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提案

 ストラがリアニとメルティスと一緒に暮らし始めて3日が経った。この3日間、ストラは明るいうちに終わりの使徒(エンデ・アポストロ)の種類、生態を調査し、暗くなるとリアニとメルティスに魔法を教えていた。短い時間ではあったが、周辺のエンデを把握し、リアニとメルティスも時間を操作する魔法陣と、土壁を出現させる魔法陣や、石に空間魔法力を集めて強烈に発光させる魔法など、いくつかの簡単な身を守ることができる魔法を習った。その魔法の出来栄えは褒められるものではなかったが、エンデに見つからないように動くためには十分な性能であった。

 二人の魔法の技術は順調に伸ばすことができたが、一方でエンデの調査はあまり良い結果が得られたとは言えないものだった。周辺のエンデの数が異様に減っており、新種のエンデやその生態の調査が行き詰ってしまったのだ。

 「うーん……。ここまで少ないのはおかしいよね……」

 「どうしたの、お姉さん? エンデのこと?」

 リアニは、机に周辺を大まかに表した地図を広げ、頭を悩ませるストラに声をかける。その地図にはエンデを見かけた場所、奴らがいた痕跡を見つけた場所などが、ところどころに記されていた。

 「うん。なんかあいつら少なすぎるよなぁって思って」

 「エンデが少ないならいいことなんじゃないの?」

 「それはそうなんだけど……。なんか不自然なんだよねぇ……。確かに互いを殺し合ったりするんだけど、それにしても少なすぎるんだよね……」

 普段はどこにでも現れ、己の本能に従い暴れまわる極めて厄介な化け物なのだが、その数が増えることはあれど、減ることは一度もなかった。

 「この前見たとき、村の南に行くやつを見たことあるよ」

 そう言い、地図上の村があった場所の南側に指を指す。ストラはリアニの指す場所をじっと見つめ、顎に手を当てた。南側は底の見えない巨大な渓谷がこの地と反対側の地を分断しており、その先には放棄された廃城があるのみ。

 「こっちには捨てられた城があるぐらいか……。んー、まあ考えても仕方ないか。まずは二人のために安全な場所を見つけないとね、メルも来て」

 ストラは移動のために荷物を整理していたメルティスを呼び、机の上に広げられていた地図を片付け、別の地図を広げる。そこには5つの大陸とその名前が記されていた。

 「これはこの世界の地図ね。今私たちはこの大陸、フェリステアって呼ばれている場所にいるの。まず結論から言うと、このフェリステアからは出たほうがいいと思う。エンデの異常行動もそうだし、カリスがこの地にいるのも理由の一つ。今のあの子はエンデよりも危険だから……」

 カリスという名は、リアニに村での出来事を思い出させた。目の前で暴れまわる化け物、響き渡るみんなの悲鳴、そして彼女から放たれる異様な殺気、聞くだけで体がこわばる不気味な声など。そのすべてが恐怖と共に小さな体に刻み込まれていた。

 あの場で感じた恐怖は、化け物を目の前にしたときのそれを超えるものだった。


 ――あんな体験は二度としたくない。


 リアニはあの出来事以来、そう一心に思っている。

 だからこそ、ストラの発言は非常に納得がいくものだった。

 「……わたしもそう思う。……あの人はエンデより怖かった」

 リアニは自分が感じた恐怖を必死に抑え込もうとしていたが、漏れ出たその声は確かに震えていた。ストラの発言とリアニの様子を受け、メルティスはカリスの脅威を再認識する。

 「そこまでのものなのね……。なら早く移動する先を決めてしまいましょう。ここも次の瞬間、エンデに襲われてもおかしくはないし」

 「そうだね。今最も安全なところは、このゴスミアっていう南の大陸だね」

 ストラはフェリステアの南東に位置する、ゴスミアと呼ばれる地に指をさす。地図上で確認できるその地は、ひし形のように横に長いフェリステアより縦に長く、木をひっくり返したような形をしている。そして細い北端の地と広い南端の地では土地の色が違う。南に行けば行くほどその色は白くなっていくのだ。

