前夜
ひとしきり涙が涸れるまで泣いたグラニは目元が真っ赤に腫れた顔を上げる。
辺りはすっかり夜の美しい闇が空に広がっていた。
「……グスッ……ごめん、リアニちゃん。情けない姿を見せてしまって……」
「ううん。大丈夫です。泣きたい時は思いっきり泣けばいいって、そう思いますから」
「……そうね。我慢のし過ぎはよくないものね……」
グラニはゆっくりと立ち上がると、空に浮かぶ闇の塊を見上げる。
それは変わることなく空の一部を禍々しく染め上げ、世界を滅ぼす準備をしていた。
グラニは手に持っていた愛する妹からの贈り物に目を落とし、そしてそれを再び髪につける。
「エレナ、見ててね。お姉ちゃん、頑張るから……」
きれいなコバルトブルーの髪飾りは空の星の輝きを反射してキラリと光る。
その輝きはまるであの夢のような場所で見た、エレナの光のようだった。
リアニの方へ向き直ったグラニは、吹っ切れたような明るい表情を見せた。
「さぁ、もう戻ろっか。明日も準備で忙しいしね!」
リアニは「うん!」と頷くとグラニと手を繋いで塔を降りた。
その晩、グラニは夢を見た。
いつも見る夢はエレナが燃え盛る街の中、必死に助けを呼ぶ。
自分はただ炎に消える妹の声を頼りに永遠と街の中をさまよい続けることしかできなかった。
――しかし今晩の夢は違った。
燃え盛る炎の中、助けを呼ぶ妹の声を頼りに町をさまよい続ける。
崩れゆく建物の角を曲がると――遠い店の前の炎の中で怯える妹の姿があった。
道を塞ぐ炎に恐れずに飛び込み、息を切らしながら駆け抜ける。
倒れてきた木材を避け、彼女を取り囲む炎を飛び越える。
そうしてようやく見つけた愛しい妹の小さな体をぎゅっと抱き上げる。
「エレナ……! エレナ! ようやく、ようやく見つけた!」
「お姉ちゃん! お姉ちゃん! やっと、会えた!」
その瞬間、辺りの様子が変わり、二人だけの不思議な世界へと変わる。
エレナはグラニの体から降りると、大事そうに抱えていた小さな紙袋の中からきれいな髪飾りを取り出す。
それはいつもグラニが肌身離さず持っているものだった。
「えへへ……これ、お姉ちゃんに似合うと思って買ったんだ。――お姉ちゃん、いつもありがとう」
両手で差し出されたその髪飾りを丁寧に受け取り、それを髪に着ける。
「ありがとう……ありがとう、エレナ。お姉ちゃん、とっても嬉しいよ……」
震える声を必死に抑え、溢れ出しそうになる涙をぬぐう。
「よかったぁ! ようやくお姉ちゃんに直接渡せたよ! 大事にしてね、お姉ちゃん!」
「うん……うん! 大事にするよ……! エレナ……ずっとお姉ちゃんの傍にいてね」
そうしてグラニは再び目の前の小さな体に抱きつく。
エレナは彼女の耳元で小さく「えへへ……」と笑う。
「ずっと一緒だよ、お姉ちゃん」
その囁きを聞いた途端、目の前が真っ白になる。
――そうしてハッと目を覚ました。
気づけば目からは大粒の涙が音もなく顔をつたり、滴り落ちていた――。
外は眩しいほど晴れやかな空が広がっていた。
*
メフィスの世界を滅亡させる魔法の起動予想日の前夜――。
対メフィスのこの作戦に参加する人数は約六万人。
当初は元居た兵――三千人でこの作戦を実行する予定だった。
しかし今回の作戦を知って後から自ら戦いに参加することを志願した者たちが多数現れ、最終的にこの数になった。
イーバンダは今回の作戦に参加する者を全員集め、最後のブリーフィングを行う。
全員の前でミアルバーチェの独自の技術で開発したマイクに声を乗せ、スピーカーを通じて全員の耳にその声を届ける。
「各自、作戦の詳細な動きは頭にしっかり入っていると思うが、もう一度大まかな全体の動きを確認する――」
そうしてイーバンダはこれからの行動予定を順に確認していく。
