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聖女叙任式④ —運命—

「応戦せよ!!」


華の檄に騎士達が応じるかのように声を上げ、魔物達を切り伏せる腕に力がみなぎった。漆黒の翼をはためかせてそれらを見物している蒼壱を見上げる。


——蒼壱、忘れてなんかいなかったよ。この聖女叙任式で、王后が襲われるんだってこと。

 蒼壱に、これ以上誰も傷つけさせたりなんかしない!! そして、蒼壱を殺させもしない!!


「民の平和を仇名す魔の者め! 私が成敗してくれる!!」


ヨハンが声を上げ、魔王である蒼壱に向かって剣先を突き付けた。


「兄上、遅れて申し訳ありません。加勢致します」


ミゼンが杖を手にヨハンの側へと駆け寄り、蒼壱を睨みつけた。


「遅れてすまない。俺もハリュンゼン代表として手を貸すぜ」


フォルカーもヨハンの側へと駆け寄ると、大剣を蒼壱へと向けた。

 攻略対象三人に剣先を向けられて、蒼壱は白い仮面の下でフンと鼻を鳴らした。


——ああ、このシーン。ゲームで見た通りじゃないか。華、悪いけど思惑は失敗したようだね。今更もう、アオイルートになんかならないんだよ。


 寂しさがじわじわと押し寄せてくる。これでもう、今まで大切だと思っていた全てのものとお別れとなってしまうのだから。覚悟を決めていたことであるとはいえ、感情を消し去る事などできない。


——ヨハン。大嫌いな奴だったけれど、現実世界で会ったのなら、尊敬できる友人になれたかもしれない。

 フォルカー。本当に、人間の出来た人だった。フォルカーの様な兄が居たら良かったと心から思うよ。

 ミゼン。何を考えてるのか分からない奴だったけれど、いの一番に俺達が入れ替わっている事を気づいてくれた。本当はお人好しなのに、それを隠そうとする捻くれた性格が、今では可愛く思えるよ。


 ……ヒナ。

 と、蒼壱は白い仮面の下で顔を歪ませた。


 現実世界の加賀見妃那ではないのに、俺は君にどんどん惹かれていった。抑えようが無かったんだ。嘘のプロポーズなんかさせてゴメン。不甲斐なくてゴメン。俺には君が眩し過ぎて、不釣り合いだよ。


 蒼壱は覚悟した様に剣先を突き付ける三人を見つめた。


——さよなら、華。現実世界に帰ったら、父さんと母さんに宜しく。


 コンティニューはもう残されていない。俺が死んだ後どうなるのかは全く予測がつかないけれど、華なら大丈夫だよね。

 俺と違って、いつだって皆に好かれて眩しいくらいに輝いている自慢の姉なんだから。


「ダメっ!!」


 華が三人の前で両腕を広げると、蒼壱を庇う様に立ちはだかった。


 シン……と、静まり返り、一体アオイ・ランセルは突然何をし出したのだろうかと皆に注目された。大広間内は殺気だった騎士達でごった返しているというのに、物音一つ立てずに華に注目するその様子は、いかにアオイ・ランセルが英雄として信頼されているかが物語っている。


 だが、肝心の華は、声を上げた張本人であるにもかかわらず、静まり返った皆の様子に困惑の色を浮かべていた。


——華の馬鹿っ!!


 蒼壱は顔面蒼白となりながらその様子を見つめた。


「あ、えーと。魔王をやっつけるのは禁止っ!! ダメ、絶対っ!!」


 華に怒鳴りつけられて、ヨハン、フォルカー、ミゼンの三人は目を点にした後に、大慌てで言い返した。


「し、しかしアオイ! 奴を倒さねばヒルキアの命運が……!」


言い返すヨハンを前に、華は憤然としながら首を左右に振った。


「駄目ったらダメ!! そんな事したら一生口利いてあげないんだからねっ!!」


断固として譲ろうとしない華に、ヨハンが「なぜだ!?」と、叫んだ。

 叫びたくなるのも当然だろう。ラスボスを前にしたヒーローを、全力で止めているのだから。


「あの強い魔王に勝てると思う!? ヨハンは聖剣を受け継いで無いし、フォルカーもミゼンも聖女様のご加護が無いのに、無理に決まってるじゃない。大怪我どころじゃ済まないかもよ!?」


華に諭されたものの、ヨハンは負けじと首を左右に振った。


「しかし! 例え敵わぬと分かっていたとて、国を守る為にも戦わぬわけにはいかぬ!!」

「あ、確かにヒーローならそう言うか。うーん……」


華は困った様にオロオロとし、助け船を求めるかのように魔王姿の蒼壱を見上げ、蒼壱はポカンとした。


——考えてなかったの!? 華っ!! そんな目で見られたって困るんだけれど!?


