別れ
ファンファーレが鳴り響く。
教会内は荘厳ながらも華やかに飾り付けられ、ヒルキア王国の国旗が中央に掲げられていた。香しい花の香りが充満する程に花々があらゆるところに咲き乱れ、招待客の胸にも飾られている。
正装した多くの貴族達に拍手で出迎えられ、純白のドレスを身に纏った二人の花嫁は、中央に敷かれている群青色のカーペットの上を緊張した様子で静々と歩いた。
ヴェール越しの視界の先に、壇上でそわそわとした様子で待つ二人の男の姿が見える。
正装した蒼壱と、ヨハンの両名である。
◇◇
ヒナと蒼壱が王宮に戻ってきた日の事を思い出す。
フォルカーとミゼンに連行される形で帰って来た二人に、華が早速怒鳴りつけた。
「一体どれだけ心配したと思ってるの!?」
蒼壱は素直に頷くと、「ごめん」と華を真っ直ぐ見つめて言った。だが、その瞳や態度にはいつもの迷いが微塵も感じられなかった。
その落ち着き様に、たった僅かな間に大人になって帰って来た様に感じられ、華は僅かに怯んで蒼壱から視線を外し、ヒナへと向けた。ヒナはニッコリと微笑み返し、蒼壱と恋人繋ぎをしている手を嬉しそうに握りしめた。いつもの蒼壱ならば照れてそんな事など絶対にしないはずだが、やたらと堂々としている。
「……なにそれ、随分幸せそうじゃない」
華の突っ込みに、蒼壱は「華もね!?」と、突っ込みを返した。
華のすぐ隣にはヨハンが居り、片時も離れまいとでもいうかの如くピッタリと身を寄せているのだ。華は顔を真っ赤にしてつっと視線を外し、「まぁ、なんていうか……うん」とボソボソと言葉を吐いた。
「幸せに決まっている。愛する者とこうして共にいられるのだからな」
ヨハンがここぞとばかりに華を抱き寄せ、華は「ギャ!」と悲鳴を上げた。そんな様子を蒼壱は唖然として見つめた後、慌てて突っ込みを入れた。
「は!? ヨハン、キャラ変わってない!? なんで華にまとわりついてるの? 気色悪いっ!」
蒼壱の突っ込みにヨハンは堂々たる様子で力強く頷いた。
「気色が悪いなどと、心外だな。華との時間を一秒たりとも無駄にはできぬ。意地を張るようなつまらぬ真似をして無駄な時間を費やすわけにはいかぬのだからな。直ぐにでも祝言を挙げたい程だ」
「ちょっ! 俺はあんたなんか兄だって認めないからな!?」
「そなたに認められぬとも構わない。私と華は両想いなのだからな」
言い合うカップルを遠目に眺めながら、ミゼンとフォルカーは肩を竦めた。
「……俺達、完全に脇役だなぁ」
フォルカーの言葉にミゼンが困った様に微笑んだ。
「作戦通りですから、成功と言えるでしょう。とはいえ、妬けることは確かですが」
「だよなぁ!? 俺は何しにヒルキアに来たんだ?」
頭を抱えたフォルカーにミゼンはふっと笑った。
「貴方はこれからも兄上の良き相談役で居てください」
「そりゃあ、まぁ……言われるまでもないが」
頷いた後、フォルカーはハッとしてミゼンを見つめた。『ヨハンの良き相談役』ということは、つまりはこれで華を口説く事は出来ないという訳だ。
ニコリと愛嬌のある笑みを浮かべるミゼンを、悔し気に睨みつけた後、フォルカーは大きなため息を吐いた。
「空手じゃ帰れねぇしな。聖女様も花嫁候補もヒルキアに譲ってやったんだ。ミゼン、お前はハリュンゼンに来い!」
それを聞いていた華は素っ頓狂な声を上げた。
「え!? フォルカーってそういう趣味があったの!?」
「あ? そういう趣味って何だ?」
ぽかんとしたフォルカーに、華は苦笑いを浮かべた。
「……ええと、ボーイズラブ的な?」
「んなワケあるか!!」
