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 何もする気が起きず、華は何も映らないテレビ画面を眺めたまま物思いに耽っていた。


 思い浮かぶのはヨハンの顔ばかりだ。


——逢いたいよ。ヨハン。もう二度と逢えないのかな……?


 悲しくて堪らず、瞳から涙が零れ落ちる。現実世界に戻って二週間。何度こうして泣いたことか知れない。


——泣いたって仕方ないって解ってるけど、でも、どうしようもない位に悲しくて、寂しくて堪らない……。


 タブレットのコール音が鳴り響いた。重い身体を無理やりに動かして、華はタブレットを手に取った。テレビ通話のアプリが画面上に浮かんでいる。コール相手は『里桜』と書かれており、華はうんざりした様にため息を吐いて、アプリをタップした。


『ちょっと、どうして通話に出てるの!? 今日は平日でしょ? 華、学校はどうしたの!?』


 画面いっぱいにブラウンの髪色をした女性の頬を膨らませた顔が映し出され、華は思わずタブレットから顔を背けた。


「お母さん……ちょっと、えーと、体調が良く無くて……」


思わず適当に言い訳をすると、ブラウンの髪の女性は素っ頓狂な声を放った。


『え!? 華が!? 珍しい、大丈夫なの!?』


蒼壱と違い、華は皆勤賞を取れる程に元気ハツラツなのだから、驚くのは無理もない。


「う……うん、平気。それよりどうしたの? 今、海外に居るはずだよね?」


 華と蒼壱の母親である里桜は、IT企業の経営者だ。半年間の海外赴任中である為、恐らくこの通話は赴任先から掛けているのだろう。


 二十一歳で華と蒼壱を出産している為、三十代であるとはいえ、まだ二十代であると言っても違和感が無い程に若々しい。その上フランス人と日本人のハーフである彼女は見目麗しく、雑誌の取材を良く受ける程の有名人だった。


 里桜は眉を下げて、困った様にブルージルコンの瞳を瞬いた。


『華、体調が悪いところ、申し訳ないんだけれど。手違いがあって。そっちにお客さんが行くと思うの』

「お客さん……?」

『会社で制作しているゲームの完成記念パーティーが日本で開催されるから、一時帰国する予定だったんだけれどね、肝心のサーバがダウンしちゃって、お母さん、参加できそうにないの』


 里桜はそう言った後、申し訳なさそうに画面上で手を合わせた。


『実はね、勝手に華と蒼壱もゲームのキャラクターモデルにしちゃったのよね。だから、貴方達を完成記念パーティーに参加して貰う為に、他のキャラクターモデル達が迎えに来ると思うの。あ、でも心配要らないわ。日本語は話せるはずだし』


 華は呆然としながら里桜の言う言葉を聞いていた。


——キャラクターモデルが私を迎えに来る? いや、全然意味わかんないんだけど。


「お母さん、一体それって何のゲームなの?」


画面の中で、里桜が少し照れた様な困った様ななんとも言えない表情を浮かべた。


『えーと、乙女ゲー? 華を悪役令嬢役にしちゃったから、言いだしづらくって……』


——え……? そのゲームって、ひょっとして……?


『里桜、データセンターに急ぎましょう。リモートでは対応しきれません』


タブレット内から響いてきたのは父親の声だった。若干苛立っている様に感じられる声色だ。


『全く、エデンのサーバを再利用しようだなんて無茶な事をするからこうなるんですよ!』

『だって、ハイスペックサーバだし勿体ないじゃない……』

『あんな忌まわしいものを再利用しないでくださいよ!!』


 両親の言っている意味が華には理解できなかったが、タブレットから急き立てられる様に里桜の声が響いた。


『とにかく、お母さん急いで行かなきゃだから! 体調が悪いならパーティーに出る必要は無いから断っていいからね!』


プツ……と、テレビ通話のアイコンが消え、華は呆然とし、暫くデスクトップ画面が表示されているタブレットを見つめていた。


 マンションのドアフォンの音が響き渡り、心臓が飛び出そうな程に驚いた華は、恐る恐る立ち上がった。素早く視線を向け、画面に映し出された人物の様子を目にした瞬間、タブレットを投げ捨て、心ここに在らずといった様子で駆け、靴を履き、マンションの外へと飛び出す。


