作戦
空から落ちてきたその天使は、落ちてきた拍子に崩れてしまった、白から青へのグラデーションカラーの髪を整えながら、三人の下へ歩み寄ってくる。
彼女が身に着けている白銀の鎧ドレスのあちこちに砂や土がついてしまっており、フィグミエルが髪を整えている間に、シエルがその汚れを落としてあげている。
一通り整え終えると、改めて自己紹介を始める。
「初めまして。熾天使のフィグミエルと言います。え~っと……小さくてかわいい君がリアニちゃんで、大きくてきれいな貴女がグラニちゃんね。私が目をつけていた子は……天界の方へ行ったのかな?」
「あぁ、ミシェルとカリスには天界へ向かってもらった」
フィグミエルは二人の前に来ると、胸に手を当て膝をつけて頭を下げる。
それに続いてシエルもまた同じようにして頭を下げる。
二人はそのかしこまった態度に驚き、グラニが何とか諫めようとする。
「ああ、そんなにかしこまらないでください。私たち人界の者たちはあなた方の恩恵を受けることで、ようやく生活ができていたのですから」
しかしグラニのその言葉にフィグミエルは首を横に振る。
「いえ、わたくしたちはあなた方に何もできておりません。あなた方がどれだけ助けを願おうとも、わたくしたちはそれに応えることができなかった。全てはわたくしたちの力が及ばなかったためでございます。責任は天界の上位の者として君臨するわたくしたち熾天使にございます」
「御身を責めないでください。全てシエル様から聞いております。仕方のないことだったのです。それに本来人界を守るのは人界に住まう者の務め。私たちの力が足りていなかったのであって、天界の方たちの力が足りていなかったということは決してございません。むしろこちらの方がお手を煩わせてしまっていることを詫びるべき立場なのです。ですからどうか、顔をお上げください」
フィグミエルはそう言われ、顔を上げる。
グラニの赤い瞳は、真っすぐに自分の目を見ていた。
ついにフィグミエルは立ち上がると、その紺碧の眼差しをリアニとグラニへ向けて、お礼の言葉を口にする。
「ありがとうございます。そう言っていただけるとわたくしたちの罪悪感も少しは拭えることでしょう。では、改めまして熾天使の名を代表して、全力でこの地を守り抜かせていただきます。共に頑張りましょう!」
そう言ってフィグミエルは手を差し出す。
グラニはその手を両手でぎゅっと掴んで固く握手を交わす。
「もちろんです。少しでもお力になれるように精進してまいりますので、今後ともよろしくお願いいたします」
そうすると、いつの間にか周りに集まっていた天使たちから盛大な拍手が巻き起こった。
そうして集まった天使たちにシエルとフィグミエルは準備に戻るようにと言って散らすと、リアニとグラニへ今回の作戦の詳細や、二人にしてもらいたいことなんかを話し始める。
「まず今回の作戦の目的は、このオブスカーラの大陸に残っている終わりの使徒を一匹たりとも残さずに殲滅することです。しかしこの大陸の全土を回って各個撃破にあたると、仕留め損なったり、逆にこちらがやられてしまう可能性がでてきてしまいます」
シエルの言葉の後に間髪入れずにフィグミエルが口を挟む。
「ただでさえ万全な人数が用意できてるとは言い難いような状況で、そのようなリスクを取るのはあまりにも愚策であると考えたわたくしたちは、この大陸に残ったやつらを一点に集め、独自に編み出した結界で弱体化させ、そこを一気にまとめて叩く戦法を取ることにしたのです」
今回の相手は終わりの使徒であり、奴らには本能に逆らって罠を回避するというような賢さは基本的には持ち合わせていない。
目の前に出てきた者をその欲のままに追いかけまわし、喰らいつくそうとしてくるため、おびき寄せるぐらいなら、なんとかなるのだろう。
「その――言わば囮となる方たちは大丈夫なのでしょうか? 奴らを集めるとなると、その地点はかなり混沌としてしまい、逆に逃げ遅れてしまうということもありそうなんですけれど……」
グラニの意見は最もだろう。
しかしシエルとフィグミエルはその質問を待っていたと言わんばかりに、ニヤリと微笑む。
「大丈夫です。そのためにこの大陸の中央ではなく南の平地に集めることにしたのですから」
リアニとグラニはシエルの発言に首をかしげる。
南に集めることで発生する利点があるとでもいうのだろうか?
もしそうだとしたら一体どんなことなのか?
