聖女叙任式③ —襲来—
うすら笑いを浮かべた男が騎士達混じり、手にした弓に更に矢を番えた。聖女叙任式でのヨハンは、神聖な式典を執り行う為剣を持ってはいなかったのだ。彼は華を庇い、その身を呈して矢を受ける他無かった。そして、そうなることを予測し、男は敢えてヨハン本人ではなく華を狙ったのだ。
必ず、ヨハンは愛して止まない婚約者を庇うはずだ、と……。
「ヨハン!!」
華が伸ばした手を、ヨハンが制した。
「触れるな!! 私の神聖力でもままならぬ強い毒魔術だ!!」
矢を射った男は騎士達に取り押さえられたが、ヨハンの肩から青紫色がじわじわと首筋の方へと広がって来る様子を、華は唖然として見つめた。
——どうしよう。私を庇ったせいで、ヨハンが死んじゃう……。
「ヒナ、お願い。ヨハンの治療を!!」
悲鳴の様に震える声を上げた華に即座に反応し、ヒナは「分かったわ!」と駆けた。
その瞬間、華の耳に風切音が聞こえた。
他にもヨハンを狙う者が招待客の中に混じっていたのだ。
——これ以上毒を受けたら、ヨハンは……
華はヨハンの前に立ちはだかり、矢を身体で受け止めた。悲鳴が響き渡り、倒れる華の様子をヨハンは唖然として見つめた。
凄まじい痛みと共に、華の身体が毒に侵され痙攣していく。
「警備は何をしている!!」
「陛下を護れ!!」
「聖女様は殿下の治癒を!!」
会場内が大混乱に包まれた。華へと矢を射った者も騎士に取り押さえられたが、他にも潜伏している可能性がある。
蒼壱は壇上の様子を唖然としながら見つめていた。
床に倒れている華を放置し、ヨハンの治療へと専念する様子をだ。
ハンナとしてどれほどに周囲から評価を得ようとも、このゲーム上では悪役令嬢というキャラクター設定上の位置づけを変える事などできない。
ヒーローとヒロインの引き立て役でしかないのだ。
「おい!! あんたたち、華の治療をしろよ!!」
怒鳴りつけた蒼壱に、ヒナがハッとして手を止め、周囲に控えていた医師に「殿下が最優先です!!」と叱りつけられて、ヒナはヨハンの治療を再開した。
ヒナの手が震えている。彼女もどうしたら良いのか分からないのだ。
蒼壱が壇上へと駆け上がると、ヒナの治療の成果で回復したヨハンが、身動き一つしなくなった華を驚愕の表情で見つめていた。
「私は、そなたを失うまいと……!!」
蒼壱はその光景を我が目を疑う想いで見つめていた。
今まで華が死ぬ様子を目の当たりにしたことなど無かった。
いつもケロリとした調子で「ちょっと死んじゃった」と事後報告を受けるだけで、先ほどまで元気だった彼女がぐったりとして横たわっている姿など見た事が無かったのだから。
現実世界でも身体の弱い蒼壱と違い、いつも健康的で風邪すら引かない強い姉が、微動だにせず横たわっている……。
——なんだよ、これは……。どういうことだよ……。
「ヨハン!!」
蒼壱がヨハンを殴りつけ、騎士達が慌てて仲裁に入った。
「お前っ!! 何度華を殺したら気が済むんだっ!!」
騎士達に拘束されたまま怒り狂う蒼壱を、ヨハンは僅かに赤みを帯びた瞳で睨みつける様に見つめた。
「私がそのような事を望んでいると思うのか!?」
「望もうと望まなかろうと現状そうなってるじゃないかっ!! あんたが華を殺したんだっ!!」
——華の馬鹿!! いくらその身を犠牲にしたって、離れ離れになっちゃうのに!! ヨハンなんかゲームの中のキャラクターでしかないじゃないか。それを分かってて、一体どうしてっ!!