明朝、カリス、リアニ、ミシェル、グラニの四人は彼女たちが生み出した魔法、万物の終焉の発射予定地であるゴスミアの砂原へ出発する。
そこは周囲の見晴らしがよく、エンデの襲撃に備えやすく、なおかつ空に浮かぶミシェルとその闇の塊を一直線に撃ち抜ける。
全神経を集中させ、周囲の空間魔法力を集め、足りない分をカリス、リアニの魔力で補うため、空を飛びながらの使用はできない。
そのため、この砂原は魔法を用意するには、ゴスミアの大地の中でも最適な地と言える。
そして彼女たちが出発したその一時間後、メフィスを拘束する魔法の起動部隊とその防衛部隊が出発し、それぞれの杭設置予定地を目指す。
予定地に到着し次第、地面に杭を打ち付け、いつでも魔法を起動できるよう準備をしておく。
防衛部隊は周囲の安全を確認、防衛陣形を展開する。
エンデを発見し次第、支給された魔法具、魔煙灯を空に打ち上げて近くの遊撃隊に知らせる。
遊撃隊が到着するまでの間、防衛部隊は杭をそのエンデから死守し、必ず拘束魔法が発動できるようにしておく。
それと同時刻に巡回遊撃隊もミアルバーチェの町を発つ。
この隊は拘束魔法の展開範囲内を巡回し、魔法の展開の妨げとなるものの排除をする。
また杭の防衛部隊が打ち上げた魔煙灯を確認し次第、即座にその場へ急行し、エンデのの注意を引きつけ、誘導または殲滅を行う。
また想定外の事態が起きた際には彼らが連絡係となり、イーバンダの指示を各部隊に連絡する。
そしてメフィスの魔法が起動し始めたのを確認し次第、すぐに拘束魔法を起動させる。
そしてその魔法にかかり、身動きが取れなくなったメフィスへ向けて、カリス、リアニ、ミシェルの三人は万物の終焉を放つ。
対象の消滅の確認が取れ次第、作戦は終了、即座にミアルバーチェの町へ撤退する。
「――と大まかにはこのような流れだ。我々の作戦通りに事が進めば、メフィスもその魔法も、一瞬で彼女たちが消し去ってくれる。――しかし、万が一想定外の事態が発生した際は――各部隊長の指示の元、作戦を必ず成功させるように動いてくれ。私もその事態に即座に対応できるように準備しておく」
イーバンダはそう話し終えると、一呼吸おいてから、この場に集った勇敢な戦士たちを鼓舞する。
「この戦いは、この世界の運命を決定する一戦だ! その命を懸けてこの戦いに臨め! そして、共にこの世界の未来をつかみ取ってやろう!」
イーバンダの言葉に続いて、約六万人の勇ましい咆哮がミアルバーチェの町全体に響き渡った。
*
夜の闇に覆われた星空の元、熱気にあふれる町をはるか上空から見下ろす一人の男の影があった。
深紅の長髪に整った顔立ち。身にまとう真っ白な洋服は、まるで結婚時にまとうタキシードを彷彿とさせる。
その町からは勇敢な者たちの熱い声が響き渡り、その男の耳にまで届く。
「……やれやれ。随分と調子づいちゃってるみたいだね……。君たちはこれからこの僕の最愛の人を殺そうとしているのに……。しかしまあ……万物の終焉か……。その魔法が”始まり”に向けて放たれるっていうのは……何とも皮肉なことだね……」
そう呟く彼は不気味な笑顔を見せると、空に浮かぶ闇の塊とその傍で祈るような姿で魔法の起動を進めるメフィスを見る。
「万物には必ず、”始まり”と”終わり”がある。――ただ僕は、その”終わり”を”拒絶”する。メフィス、君がこの世界に新たな”始まり”をもたらしてくれた時、僕はその世界と君を永遠に守ることを誓うよ――」
その男は愛する魔女の姿を見て、満足した表情を浮かべると夜の闇に消え去ってしまった。
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