侵略
一同は地上で戦っていた満身創痍な五人の下へ行き、彼らを取り囲む終わりの使徒をシエルの魔法で一瞬で消し去ると、彼らが負った傷も全てきれいさっぱり治してしまった。
五人はシエルのその存在に驚き腰を抜かしていたが、何とか状況を飲み込むと、落ち着いて話し合うために戦場の死臭がするこの場はふさわしくないとして、場所を変えることにする。
*
一行がミアルバーチェの町に戻るころにはすっかり日が暮れ、夜の闇が空を覆い、月明かりが町を照らしていた。
シエルを除いた一行はすっかり変わってしまった町の様相に驚いた。
いくつかの建物は隕石に押しつぶされて崩れ去り、その瓦礫にはところどころに赤黒い血が染み込んでおり、見た者にその惨状を想起させる。
そして道の脇には布を被せられて横たわる兵や民の死体がずらりと並べられていた。
静かに横たわる死体の傍にはその者の家族や友人などが涙を流しながらその者の死を悲しんでいた。
その様子を尻目に一行は町の中央にある軍の本部を目指す。
余計な混乱を避けるため、シエルに一旦背中の派手な翼をしまってもらい、まばゆい純白のドレスを覆い隠すように布を上からかぶってもらう。
運よく生き延びたもののすっかり怯えてしまった女性兵という風に立ち振る舞ってもらい、事情を知らないものに、彼女が天界に住まう熾天使だということが分からないようにしてもらう。
軍の本部も一部が破損するなどの軽微な被害を受けてはいたものの、建物の中にはこれといった損傷はなく、今は家が無くなったものの第一避難所のような形で利用されている。
元々外から来た避難民の仮住まいとして使われていたこの建物に、さらに多くの住民が入ることになり、建物内は安易に通り抜けれないほど寝ころんだ人や座り込んだ人で溢れかえっていた。
その先導をしていたストールを呼び出して、一行は前回の作戦会議でも使用した会議室に入る。
*
会議室内に入り他に誰も入られないように扉の鍵をかける。
そうしてようやくシエルに布を脱いでもらうとしまっていた翼を広げてググっと大きく伸びをする。
「はぁ……翼をしまうだなんていつ以来でしょうか……。久しぶりすぎて一瞬どうやってやるか忘れてしまってましたよ」
「申し訳ありません、シエル様。余計な混乱を招きたくなかったものでして……」
「謝る必要はありませんよ、イーバンダ。私もそれは理解していますので」
そうして各々が椅子に掛けると、シエルが自己紹介を始める。
「改めまして、私は天界に住まう熾天使、シエルと申します。天界の主である女神ハイリヒ様の命を受け地上へと参りました」
胸に手を当てて頭を下げる彼女の仕草の一つ一つからは上品な気品を感じ取ることができる。
住んでいる世界が全く違う存在だということを、視覚と聴覚、そしてその気配の全てが訴えかけてくる。
その美しい声は聴く者に安らぎを与え、どこからか高揚感が湧いてくる。
その美しい見た目は見る者を魅了し、神々しさを感じさせる。
彼女から感じる気配は存在感にあふれ、人とは明らかに違う者であり、また人が到達し得ない絶対的な力を感じさせるオーラが常に彼女を取り巻いている。
リアニはそんな彼女に見入っていると、彼女はその視線に気づいて優しく微笑みかける。
どこか気まずそうに視線を逸らすと、ミシェルとカリスが頬を膨らませてリアニを見つめていた。
「な、なに……?」
「……リアニちゃんは私のものだもん」
「いいえ、リアニは私の妹なんだから私のものよ」
二人はそう小声で言い合いを始めてしまった。
その様子をリアニは苦笑いをしながら見ていると、シエルが本題を話し始める。
「さて、私が女神ハイリヒ様より受けた命についてお話させていただきます。それは地上に侵攻しつつある冥界の住人を追い返し、人々の安寧を守ることです」
一同はそう聞くとざわつき始める。
もとより天界や冥界などはおとぎ話に出て来る実在し得ないものであると思われていた。
”希望の魔女”のお話も、超常的な人のお話に尾ひれがついたものだろうと考えられてきたのである。
彼女はそれが実在し、今現在その脅威が自分たちに向けられているというのである。
にわかには信じがたい話ではあるが、目の前にいるシエルという存在そのものが、その話の信憑性を高めている。
「め、冥界の住人とは一体……?」
「えぇ。すべてを一からお話させていただきますね」
イーバンダがそう言うと、シエルは彼らに疑問を残さないようにとすべてを説明し始めた。
まずこの世界は女神ハイリヒの下、様々な天使たちが住まう天上の楽園である天界。
主に人々がその文明を発展させ、様々なものと共生する地上の人界。
魔神シュモツの下、様々な悪魔たちが住まう冥府の地獄である冥界。
この三つで構成されており、この三界のバランスを保つことで世界は安定するとされてきた。
しかし人界に現れた終わりの使徒という三界のどこにも所属しない生物により、人界の力は大きく削がれることになり、世界のバランスは大きく傾き始めていた。
それを好機と見た魔神シュモツは人界への侵攻を開始し、世界そのものを我がものにしようとしている。
それを阻止するにも今の人界の全ての力を集わせたところで悪魔数体にすら敵わないだろう。
そのため世界の均衡を保つため、天界の勢力が加勢する形で冥界の悪魔と対峙し、その侵攻を食い止めることが女神ハイリヒの命であるとのことだった。
「じゃあ、あのアスモという者は、その冥界の悪魔の一人だったということですね」
「その通りです、グラニさん。彼は冥界の悪魔の中でも中の下ほどの力で”拒絶”のアスモ。幾度も人界へ先陣を切って侵攻してくる悪魔で、天界でも彼には特に目をつけています」
「あれで……中の下……」
彼と直接対峙し苦戦を強いられたリアニ、カリス、ミシェル、グラニの四人は、彼のその力ですら悪魔の中では中の下クラスであるという事実に驚愕していた。
「彼は普段は人の姿に化けて取り入り、ある一人の人物に力を分け与えるとその人を操り人形にして人を殺させ、最後には力を分け与えられた人もその力に耐え切れずに消滅してしまうのです」
「じゃあ……あれはメフィスの裏の人格だけじゃないってこと……?」
「その通りです。カリスさんのおっしゃる彼女の裏の人格の凶暴性も相まってしまったのでしょう。普段は世界を壊させるほど彼の力は強くありません。しかしもともと人の中でも随一の力を持つメフィスにさらに力を与え、そして彼女を裏の人格に支配させてしまったがために、今回の騒動にまで発展したのではないでしょうか」
カリスは「あの馬鹿師匠……」と小声で呟くと、拳をぎゅっと固く握りしめた。
彼女がずっと追い続けた憧れであり、自分を裏切った最悪な師匠の最後は実にあっけなかった。
師匠への複雑で重い感情は一気に行き場を無くし、彼女はどこか疲れてしまったように体から次第に力が抜けていった。
一言も発せず静かにその話を聞いていたシリカがおもむろに口を開く。
「先ほどシエル様は終わりの使徒はどこにも所属しない生物だとおっしゃいましたが、では奴らは一体何なのですか?」
シリカの鋭い問いかけに一同は確かにと言った風に頷くとシエルに注目が向けられる。
「――そうですね……。終わりの使徒とはこの世界とは異なる世界、第二世界と呼ばれる場所から来た侵略者、という風に私たちは認識しております」
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