天界
カリスとミシェルは大天使フュエルに連れられて、大空のはるか遠くにある天界へとたどり着いた。
雲のはるか上にある天界は、いくつかの浮遊島の上に白を基調とした荘厳な建物が建てられており、神聖な雰囲気がその場を取り巻いていた。
浮遊島の間は光の橋が架けられており、その下には雲が透けて見えるためカリスとミシェルは思わず足をすくませながら、その橋を渡り歩いてフュエルの後を追う。
そうして二人は自分たちの何十倍もの大きさの巨大な神殿のような建物へと案内されると、中には地上でシエルに見せられた光景が目の前に広がっていた。
負傷した天使たちの呻き声と、それを治すために奔走する天使たちの焦るような声や足音が神殿内に響き渡っており、二人は思わず息を吞んだ。
神殿の床を埋め尽くすほど天使たちが寝かされており、まさに地獄絵図と呼ぶにふさわしい光景だった。
「カリス様、ミシェル様。私たちの仲間の状況は御覧の通りでございます。どうかお力をお貸しくださいませ」
フュエルは二人の方へ振り向き、そう言って頭を深く下げる。
カリスとミシェルは互いに顔を見合わせ、コクリと頷くとフュエルに顔を上げるように諫めて、負傷している天使たちの下へと駆け出していく。
いきなり現れた翼を持たない人間の加勢に驚く者もいたが、彼女たちの手際の良さを見てすぐにその腕を認めることとなる。
負傷した天使たちは、その傷の度合いで分けられており、軽い者は腕や足に切り傷や嚙まれた傷を数か所に追っている程度だったが、重い者は腕や足、翼が欠損していたり、折れた骨が体外へ露出していたりと、あまりにも惨い状態であった。
しかし傷の治療のために天使たちは魔法を使用するため、神殿内の魔法力が尽きかけてしまい、応急処置で留まっているという者が何十人といる。
状況を素早く把握したカリスは天界へ向かう前に寄った自分たちの拠点から持ってきたとある魔法具を肩に下げた大きなカバンから取り出す。
「それは……一体……?」
フュエルに説明する間もなくカリスはその小さなツボのような物を傷を負った天使の周りに置いていく。
「皆さん! 今各地に置いたこのツボに向けて治療魔法を使ってください! このツボはかけられた魔法の効果を周囲に散布させる効果があります! 怪我をしている天使の皆さん! 動ける方はできるだけツボの周囲に集まってください!」
治療魔法を行使していた天使たちはカリスの言われるがままに、そのツボへ向けて魔法を使うと、彼女の言う通りその魔法の効果が周囲へと拡散し、一度の魔法で何人もの傷口が塞がっていった。
これにより、治療速度は大幅に上昇し数時間後にはすべての天使たちの治療が完了した。
治療に当たっていた天使たちは疲労の色を浮かべながら、神殿の床に零れた血痕を拭いたり、使用した道具の後片付けに追われていて、一息つく間もないようだった。
そんな中、カリスとミシェルの二人はフュエルに呼び出されて、別の島にある庭園に案内され、その後彼はそそくさとどこかへ行ってしまった。
見たこともない色とりどりのきれいな花や植物が咲き並び、小さな鳥や蝶が辺りをふわふわと舞っている。
庭園の中心には大きな噴水があり、その手前にはシエルのように大きな翼を六枚背中から生やした男性の天使が佇んでいた。
身長はシエルよりもやや大きく、真っ白な髪は肩ほどまで伸びている。
身に着けている鎧は彼の威厳を際立たせていた。
意図しているのか右目は髪に隠れて見えないが、左目は綺麗な黄金の瞳が二人の姿を捉えると彼は、にっこりと笑って手招きをする。
二人は促されるままに彼の下へと近づくと、彼は胸に手を当てて膝をつき、その頭を深く下げた。
「カリス様、ミシェル様。ようこそ天界へおいでくださいました。私は熾天使エスハイエルと申します。まずは傷ついた我らが同胞を救っていただいたことに深く感謝いたします」
彼の猛烈にかしこまった態度に二人は慌てて頭を下げる。
「い、いえ! こちらこそお役に立てたようで何よりです!」
「わ、私もです!」
そう言って二人はエスハイエルへ顔を上げるように諫める。
「ありがとうございます。あなた方の行いは必ずや女神ハイリヒ様へとご報告いたします。お二人には女神ハイリヒ様からご加護が与えられることでしょう。――さて、それでは早速本題の方へ移らせていただきます」