そこでグラニはハッとそれに気づいたようだったが、リアニは未だに唸っていた。
「なるほど。中央に集めてしまうと囮の方たちが囲まれてしまう形になる。どれだけ一方から集めても、最悪の場合を想定して動くのであれば、海に面する地へ誘導し、離脱は海から空中へ行えばいい。天使の皆さんは翼があり、空も自由に行動することができる」
「その通りです。さすがグラニさん」
フィグミエルが彼女を褒めている間にも、リアニは腑に落ちないといった表情を浮かべていた。
「……でも海や空のエンデはどうするんですか? 例え海側から空中へ逃げ出したとしても安全とは言い切れないように思えるんですけど……? それにすべてのエンデを誘導できる保証もないんじゃ……?」
リアニは約一年と半年の間、エンデという存在をカリスや途中からはミシェルも交えて、くまなく調べ上げ、その生態や構造、種類なんかを徹底的に頭に叩き込んできた。
その上で奴らを消滅させる魔法を作り上げたのである。
であるからこそ、奴らの危険性はどこにいても決して逃れることは叶わないということ、誰よりもよく知っていた。
しかし、そんな心配する様子のリアニへシエルがその余裕のある態度を浮かべる所以を話す。
「確かにリアニの言う通り、空へ逃げたとしても決して安全とは言い切れませんし、今私たちが二人にお伝えしている情報のみですと、この地にいる全てのエンデを誘導できるという保証もありません。ではまず先に奴らをどう誘導しているのかからご説明します。二人は”終わりの使徒よ、私に従え”という禁術を知っていますね?」
リアニはその禁術をカリスが使用した場面を、グラニはメフィスとアスモが一緒にその禁術を詠唱した場面を思い出した。
「細かな説明は省きますが、あの禁術は一定範囲内のエンデに自分の意思に従って動くように命じることができます。その凶暴性を抑えることはできないので、攻撃するなという命令が通ることはありませんが、追いかける対象を指定したり、さらにこの魔法を上手く使える者は向かうべき場所を指示したりすることもできます。それをこの大陸の全土、漏れがないように行使すれば、奴らを一匹も残さずに誘導することが可能なはずです――」
そこまで説明したシエルは急に黙り込んでしまった。
フィグミエルも同様に黙り込んでしまったので、どうしたのかと様子を窺う。
しばらくして二人は顔を見合わせて頷き合うと、フィグミエルはすぐに待機していた天使を集合させ始める。
「何かあったんですか……?」
急にバタバタとし始めたので恐る恐るシエルに聞いてみると「ごめん、詳しくは道中で話すからすぐに出発の用意を!」と彼女は少し余裕がなくなったような表情でリアニとグラニへ指示を出す。
普段は敬語口調で接してくれる彼女から急にため口の口調へと変わったため、どうやら事態は一刻を争うような状況のようだ。
二人は特別な装備や武器は持ち合わせていなかったので、出発の用意はすぐに終わり、整然と並ぶ天使たちの一番後ろに並ぶ。
そうして彼らの前に立った二人の熾天使は、どこか殺気だった様子で声を上げる。
「先ほど第一陣を率いる熾天使ウリミエルより報告があった。エンデを予定通りに誘導する最中、カルミアレの廃墟に大規模な悪魔の軍隊を確認したとのことだ。数はおよそ七万弱、個々の強さを鑑みてもこちらが圧倒的に不利な状況である。そこで作戦を大きく変更する!」
「わたくしとシエル、そしてリアニとグラニは誘導したエンデの殲滅に当たる。それ以外の者はカルミアレの地へ赴き、悪魔の軍隊を撃退しなさい。第三陣の統率は主天使ヴァシミエルに任せます。現地へはすでにミミエルを含めた第二陣の一部が向かっており、エンデを誘導し終えた第一陣もすぐにそちらに向かわせる。何としてもこの場で悪魔どもを追い払わなければ、わたくしたちはさらに窮地に立たされることとなる。全力で叩き潰しなさい!」
フィグミエルの声に続いて天使たちは、力のこもった咆哮を上げて自らを鼓舞する。
そうして天使たちは各々空へと飛び立つと、北にあるカルミアレの地へと真っすぐに飛んで行った。
そうしてこの場にはシエル、フィグミエル、リアニ、グラニの四人だけが残る。
「私たちもすぐに誘導地点へ向かいましょう。そこでどう殲滅するかお話します」
そうしてシエルとフィグミエル、そしてグラニは翼を大きく羽ばたかせ、空へと舞い上がる。
リアニは法器を生み出すと、それに跨って三人の後に続いて空へと駆け出して行った。
言いようのない緊張感に襲われるリアニの手は、手汗が絶えずぐっしょりとし、細かく震えていた。
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