 「ゴスミアの北は一面が砂の大地、南は雪と氷に覆われた大地。北と南で様子が全く違うの。この中央あたりにある大きな湖の周辺には、いくつか村や町があるの」

 「村はともかく……町? にわかには信じがたいけど……」

 メルティスは今までこの地で生活してきた中で、町と呼べるほど発展した場所を見たことがない。そこまで発展が進む前に大抵がエンデの目に留まって襲われるからである。

 「なんでもその湖には守り神がいるらしくてね。エンデが全く近づかないんだって。だから町と呼べるほど発展した場所があるし、そこやその周辺で暮らしてる人間も多いの。食べ物にだって困ることはないし、エンデに襲われる心配もしなくていい」

 「そんな場所があるの!? お母さん、そこに行こう! そこなら安心して暮らせるよ!」

 今ストラが語ったことが全て本当なら、そこはこれ以上ない安全な場所なのだろう。そこでなら、リアニはのびのびと生活ができるだろう。エンデという脅威にさらされず、目の前で人が死ぬところも見ることは無くなるだろう。

 しかし、メルティスはあまり乗り気ではなかった。明確な理由があるためだ。

 

 ――そんな場所に外から来た人間が受け入れられることはない。


 この地では助け合って生きていく必要があるため、個人の欲求などあってないようなもの。外から生きた人間が来れば喜んで迎え入れ、生き延びるために協力し合っていく。一人ではとても生きることなんてできないからだ。

 それが外敵に脅かされない、協力なんてしなくても生きていける地で暮らす人間はどうだろうか。自分たちのリソースを割いてまで、自分の欲望を抑えてまで助けようとしてくれるのだろうか。そこへ行って暮らし始めたからといって、敵がいなくなるということはない。ただその敵がエンデから人間に変わるだけ。

 人間がいかに欲深い生き物であるかを知っているメルティスには、その提案は魅力あるものには聞こえなかった。ただリアニにとってその提案は、希望に満ちた素晴らしい提案であることもまた事実だった。

 この葛藤から、メルティスはすぐに承諾することができなかった。

 「メル、あなたの考えもわかる。確かに今までリアニちゃんの話を聞いてきて、この辺りに住んでいる人、特にあの村の人の態度と、ゴスミアの湖周辺の町に住む人の態度は全く違う。それこそ、同じ世界に住んでいる同じ人間だとは思えないほどにね」

 ストラは先ほどのゴスミアへの移動を提案している時の明るい声とは一変して、少し暗く、そしてどこか怒りのこもっているような声でゴスミアの人間の性格を語った。

 それに続けてメルティスが苦悩に苛まれた胸中を打ち明ける。

 「話を聞く限り、その場所は、立地やその土地の性質、環境なんかを考えたら、多分この世界で最も安全な場所と呼べるでしょう。そんな場所での生活の味を知ってしまったら、もう二度とエンデの脅威に脅かされる生活になんて戻れないでしょう。だからあそこに住む人間は、自分の領分が無くならないように、必死になって守るの。外から来た人間に分け与えることのできる人間なんていないでしょう……」

 「じゃあそこに行っても私たちは生活できないの……?」

 二人から告げられる厳しい現実に嬉々とした感情はかき消され、リアニの心に不安という波が押し寄せてきた。

 「そんなことはないよ。その町から少し離れたところに、私が使ってる小さな小屋があるの。そこならエンデの脅威にさらされずに、安全に暮らすことできるよ。三人だとちょっと手狭になっちゃうかもしれないけど……」

 「ほんとっ!? ねえおかあさん、お姉さんもこう言ってるし、大丈夫だよ! そのゴスミアっていうところに行こ!」

 メルティスはストラの提案に少し考え込んだが、やがて微笑みを浮かべて頷いた。リアニの明るい笑顔には敵わなかったのである。

 「……わかった、そこへ行きましょう。もう大分荷物もまとめられたし、明日か明後日ぐらいには出発できそうね」

 「やったー! お姉さん、そのゴスミアってところのお話、もっと聞かせて!」

 「リアニ、ストラ、あまり遅くまでならないようにね」

 メルティスは二人に夜更かししないようにくぎを刺す。

 ――しかし、興奮を抑えられないの様子の少女と、楽しそうに続きを話す魔女にその言葉は届かなかったようで、二人のお話は夜の遅くまで続いた。

ここまでお読みいただきありがとうございました。




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よろしくお願いいたしやす。

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