寸暇
リアニたち四人は終わりの使徒誘導予定地点であるカルミ平地の上空に到着した。
天気は若干荒れ始めており、強い風が草木を激しく揺らし、空を覆う黒い雲はゴロゴロと轟いており、今にも雷雨が降り出しそうであった。
そんな中、平地の北の方からはゾクゾクとする嫌な気配がまるで波のように迫ってきていた。
リアニはその気配に耐え切れず思わず体を震わせてしまう。
その様子を心配してグラニが近づいて声をかける。
「大丈夫だよ。あの悪魔にも対等に張り合えたんだもん。考える頭を持たない化け物程度、リアニちゃんの敵じゃない。――それに熾天使様が二人もついてくれている。さっさとここを片付けて、ミミエル様たちの応援に行こう」
「うん……。ありがとう、グラニさん。――そうだよね、熾天使様もいてくれる。……うん、大丈夫」
そこへさらにシエルとフィグミエルも近づいてきて、エンデ達をどう殲滅するかの説明を始める。
「もうすぐで第一陣が奴らをここへ誘導します。そして潜んでいる第二陣の結界範囲内にすべてのエンデを誘導した瞬間に結界を展開させます。そこで私とフィグミエルで第一陣が無事に離脱できるように地上付近まで降りて彼らを支援し、すぐにカルミアレまで向かわせます。リアニとグラニさんはその時上空から奴らに向けてありったけの攻撃を仕掛けてください。この時倒すことではなく、足止めをすることを第一に考えること。第一陣の離脱が完了し次第、リアニはグラニへ魔力を渡して、グラニは今放てる最大の攻撃を、奴らを塵も残さないほどの勢いで放ってください」
二人はその指示に戸惑いを隠せなかった。
てっきりリアニは”万物の終焉”を、グラニはそのサポートを任されるものだと思っていたからだ。
以前にシエルから”ドラコニスは天使や悪魔を超える力を有している”と言われたが、グラニ自身にその自覚は全くなく、そんな芸当をやってのける自分が全く想像できなかった。
そう思っていたからか、グラニはついその思いをこぼしてしまう。
「私にはエンデを消し去ることなんて……」
「できます。ただ今はあなた一人だけの力だと、その力を引き出すことはできません。これは賭けにはなりますがリアニと私とフィグミエルの魔力をお貸しします。その魔力を全て使い切るほどの一撃を繰り出してみてください。そうすればその力の一端に触れ、力を覚醒させる感覚を掴めるかもしれません」
「わたくしたちが貸す魔力は常人のそれとは全く違います。力任せにその魔力を使おうとすれば、逆に魔力そのものに飲み込まれるかもしれません。奴らを倒すことを念頭に置きながらも、心は常に平静を保つようにしてください。悪魔たちとの戦いが目前に控える中、あなたたちもカリスちゃん、ミシェルちゃんと同じようにゆっくり訓練してあげたかったんですけど……仕方がありません」
これはグラニの秘めたる力を目覚めさせる最初の一歩であり、まずは多大な魔力を分け与えてもらい、その力を発揮する感覚を掴めというのがシエルからの指示だった。
そしてグラニはフィグミエルからの忠告にその不安をあおられてしまう。
(もし魔力に飲まれて暴走してしまったら……)
そんな考えが何度も何度も繰り返しグラニの頭を駆け巡る。
そこで先ほどまで不安そうにしていたリアニが、逆にグラニへ励ますように声をかける。
「グラニさんなら知ってると思うんですけど、魔力って強い思いの結晶みたいなもので、その人の感情に大きく左右されるものなんです。負の感情に囚われてしまったら、その感情が乗った魔力に体を乗っ取られてしまうこともあります。実際に私がそうでした。でも、グラニさんは強くて、優しくて……私の憧れのかっこいいお姉さんだから、きっと私みたいにはならない。自分を信じてください」
リアニの目は真っすぐとグラニへ向けられて、真剣な眼差しでそう話す。
その目はグラニへ「絶対に大丈夫」と訴えかけてきていた。
その言葉と眼差しを受けて、グラニは大きく深呼吸をすると「よし!」と頷いてリアニへ微笑みかける。
