授業
3人はメルティスが作った夕食を食べ、食器の片づけや食卓の清掃を協力して済ませる。そして3人分の紙と羽ペン、インクをストラが用意し魔法と魔力干渉についての授業が始まる――。
「はい。ストラ先生の魔法授業を始めます。ではいきなりですがリアニちゃん。魔法と魔力干渉の違いって何だと思いますか? どんなことでもいいよ」
いきなり質問をされると思っていなかったため、リアニは少々たじろぎながらも必死に頭を働かせる。そこで夕食前にストラが少し語っていたことを思い出す。
「……えっと、魔法は誰でも使えるけど、魔力干渉は才能がないとできない……?」
「その通り! よく覚えてましたね、偉い偉い。そう、魔法は使い方が分かれば誰でも使えるけど、魔力干渉は生まれ持った才能を磨いて、開花させないとできません。ではそれはなぜなのか。ズバリ一言で言うと使う力が全く違うからなの」
メルティスはある程度知識があるのか、これは知っていると特に疑問に思う様子はない。しかしそういったものに触れてこなかったリアニは、首を傾げ理解に苦しんでいるようだった。
「……ん? 魔力干渉は文字通り魔力を使うんだろうけど、魔法は魔力を使わないの?」
「そうなの。魔法は魔力じゃなくて空間魔法力というものを使っているの。魔力はあらかじめ自分に備わっている力だけど、空間魔法力は空気に備わっているもので、それを道具や魔法陣なんかを媒介にして魔法が発動するわけ。だから魔法は誰にでも使えるわけだね」
その説明はリアニの疑問を晴らすものであり、忘れないようにとしっかりと紙に書き留める。納得のいく説明を受けてリアニは楽しそうに微笑んでる。その屈託のない笑顔はストラがこの授業をした甲斐があったと思わせるものだった。
「まあこれらは全くの別物なんだけど、どちらも超常的な力であることは変わらないから、魔法と一括りにされて、言い分けられることはあんまりないんだけどね」
実際に魔法と魔力干渉が異なる事象であるということを知っている人間は限られており、魔力干渉という言葉を知っている者はほとんどいない。秘密にされているという訳ではないが、専門的な知識が故に知る由もないのだ。
「さて、これで魔法と魔力干渉の違いは分かったね。じゃあ次は魔法の使い方を教えるね。魔法と言っても様々な種類があって、例えば魔法陣を紙や地面に描いて使う描陣魔法や、特殊なお札や人形を使った呪術、死んだ人間や動物の魂を使う霊魂魔法なんてものもあるよ。――それで今回メルティスが教えてほしいって言ってた魔法は描陣魔法だね。植物が植えられた土に、その植物を中心にして魔法陣を描くの」
そう言ってストラは紙に魔法陣を描き始める。集中しているのか黙々と描き続けている。
暇になってしまったリアニは、ふとストラと終焉の魔女の戦いを思い出す。たった数十秒で終焉の魔女が諦めて終わってしまった戦いだったが、リアニには何時間にも感じられたものだった。まるで一秒一秒が何倍にも引き延ばされたように、世界があの場にいた三人を除いて止まってしまったとのではとさえ思えるほど。リアニはあの魔女が繰り出した魔法、ストラの魔法を出すための詠唱、そしてその指先の動き、彼女たちの息遣いまではっきりと覚えていた。
――いや、正確にはあの瞬間の記憶が脳裏に焼き付いて離れなかった。
あの時感じた恐怖が忘れることを許してくれないのだ。あの魔女の不気味な笑顔が、優しいようで鋭い声が、容赦のない殺意が鮮明に蘇る。
「――よし、できたよ」
ストラの柔らかい声で、リアニは現実へと引き戻された。ストラは複雑な魔方陣が書かれた紙をこちらに見せていた。
「……え? これ植物一つ一つに描いていかなきゃいけないの……?」
リアニが絶句した声でそう呟いた。
「そうだよ。植物の成長を早める、つまり限定されたものの時間を加速させるってこと。時間を操作する魔法陣って複雑で面倒くさいんだよね……。その上、空間魔法力もがっつり消費するからあんまり数が多いと上手く発動しないの」
「なるほどね。この辺りの空間魔法力はさほど多くないんだけど、発動できるとしたらどのくらいの数になるの?」
メルティスの問いにストラはあごに手を当てて唸り始める。
「う~ん……。その植物にも寄るんだけど、多くて3つかなぁ……。ただここに留まって暮らすのは得策じゃないね。さっきのお話から備蓄の1週間で持たせながら、新しい場所に移るのがいいかもしれない」
「でもそしたらお姉さんのエンデを調べるのができなくなっちゃうんじゃ……?」
「それなら大丈夫。奴らを調べるのにそんなに時間はかからないから、2日もあれば十分だよ。それよりも新しい場所をどうするかの方が問題だね。今のこの世界に平和で安全な場所なんて少ないからさ……」