 華の視線を辿り、ヨハン、フォルカー、ミゼンの三人もまた魔王である蒼壱へと、まるで助け船を求めるかのような視線を向けたので、蒼壱は白い仮面の下で頬をヒク付かせた。


——こいつらっ!! 全員俺におんぶにだっこか!? 俺は知らないぞ!?


魔物達もピタリと動きを止め、騎士達もまた戸惑いながら魔王である蒼壱を見上げる。


 その場にいた全ての者の視線が集中し、蒼壱は無視することが不可能な状況に陥ってしまった。


「……えーと、まずはヨハンの暗殺を目論んだ連中をなんとかすべきでは?」


 魔王蒼壱の提案に、華がポン! と手を打って「確かにそうだね!」と頷いた為、騎士達はどよめきながらも、『稀代の英雄と称されるアオイ・ランセルに従うべきだ』と意見を口にした。


「というわけで、取り込み中だから魔王や魔物達は一旦帰ってくれる?」


華が両手を合わせて蒼壱に願い出て、蒼壱は仮面の下で苦笑いを浮かべた。


「再戦する気も失せたよ……」


 ため息交じりにそう言うと、蒼壱は魔物達に指示を出して、退散しようとふわりと身を翻した。


「待ってくださいっ!!」


 悲鳴の様に叫んで、ヒナが駆けた。


 驚いて振り返った蒼壱の前で、ヒナが壇上から飛び降りる。


 蒼壱は漆黒の翼を翻し、光の様な速さで飛ぶと、ヒナの身体を危機一髪で抱き留めた。

 蒼壱自身、反射的に取った行動であり、狼狽えながら震える声で呟いた。


「危ない事するな……一体……」


ヒナはぎゅっと蒼壱の腕に摑まると、訴える様に見つめた。


「私を連れて行ってください! お願い、アオイ様!!」

「……え?」


——ヒナ……? 俺がアオイ・ランセルだって、知っているのか?


「聖女様を助け出せ!!」


 騎士達に取り囲まれ、蒼壱はハッとして顔を上げた。蒼壱はヒナを無碍に突き放す事もできず、優しく抱きしめると、漆黒の翼をはためかせて高く舞い上がり、瞬く間にその場から撤退していった。


 割れた天窓から飛び立って小さくなっていく蒼壱を見つめながら、華は脚の力が抜けてその場に座り込んだ。


——ヒナったら、危ない事するっ!! 蒼壱が間に合ったから良かったものの、もし落ちて死んじゃったりなんかしたらっ!!


 落ち着こう、と呼吸を整えた華の両肩を突然ガシリと捕まれて、華は目を白黒させながら顔を上げた。


「そなた、身体は大丈夫か!?」


ヨハンがエメラルドグリーンの瞳に薄っすらと涙を浮かべ、半泣き状態で見つめている。


「う? うん……多分」


——最期のコンティニュー使っちゃったけど……。


「頼むから、もうその身を(なげう)つ様な危険な真似は止めてくれ!!」


 ヨハンが突然抱きしめたので、華は思わず「ぎゃ!」と悲鳴を上げた。が、怯え切っているかのように身体を震わせているヨハンを突き飛ばすわけにもいかず、華は顔を真っ赤にしながら、助け船を求める様にフォルカーを見上げた。


 華に助けを求められ、フォルカーはうんざりした様にため息を洩らした。


「おい、ヨハン。いちゃついてる場合じゃねぇぜ? 聖女様が攫われちまったんだからな。お前が指示系統をしてくれない事には、俺も動けねぇ」

「いちゃついてなどおらぬ!」


ヨハンは顔を真っ赤にして華から離れると、コホンと咳払いをした。


「すまぬ、後程私に時間をくれぬか。そなたとゆっくり話がしたい」

「うん、分かった……」


華が頷くのを確認すると、ヨハンは安心した様に僅かに笑みを浮かべ、騎士達に聖女奪還をすべく準備するように素早く指示を出した。


 華はその隙に立ち上がり、蒼壱の後を追うべく準備をした。


——蒼壱がヒナを傷つける事は絶対に無いはずだから、そこは心配要らないけど、ヨハンと戦わせるわけにはいかない。早く蒼壱を見つけなきゃ! 


「華、どこへ行くつもりだ?」


フォルカーが華の肩を掴み、ニッカリと笑みを向けた。


「え!? えーと……」


——やば。流石に蒼壱が本当に魔王でしただなんて言えないし。


「毒がまだ完全に抜けてないかも? ちょっとお腹痛いなぁって……」


 しどろもどろになりながらも、華はゆっくりとフォルカーから離れようとした。すると、「それはいけません」と、ミゼンが華の背後を塞いだ。


「身体を休める場所へとご案内しましょう」

「へ!?」

「さぁほら、遠慮すんなって」


——ちょっとぉ! 私急いでるのにっ!!


華はフォルカーとミゼンに両脇をガッチリと固められた状態で、広間から廊下へと強制連行される羽目となった。

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