 一階のエントランスで、コールをしたのに無反応な様子に困っている男性の姿が目に留まった。


 切らせた息を整えようにも、ドキドキと鼓動する心臓がどうにも抑えきれず、華は瞳に涙を溜めながら叫んだ。


「ヨハン!!」


 エントランスに立っていた男性が華の方へと視線を向けた。サラリとした金髪に、エメラルドグリーンの瞳の男が、華を見るなり嬉しそうにその瞳を細める。


「……華。やっと逢えたな」

「ヨハン……。本当にヨハンなんだ!!」


頷き、両手を広げるヨハンの胸に、華は駆けて飛び込んだ。


「逢えるなんて、思わなかった!! 逢いに来てくれるなんて、思わなかった!!」


泣きじゃくる華を優しく抱きしめながら、ヨハンは静かに言葉を吐いた。


「そなた程の者は、世界中を探そうとも見つからぬと言ったはずだ」


泣きじゃくる華を宥める様にそっと背を撫でた。愛しそうにエメラルドグリーンの瞳を向ける様子に、華も見上げ、二人は見つめ合った。

 が、華がくすくすと笑いだしたので、ヨハンは不思議そうに唇をへの字に曲げた。


「何故笑うのだ?」

「だって、ヨハン。話し方がゲームの中のままなんだもの!」

「む……。おかしいのか?」

「うん。そんな話し方する人あんまりいないと思う。『そなた』だなんて」


くすくすと笑っている華の背に、「折角の感動的再会が、ぶち壊しだなぁ」と、呆れ声が掛けられた。


「そいつ、それでも日本語猛勉強したんだがなぁ」


ブラウンの髪に、優男風な瞳をした男が歩いて来ると、華に向かってサッと手を振った。


「よぉ、嬢ちゃん」

「フォルカー!?」


瞳を見開き驚いた表情を浮かべた華に、フォルカーはニッカリと笑みを浮かべた。


「ああ、逢えて嬉しいぜ!」


フォルカーの後ろを、愛嬌のある笑みを浮かべた男性が歩いて来ると、ヨハンと華が抱き合う様子を見つめて僅かに顔を顰めた。


「兄さん、女子高生相手に何やってるんです……? ここはゲームの世界では無く、日本ですよ? 少しは弁えてください」

「ミゼン!?」


パッと顔を明るくした華とは裏腹に、ヨハンは顔を赤らめて慌てて華を抱きしめる腕を解いた。


「いや、これは……Ich bin von Emotionen überwältigt(感極まって)……」

「え? ヨハン、何て言ったの?」


 華がキョトンとし、フォルカーは爆笑して膝を叩いた。


「俺とミゼンは日本在住だが、ヨハンの奴はついさっきこっちに着いたばかりなんだ。お手柔らかにしてやってくれ」

「とはいえ、奥ゆかしい日本人女性を突然抱きしめる様な真似は許しがたいです」


ヨハンをフォローするフォルカーの様子や、兄の無礼を咎めるミゼンの様子を見て、華はじんわりと鼻頭が熱くなり、だばだばと涙を零した。


「うわぁ……皆、ゲームの中の通りだ。嬉し過ぎて顔が崩壊しちゃう。これ、現実なんだよね? いや、もう現実でも夢でもゲームの世界でも何でもいいんだけど! 皆逢いたかった!! 逢いた過ぎて死んじゃうかと思ったっ!!」


 泣き出す華を三人は見つめながら、ズキュンと心臓が痛くなった。自分達こそ華に逢えて嬉しくて堪らないのだから。


 ミゼンがさっと華にハンカチを差し出すと、愛嬌のある笑みを向けた。


「僕も華に逢えて嬉しくて堪りません。ですから、エンディングまでゲーム通りにする気はありませんよ」

「……おう。こうして実際に嬢ちゃんの顔見たら、そりゃあなぁ。諦めがつかないってもんだ。現実で負けるつもりはねぇし? 王配だなんだってしがらみだってねぇわけだし?」


ミゼンとフォルカーの言葉を聞き、ヨハンは慌てて華を二人から引き離した。


「Ich gebe nie auf!!(絶対譲らぬぞ!!)」

「え? ヨハン、何て言ったの?」


キョトンとした華に、ヨハンはもごもごと口ごもった後、コホンと咳払いをした。


「華。私は、そなたを絶対に諦めぬ。ゲームの中であろうと、現実であろうともな」

「ヨハン……」

「愛している。華。そなたは私の全てだ。この世界でも私の伴侶となってくれ」


「他人の家の前でいちゃつくの、止めてよね」


蒼壱が冷たくそう言い放つと、ズンズンと大股で歩いて近づいて来て、ヨハンと華を両手でぐっと引き離した。


「あれ? 蒼壱、学校に行ったんじゃないの?」


ポカンとしている華に、キッと睨みつける様に視線を向け、蒼壱はまくし立てる様に言葉を放った。


「途中で妃那に会って、早く華に話さなきゃと思って戻って来たんだよ。それより何この状況!? 勢揃いも程が無い!? それにヨハン! 華は高校生なんだから、おかしなこと言わないでよね!!」


妃那が申し訳なさそうに頭を下げる様子を認め、華はパッと手を振った。


「蒼壱、私に話すって、何を?」


華は妃那に手を振りながら言い、蒼壱はうんざりした様にため息を吐いた。


「妃那から聞いたんだ。隠しキャラが誰だったのか」

「ああ、隠しキャラ。そういえばそうだった」


華はすっかり忘れていたと思いながら、もうどうでもいいと考えて周囲を見回した。ヨハン、フォルカー、ミゼン。そして蒼壱とヒナ。大好きな皆がこうして現実世界でも会う事ができたのだから。


「隠しキャラは『悪役令嬢ハンナ』だったんだよ。考えてみれば辻褄が合うと思わない? ゲームのコンティニューなんて、主人公じゃないとあるはずがないんだから。つまりは、華がヒロインになってたってこと!」


 悔しそうに言う蒼壱から視線を外し、華は周囲を見回した。華と目が合い、爽やかな笑みを向けるフォルカー。愛嬌のある笑みを向けるミゼン。可愛らしくも優しそうな笑みを向ける妃那。


 そして、愛しそうな眼差しを向けるヨハン。


 マンションのエントランスには太陽の光が差し込み、まるで全員を祝福しているかのようだった。

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