悪魔
メフィスは踏みつけにしていたリアニの腹を思い切り蹴り飛ばす。
未だ小さな体はすごい勢いで瓦礫に叩きつけられる。
そこへメフィスは追い打ちをかけるように雷を落とす。
その痛みと衝撃でリアニは意識を失う。
「あレ? だめダよ、ホらおキて」
メフィスはリアニの元へ近づき、人を眠りから覚ます魔法をかける。
目覚めたリアニを再び魔力で拘束し、うつ伏せで倒れていた彼女の背中を思い切り踏みつける。
悲鳴をあげ苦しむ彼女に容赦せず、踏みつける力を強めていく。
「くるシい? クるしイ? アハハ! もっトくルしメ!」
メフィスは何度も何度もリアニの体を踏みつける。
彼女が踏みつける度に地鳴りが起こり、ボロボロになっていた建物がさらに音を立てて崩れていく。
ある程度踏みつけにして満足したのか、メフィスはリアニの体を魔力で持ち上げその顔をまじまじと覗き込む。
血と涙でぐしゃぐしゃになったその顔からは、もうかすれた声すらも上げられなかった。
「あーア、モうだメになっチゃった。ざンねん」
メフィスはリアニの体を少し自分から離すと、彼女の体に向かって右腕を上げて、火球をいくつも作り出す。
「ばイバい。りあニチャん。業火に――」
「やめて!」
魔力を放とうとするメフィスに横から小さな風の刃が浴びせられる。
メフィスにとってそれはそよ風のようなそれを放ったのは、ミシェルだった。
震える右手を左手で抑えながら前に突き出し、さらにいくつかの風の刃を飛ばす。
しかしそれはメフィスの気を引くだけで、彼女に傷を与えることは無かった。
それにイラついたメフィスは魔力で持ち上げていたリアニを離すと、涙を流し震えながらも魔法を放つミシェルに近づいていく。
「ス、ストラ様……! もう……やめて……!」
「すトら……? チがう。わたシはメふぃス。こノよでイちバんすゴい、まホうツかいだヨ!」
メフィスがそう言い両手を大きく上げると数多の雷が地面へと降り注ぐ。
その雷がもたらす衝撃は地面を大きく揺らす。
ミシェルの目には目の前で顔を上げ高笑いする彼女は、まるで授業で学んだ伝説に語られる災厄の王”魔王”そのものに見えた。
メフィスは再びミシェルに視線を戻す。
「さテ、ジャましタわルいこにハ、おシおきシなきャね」
彼女が腕を振り上げた瞬間――
「終わりの使徒よ、私に従え」
その言葉が聞こえた瞬間、ミシェルの目の前からメフィスが消えた。
正確には横からものすごい勢いで何かが彼女に突進し、彼女は大きく吹き飛ばされた。
わけもわからず辺りを見回そうとした瞬間、何かが地面に落ちたような音と共に激しく地面が揺れた。
その音がした方を見ると、身長が優に十メートルは超えていそうな人型の化け物が、何かを猛烈に踏みつけていた。
さらに翼が大きく発達し、その腹には大きく裂けた口を持つ竜のような化け物が、群れを成してその踏みつけにされたものを紫の炎のブレスで焼き払う。
そこにはさらにいろんな化け物が集まっていき、その一点を攻撃する。
その光景に恐怖し、腰を抜かしていると、急に目の前に一人の女性が現れる。
その女性は肩にリアニを背負っていた。
「すぐに助けられなくてごめんなさい。早くここを離れましょう」
ミシェルはその女性が差し伸べた手を取って立ち上がる。
「あ、あなたは……!?」
「覚えているかな? あの時のビーフシチュー、とってもおいしかったわ」
ミシェルは目の前の魔女の姿を見て驚く。
その魔女はミルクヴァットの店で堂々とストラを侮辱する発言を繰り返し、挙句リアニをどこかへ連れて行った魔女だったからだ。
「わ、私とリアニちゃんを、どこへ連れていくつもりですか……?」
「そんなの安全な場所に決まっているわ。時間がない、さあ早く」
カリスは法器に跨ると一緒にミシェルも跨らせて、急いで空へ向けて駆ける。
空から後ろを振り返ってセレネの街を見下ろす。
そこにはかつての美しかった街の片鱗はなく、中央では未だに数多の化け物が何かへ攻撃を仕掛け続けている。
「あ、あの……」
「ん? どうかした?」
「た、助けていただいて……ありがとうございます……」
「礼ならリアニちゃんに言ってね。あなたを助けるために私との大切な約束まで破ったんだから……」
ミシェルは未だ傷が深いリアニへ目を向ける。
その姿は見るだけでも心が痛むもので、ミシェルの心の奥底がきゅっと苦しくなる。
「あの……リアニちゃんは、大丈夫なんですか……?」
「傷は深いけどある程度治療はしてある。命に危険はないよ」
「よ、よかった……えっと……それで、今私たちはそこに向かっているんですか?」
三人は明らかにゴスミアの地から離れる方角へと飛んでいる。
「北の大地ルーメン。君には私たちの住むところに来てもらう」
「な、なんで!? ミルクヴァットの町へは……?」
「だめ。ゴスミアはもうそこら中で戦争が起きてる。どこも安全とは言えないの」
「そ、そんな……じゃあお父さんとお母さんは!?」
カリスはその問いに答えることができなかった。
セレネの街に来る途中、ミルクヴァットの町を横切った。
その時視界に入った町は戦火にまみれ、セレネの街以上に原型を留めていなかった。
ミルクヴァットの町を覆う壁は悉く崩れ去り、あちこちから煙が上がっていた。
そして町から遠く離れた地点からでも、人々の悲鳴や叫び、泣き声が聞こえてきた。
逃げ惑う人々もなんとか町から離脱するも、戦争の騒ぎ、そしてそこで流れた血の匂いに惹かれた終わりの使徒に無惨にも一人残らず殺されてしまっていた。
あの惨状を見るにミシェルの両親が生き残っている可能性は限りなく低いだろう。
カリスはその残酷な真実を、どう告げればよいか分からないでいた。
しかし、言いよどむ彼女の様子から察したのか、ミシェルは涙を流し始めてしまった。
「なんで……どうして……こんなことに……」
「……」
雨が降り始めた――
それはまるでミシェルの悲しみに呼応するように、その勢いを強めていった――。
*
ぐしゃぐしゃになった街の中を一匹の化け物がゆっくりと歩く。
その体は一部が抉れ、腕は思わぬ方向に曲がって、とめどなく赤い血がこぼれていた。
しかしその化け物は痛みなど感じていないかのように、ボロボロの廃墟をペタペタと歩き回る。
「アーあ……にゲられちゃッタ……マさか、かリすもキんじゅツをつかウなんテ……」
その化け物は立ち止まると一人笑い始める。
「フフッ……フフフ……アハハ! わタし、モっと! い~っパいやつラをトりこんデ、つよクならナきゃ!」
再びそれは歩み始める。
「そうシて、こノせかイを……かれノ、ものニスるんダ!」
その化け物は勢いよく飛び立つ。
そいつがいた場所には、食い散らかされたエンデの残骸が転がっていた――。
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