フォルカーは悲鳴の様に叫ぶと、両手をワキワキと動かしながら地団駄を踏んだ。それも当然だろう。失恋した挙句、失恋相手にあらぬ疑いをかけられたのだから。
隣でミゼンはくすくすと笑いながら肩を竦めた。
「友好大使としてという意味でしょう。良いでしょう、ハリュンゼンに行きますよ。ただ、その前に一仕事終えてからにいたしましょう」
「一仕事って?」
不思議そうに言った華にニコリとミゼンは愛嬌のある笑みを向けた。
「ええ。全ての邪魔者を黙らせる、最も効率の良い方法です。華と兄上。それにアオイと聖女様に関係のある事です」
ヨハンはミゼンに対し、僅かに警戒するように華の腕を引き、蒼壱はヒナと不思議そうに小首を傾げ合った。
◇◇
こうして、ミゼンの指揮の下、ヨハンと華。そして蒼壱とヒナのダブルウエディングの準備が瞬く間に整えられ、二組のカップルが今、式を挙げているというわけだ。
花びらが撒かれた群青色のカーペットを、華とヒナの二人は歩きながら互いに笑い合った。
——まさか自分がこうして結婚式を挙げる事になるだなんて思わなかったなぁ。ミゼンったら、突然大胆な事を言いだすんだから。
『全ての邪魔者を黙らせる最も効率の良い方法』
ミゼンが言ったその方法とは、第一王子ヨハンとハンナの挙式と、稀代の英雄アオイと聖女ヒナの挙式を同時に行う事で、ヒルキア全土の祝福を受け、国王も王后も口出しできない状態へとしてしまうことにあったのだ。
金髪を綺麗に整え、緊張した面持ちでエメラルドグリーンの瞳を向けて待つ正装したヨハンの凛々しい姿に、華は頬を染めた。
静々と我が元へと向かって来るヒナの様子に、蒼壱は強く鼓動する心臓を必死に押さえつけながらも、感極まった。
四人が整列し、司祭が粛々と婚礼の言葉を述べる。
華と蒼壱の二人は同時に唇を噛みしめた。
——これが、私達(俺達)の、ハッピーエンド……。
二人がそう思った瞬間、眩い光に包まれた。華はハッとしてヨハンを見つめた。
「ヨハン!!」
瞬時に予感したのだ。
『帰るのだ』と。
——嫌だ!! ヨハンとまだ一緒に居たい!!
「ヨハン、帰りたくない!! お願い、ヨハン!!」
「離すものか!!」
ヨハンが華を抱きしめた。力強い両腕に抱かれて、華はほんの一瞬安堵した。だが、眩い光は華の脳裏をも焼き尽くす勢いで蝕んでいく。身体の中から魂を引きずり出そうとしているかの如く、気が遠くなっていくのだ。
抗えない……。
怒涛の如く、哀しみが華の心を飲み込んだ。
「ヨハン……」
涙を零し、華はヨハンの腕の中で震えた。
「離れ離れになっちゃうのが、怖い……でも、無理みたい」
——どんなに強くても、どんなに頑張っても勝てない強敵って居るんだね……。高難易度のゲームはクリアできたのに。こんなことってない。
「努力しても運命に抗うのは無理みたい……」
泣き出す華を抱きしめながら、ヨハンは華の言った言葉に頭の中で同意した。
だが……。
「恐れることなど何処にも無い」
ヨハンは己を諭すかのように力強く言った。
「生きる世界が違うとしても、私はここに居る。この世界がゲームの世界だと云うならば、そなたはまた戻って来てくれるのだろう?」
ヨハンの精一杯の強がりだということが、華にも分かった。
再び逢える保証など無い。それでも……。
「いつまでもそなたを待とう。年老いても、生まれ変わっても、私はそなたを待ち続ける」
——気が遠くなっていく。怖い……
「愛している。華。そなたは私の全てだ」
力強く抱きしめてくれていたはずのヨハンの温もりが感じられなくなり、華は微睡む夢の中へと吸い込まれていく様に意識が遠のいて行った。