「……何がヒーローだ。何がヒロインだ……」
——俺も華も、どれほどに辛い思いをしようと、苦しい思いをしようとも、決して報われる事のない存在。
……それなら、抗おうだなんてせずに悪役に徹するしかないじゃないか。
「悪役は、お前らの為に存在しているわけじゃないっ!!」
蒼壱は、白い仮面をサッと顔に被せた。
そして皆が注目するその眼前で、頭部に禍々しい角と、背に漆黒の翼を生やして魔王の姿へと変貌を解けた。
会場内に悲鳴が響き渡り、蒼壱の周囲に居た騎士達が弾かれ、貴族達は逃げ惑い大混乱となった。口々に「稀代の英雄アオイ・ランセルが魔王と化した!!」と、悲鳴を上げる。
騎士達が剣を抜き、蒼壱を一斉に取り囲んだ。だが、『稀代の英雄、アオイ・ランセルに勝てるはずがない……』と、彼等の脳裏にはその言葉が浮かび、禍々しく変貌を遂げた蒼壱を尚も尊敬の念を込めて見つめた。
それ程に騎士アオイの名声は高く、全ての騎士の憧れとなっているのだ。
蒼壱は白い仮面の下でジロリと視線を動かした。壇上の片隅で怯えた様に隠れる王后を睨みつける。
——ヨハンの暗殺を企てたのは、間違いなく王后だ。
……赦さない。ヨハンの初出征の時にも弓兵で襲わせたのは王后の仕業だろう。お茶会では華を毒殺し、この叙任式では華を毒矢で射殺した。
ミゼンは王位継承を望んでいないというのに、王后は自分の息子を王にしたくて仕方が無いんだ。
蒼壱はすぅっと息を吸い込んだ。ゆっくりとしたその所作を、皆が何もできずにただただ見守っていた。禍々しく爪の伸びた手を掲げて号令を出すその様子までじっとし、傍観者でもあるかのように眺めていた。
「あの女を、滅せ……」
蒼壱の号令と共に王城の窓が割られ、魔物達が一斉に飛び込んで来た。
ガラス片が舞い散る中、騎士達が慌てて魔物達との戦闘を開始し、蒼壱は漆黒の翼をはためかせて床を蹴った。
混乱する広間の壇上にいる王后目掛け、蒼壱は鋭い爪を振るって斬撃を打ちおろした。
——全ての元凶は王后だ! 華を何度も殺した……。
絶対に、赦すものか!! 例えこの手が血で染まろうとも、俺は復讐を遂げないわけにはいかない。
「させない!!」
凄まじい金属音が鳴り響いた。蒼壱は白い仮面の奥で眉を寄せ、仕留めたはずの王后の姿を確認しようと瞳を凝らした。
そこには、華が立っていた。
剣を構え、王后を庇って蒼壱が投げつけた斬撃を弾いたのだ。驚愕の表情を浮かべる蒼壱を華は睨みつけ、声高らかに言葉を放った。
「アオイ・ランセルはここにいる!! あれは紛い物だ!! 皆惑わされるなっ!!」
壇上で華がそう声を張り上げると、身に纏っていたローブをパッと脱ぎ捨てた。
ローブの下には騎士の制服を纏っていた。華は、騎士アオイ・ランセルの服装をその下に着込んでいたのだ。蒼壱が皆の前で魔王へと変身したとしても対応できるようにと備えていたのだ。
喚声があがり、騎士達は己を振るい立たせようと皆口々に声を上げた。
「稀代の英雄、アオイ・ランセルは我々の味方だぞ!」
「流石は王家の盾!!」
「魔王の幻術になど屈するものかっ!!」
叙任式の会場に居た貴族達はいつの間にか避難を終え、武装した騎士達が魔王である蒼壱に向かって剣先を向けている。
蒼壱は白い仮面の下で、その様子を悲し気に見つめた。
——華、最後のコンティニューを使ったのか……。もう後は残されていないけれど、それでも無事で良かった。
けれど、俺達の目的はこの世界で幸せになることなんかじゃない。
……いいや、俺の目的は、華を現実世界に帰す事だ。
華だけでいい!! 俺みたいな出来損ないじゃなく、華だけが現実世界に帰るべきなんだ。
華はきっと、覚えてなんかいないだろうけれど。この叙任式で魔族が王城を襲撃するのはゲーム通りのストーリーだ。これで邪魔な王后を殺しさえすれば、国王は心を病み、ヨハンは直ぐに王位を継ぐ事になる。そして王位を継ぐのと同時に、俺を殺す為の聖剣を手に入れる事になるんだから。
魔王である俺は、ヒーローであるヨハンに殺されなければならない運命なんだ……。
そう考えて、蒼壱はハッとして唇を噛みしめた。
——だからなのか?
……魔王が殺されない唯一のルート、アオイルートにする為に……? それじゃあ、さっきのヒナの告白は、華がそう仕向けただけなのか?
ヒナは、本気で俺にプロポーズしたわけじゃない……?
ズキリと、蒼壱の心が激しく痛みを発した。