「ありがとう、リアニちゃん。おかげで勇気が湧いてきたよ!」
リアニの表情はぱぁっと明るくなり、嬉しそうに微笑む。
「良かったです!」
「――そうだ、リアニちゃん。さっき私の事、憧れのぉ……なんちゃらって言ってたよね? そこ上手く聞き取れなかったからさ、もう一回言ってくれない?」
グラニはニヤニヤしながらリアニへそうお願いする。
しかしリアニは顔を真っ赤にして、目をぐるぐるさせている。
「えぇ? あぁ……いや……そのぉ……」
そんなリアニへグラニはさらにニヤニヤしながら顔を近づける。
「憧れの……かっこいい……?」
「き、聞こえてたんじゃないですか! もう! グラニさんなんて知りません!」
さらに顔を赤くしてリアニは頬を膨らませながらプイッとそっぽを向いてしまった。
グラニは笑いながらリアニを宥める。
――目の前に化け物たちが迫っているのにも関わらず、その場の雰囲気は先ほどまでの殺伐とした雰囲気から一変して、とても微笑ましいものへと変わっていた。
その様子にシエルは思わずフフっと笑みをこぼす。
「あら? めずらしいわね。シエルが戦いの前に笑うだなんて。いつもはもの凄くお堅い表情でガチガチなのに」
「からかわないで。あなたたちが能天気すぎるの。エスハイエルはともかく、ラヴィエルなんて――ちょっと遊んでくる~!――って言って真面目に集まったことないし、あなたも――あっ、忘れ物したわ~――ってすぐにどっか行っちゃって戦前の集まりに顔を出したことなんてないじゃない」
「ハハハ。ソウダッケ? イヤータマタマジャナイカナー?」
「こんのぉ……! あんたはもうちょっと熾天使としての自覚を持ちなさい!!」
シエルはフィグミエルを鬼の形相で追い回す。
空をぐるぐると回って逃げ回るもやがて掴まってしまったフィグミエルは、シエルにこめかみを両手でグリグリとされて「ギャーー!」と迫真の悲鳴を上げる。
「わかった! わかったから! 頭グリグリするのやめて! 頭取れちゃうから!」
ようやく放されたフィグミエルはさっとシエルから離れ、グリグリされたこめかみをスリスリと撫でている。
「次があったら本気のお仕置きよ。熾天使としての自覚がしっかりと身につくまでどこまでも追いかけまわしていくらでも激痛のグリグリを喰らわしてやるわ! それが嫌ならちゃんとしなさい」
「は、はぁい……。以後気を付けまぁす……」
しょんぼりした様子のフィグミエルはリアニとグラニの下へ近づいてくる。
そうしてシエルには聞こえないほどの声量で手を当てて二人に耳打ちをする。
「いい? 七人いる熾天使の中で一番怖いのが天界の鬼ババアと呼ばれているシエルなの。まあそう呼んでるのはわたくしとラヴィエルっていう子だけなんだけど……。わたくしたちはいつも怒らせては酷い目に合ってるから二人は怒らせないようにちゃんと気を付けるんだよ?」
二人は先ほどの様子を見ていたため、フィグミエルのその忠告はしっかり守ろうと心に誓った。
――しかしその小声の忠告の中に含まれていた悪口をシエルの耳は聞き逃さなかった。
「誰が鬼ババアですってぇ……?」
辺りの空気が凍り付く。
そして一瞬でフィグミエルの顔色が真っ青になる。
彼女は光の速さで二人の前から姿を消すと、目の前には顔を真っ赤にして怒ったシエルがとんでもなく赤黒いオーラを体から滲ませていた。
その形相はまさに鬼。
天使の優しき面影はどこへやら、リアニはその顔が怖すぎて、特に悪いことなんてしていないがさっとグラニの背中に隠れてしまった。
そしてグラニは苦笑いをしながら熾天使二人の鬼ごっこを見守っていた。
「待てぇぇぇえええ!!! ゴラァァァアアア!!!」
「ハイリヒ様ぁぁぁ!! わたくしをお助けくださいぃぃぃ!!!」
「ははは……。愉快な天使様たちだ……」
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