彼女の発した言葉に、リアニとメルティスは沈黙した。確かに今の状況では新しい居場所を見つけるのは容易ではない。どこも荒廃し、終わりの使徒という化け物たちが跋扈している。奴らはどこにでも何度でも現れ、目につく生き物を襲い喰らいつくす。そんな脅威から逃れられる安全な場所と呼べるところはほぼないと言って差し支えない。
「ごめんなさい。その状況を変えるためにも私が頑張らなくちゃね」
リアニはストラの見せた無理やり作った笑顔に、胸が苦しくなるような感覚を覚えた。
その後もストラの魔法授業は続き、1通りの魔法に関する基本を教え終わると、かなり遅い時間になっていたためかリアニに眠気が襲い掛かってきていた。
「今日はここまでにしようか。リアニちゃんも眠たくなってきたみたいだし」
メルティスは半分夢の世界に入ってしまったリアニをベッドまで連れて行った。ストラはその様子を横目に、リアニと出会う前に集めていたこの周辺の終わりの使徒の情報を整理する。
(今日確認できたエンデは4種類。まず背中の甲殻が異様に発達し、そこら中に目がある虫のようなエンデ。全長はおよそ2メートル、足は無数に生え、腹の部分に口があり火に強い。主食は主に木や岩。背中の硬さに反して腹は柔らかいが、普段は隠していて全く見えない。次に、優に3メートルを超える人型で細長いエンデ。下半身は1メートルほど、残り2メートルは上半身、そして腕がかなり長い。その長さは5メートル以上で、普段はその腕を引きずって移動をしている。首が斜めに曲がっていて顔も歪み、目が文字通り節穴。その他には……)
ストラは周辺のエンデの絵と情報を紙に箇条書きにしていく。そこにリアニを寝かしたメルティスがやってきて、ストラの正面に座り声をかける。
「それ、この辺のエンデね、この虫みたいなやつと人型のやつは知ってるけど……。最近私、外に出れていなかったから、どんなのがいたか教えてくれない?」
「いいよ、ついでに他に知ってるエンデがいたら教えてね。今日見たのは全部で4種類。まずこの狼のようなエンデね。見た目は普通の狼で群れで行動していたね。虫型のエンデと争っているところを見たんだけど、その際、口が首ぐらいまで裂けて開くようになって、牙と足の爪がかなり伸びた。この形態変化をした後、そいつの周囲の炎素がかなり活発になったね」
抑えた要点をメルティスに簡単に説明しながら絵に書き足していく。始めはただの狼の絵だったものが、全く原型を留めていない化け物の絵に変わっていく。書き終わるころには元の狼の面影はどこにも感じられないもの変わっていた。
「この化け物になった後の姿なら見たことあるわ。動物を狩りに行っていたとき、その数少ない動物の皮を焼き、頭を嚙み千切っていたわ。周りも一緒に燃えてたのはそのせいだったのね……。次の、この鳥みたいなエンデは?」
メルティスが指を刺したのは、体の約半分を占めるくちばしを持つ鳥の絵。目のようなものは描かれておらず、体は普通の鳥だが足が3本生えている。くちばしの長さのせいで体のバランスがかなり悪いがための3本足なのだろう。
「こいつは普段はかなり高いところにいて、おまけに全長は大体10センチぐらいしかないから、地上から見つけようとするのは無理ね。ただそいつは血の匂いを嗅ぎつけると、その匂いの元まで真っ逆さまに落ちてきて、その鋭いくちばしを突き刺してくるの。そのくちばしの硬さと速さのおかげで、この地の硬い地面に大穴を開けるほどの威力があるみたい」
「こいつは見たことはないけど、この辺りに変なクレーターがいくつかあったのはこいつのせいなのね。それはそうとよくこいつを見つけられたわね。飛んでるときに見つけたとか?」
「そうじゃなくて、さっき狼型と虫型が争っているところを見たって言ったよね。狼型と虫型のエンデが激しくぶつかり合う中、空から鳥型のいくつかの影が急降下してきたんだ。その姿はもの凄い速さで、瞬きした途端、強烈な衝撃波と共に目の前の光景が全く変わっていたの。狼型と虫型は抵抗する暇もなく、鳥型のくちばしに容赦なく貫かれていたわ」
エンデの容赦のない生態とその残虐性に、メルティスは言葉が出なかった。
ストラが描いたエンデ達の絵と説明からも、その光景がどれだけグロテスクなものか想像するに難くない。また、この争いは終わりの使徒のその恐ろしさの一端を表している。どれだけしっかり武装しようが、どれだけ強力な魔法が使えようが、エンデの前ではまったく意味をなさないだろう。
この世界で生き抜くためには、奴らに見つからないように逃げ隠れしながら、細々と生きていくしかないのである。
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