そう言うとエスハイエルは立ち上がって、鎧に付いた土を軽く払うと二人へ「付いてきてください」と言って、庭園を後にする。
いくつかの島を渡り歩いてたどり着いたそこは、少しくすんだ色の建物が建っていた。
外観は壁にいくつもの大きな穴が開けられており、まるで巨大な門をいくつも積み重ねて作ったように見える。
エスハイエルの後に続いて連れられた二人は建物中央の天井のない広い空間へと出る。
そこでミシェルはようやくその建物の正体に気づく。
「ここは……闘技場……?」
「その通りです、ミシェル様。ここは円形闘技場。私たちはここで戦闘の訓練を行ったり、互いの腕を競ったりしています」
「セレネにも似たような建物があって、そこでは貴族のお抱えの兵士たちが戦いあって、どちらが勝つかを当てる賭け事をしていました」
三人でそうこう話していると、そこへ一人の天使が三人の下へ空から舞い降りて来る。
「探したよエスハイエル。庭園にいるって聞いてたのに……」
「すいません、ラヴィエル。あなたが来るよりも先にお二人が来たので先にここへ案内していました」
エスハイエルにラヴィエルと呼ばれたその女性の天使は、シエルやエスハイエルと同様に背中に六つの大きな翼を持ち、金の装飾が施された純白のドレスを着こなしている。
髪の毛は薄く緑がかった白色で、彼女の瞳は左右でそれぞれ別の色に輝いている。
右の目は鮮やかな青色で、左の目は少し明るく彩度の高い赤色だ。
エスハイエルの肩ほどの身長の彼女は、エスハイエルへ一通り文句を言い終えると、カリスとミシェルの方へ向き自己紹介を始める。
「堅苦しいのは嫌いだから、適当に済ませちゃうね。私はラヴィエル。シエルやエスハイエルと同じ熾天使の一人だよ。え~っとカリスちゃんと、ミシェルちゃん……でよかったよね? これからよろしくね!」
ラヴィエルはそう言って二人と軽く握手を交わすと、早速魔法の訓練の準備を始めだした。
「……はぁ。ラヴィエルが準備をしている間にお二人にここで今から行うことをご説明いたしますね。恐らくシエルから聞いていると思うのですが、これから二人には天界の魔法を身に着けていただきます。それは地上では禁術と指定されていたり、すでに地上から消えてしまった魔導書に載っている魔法など様々です。なぜこの魔法をお二人に伝授するのか、それは来る悪魔たちとの戦いにてそれが大きなカギとなってくるからです」
カリスは己の腕をじっと見つめ、ミシェルは不安そうにエスハイエルへ質問を投げかける。
「……あの、エスハイエル様。私は魔力が使えませんが……それでも私は天使の皆さんや――リアニちゃんと並んで戦えるほどの力を得られるのでしょうか……?」
エスハイエルはそんな彼女の不安を払拭するようにニコッと笑って答える。
「当然です。”希望”の加護を授かった彼女の力も凄まじいものですが、個人的には私はあなたたち二人の方がその内に秘めている力は優にそれを凌駕すると思っております。もちろんその力を全て引き出す必要があるので、険しい道のりにはなりますがね」
二人はリアニの圧倒的な力を何度も目にしてきた。
数十人単位でのみ行使できる禁術をたった一人で使ったり、三人で集中して魔法力、または魔力を長時間練ることでようやく発動できる魔法を、魔力で作った分身体一人で発動させてしまったりと、あの少女はいつも度肝を抜くような行いをやってのけてきた。
それゆえに自分たちがあの少女を超える力を持っているなど、微塵も思っていなかった。
しかし目の前の熾天使は、それすらも超える力を自分たちが有していると言ったのだ。
もしそれを完全に引き出すことができれば、彼女の横に並び立ち彼女が背負う重荷を自分たちも一緒に背負うことができる。
二人に迷いは一切なかった――。
準備を終えたラヴィエルが再び三人の下へと戻ってくる。
「さぁ、それじゃ始めようか。言葉が悪くなって申し訳ないんだけど、今の君たちじゃ対悪魔の戦いでは戦力にならない。そうならないようにこれからの訓練は辛く苦しいものになる。けれどもしっかり頑張って付いてきてね! それを超えた後の君たちは比べ物にならないほどの力を手に入れられるはずだから!」
そうしてエスハイエル、ラヴィエルの教えの下、カリスとミシェルの特訓が始まった――。
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