ルミエル。二人とも外傷はないから、寝かしてあげればその内に目を覚ますと思うわ。シエルは彼女の部屋へ、グラニは……わたくしの部屋で休ませてあげて。――あっ、シエルのドレス破けて胸がはだけてるから、極力見つからないようにね」
そうして二人はそれぞれラミエルとルミエルに引き取られる。
シエルを引き取る際にルミエルは若干顔を赤くしながら、自分が着ているローブを少し引きちぎり、はだけてしまっている部分を隠してあげていた。
「承りました。ではフィグミエル様、そしてリアニ様。ご武運をお祈りいたします」
そうしてラミエルとルミエルは戦闘中のシエルやフィグミエルに負けないほどの速さで空へと翔けて行ってしまった。
そうして二人になったリアニとフィグミエルは互いに顔を合わせて頷くと、戦闘の音が鳴り響くカルミアレの地へと向かった――。
*
冥界と呼ばれる暗闇の世界のとある場所にて――。
男性と女性の容姿をした悪魔が大きな鏡の前に立っていた。
その鏡に映されているのは、地上のカルミアレという場所。
そこでは彼らの下っ端に適当な数の軍を率いさせて、地上にちょっかいをかけさせていた。
その戦場の様子を見ながら、男性はため息をつく。
「はぁ~……もう熾天使が何人も出張ってるのかぁ……。めんどくさいなぁ……」
彼のため息に反応して、女性は彼に腕を絡めながら声をかける。
「もぉ~……そんなこと言ったって仕方ないよ。アスモの馬鹿がしくじったんだから……。まあどの道あたし達も駆り出されることになると思うよ」
「そうだねぇ……。ただ一匹いい仕事をしてくれたやつがいたね」
彼はそう言うと鏡に手をかざしてスライドさせる。
するとその鏡は数十分前のカルミ平地を映し出す。
それはカミュエルが取り逃がした一匹の悪魔が結界を破壊した瞬間の映像だった。
「あぁ、あたし達にとっても面倒なやつだったけど、天使どもにもあいつらは厄介な奴なんだね。まさか一撃で熾天使をもっていくとは思わなかったよ」
「そうだね。あいつらがもう少し賢ければ僕たちが出張らなくても地上を侵略できそうなのになぁ……」
その悪魔の発言を受けた女性の悪魔はその腕を離すとじっと黙り込んでしまう。
彼女の様子の変化に気づいた男性の悪魔は彼女の方を見て声をかける。
「……どうしたんだい? なにか面白いことでも思いついたかい?」
すると彼女は満面の笑みを浮かべて頷いた。
「ウフフ……うん! いいこと思いついちゃった! そのためにもディアゴール、あたしに付いてきて!」
「わかったよ。僕の愛しのシェムヴィアル。僕は君にどこまでもついて行こう」
そうして彼らは再び腕を組むと、楽し気な鼻歌を歌いながら暗闇へと消えていった――。
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