表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
76/84

聖女叙任式② —婚約破棄—

 ヒナの聖女叙任式は厳かに執り行われた。純白の聖衣を纏ったヒナが、ヒルキア国王と王后、そしてヨハンの前で跪き、国王の手から聖笏がヒナへと授けられると、会場内は拍手喝采で沸き起こった。


「これで魔王にも対抗できますな」

「聖女様のお力があれば安泰です」

「ヒルキアの未来は明るい」

「聖女様のご加護が賜ります様」


 招待客達は口々にヒナを称える言葉を吐き、蒼壱と華はそれを耳にしながら不満に思ったものの、拍手をした。


「なんか、皆自分の身の事なのにヒナに頼り過ぎじゃない? ヒナがか弱い女の子だってこと、忘れてるっていうか、考えない様にしてるっていうかさ。頭きちゃうなぁ」


華はそう言いながら壇上に居るヒナを見上げた。背も低く華奢なヒナの身体には聖笏が大きく見える。


「妄信的だよね。まあ、どうせゲームのストーリーでしかないわけだし、皆ただのモブだよ。気にする事なんかないさ」


 蒼壱は明らかに苛立っている様だった。自分が想いを寄せる女性の肩に、重すぎる程の重圧をたった今課せられた上、それを当然の様に周囲は称賛しているのだから無理も無い。

 そんな蒼壱の様子を見て、華は少しだけ安心した。魔王になったとはいえ、蒼壱は蒼壱だ。誰よりも思いやりがあり、間違った事を良しとしない自慢の弟。猪突猛進型の華とは違い、冷静に考え抜いて判断しながら、いつも適格な行動をとる蒼壱だ。


「そういえば、フォルカーとミゼンの姿が無い様だけれど……」


蒼壱が不思議そうに辺りを見回しながら言った。


「あれ? まだ戻ってないんだ? あの二人なら、中庭で仲良さげに話してたから、置いてきちゃった」


——仲良さげって、それは華の勘違いな気がするけど……。


「この後はダンスパーティーだよね? ヨハンはいつ華との婚約破棄を公表するつもりなんだろう?」


蒼壱の言葉に華はムッとして唇を尖らせた。


「嫌な言い方! 私とじゃなく、ハンナとでしょ!?」

「ああ、まあそうだね」


蒼壱は軽く流しながらも、——そうは言っても婚約破棄されるのは華じゃないか——と心の中で続けた。

 華が傷付く姿を見るのは正直辛い。だが、ヨハンへの想いは断ち切るしか無い。


 複雑な気分で唇を噛みしめていると、華が突然手をぶんぶんと大きく振り回した。蒼壱がぎょっとして顔を上げると、ヒナがこちらを見ている様子が伺い知れた。


「聖女ヒナ!! 素敵っ! カッコイイ!!」


元気に叫ぶ華の腕を慌てて引き、蒼壱は顔を真っ赤にした。


「華! 何やってるのさ!?」

「何って、応援?」

「止めてよね、恥ずかしいからっ!!」

「えー? どうして?」


蒼壱に窘められている華を見て、ヒナはくすくすと笑った。集まっていた貴族達からも失笑が漏れ聞こえ、蒼壱は増々顔を真っ赤にした。

 国王が咳払いをすると、宰相であるランセル公爵が申し訳なさそうに「静粛に!」と、声を放った。


 会場内が静まり返り、いよいよヨハンとハンナの婚約破棄が告げられるのだと分かった。華は緊張の為唇を噛み、震えを押えようと、ぎゅっと拳を握り締めた。緊張と不安で押しつぶされそうな気を紛らわせようと、先ほどは敢えて元気に振舞ってみせたのだ。


 それでも、脳裏に浮かぶのはヨハンとの思い出ばかりだ。


——こんなに心が痛いなんて。ヨハンの事が好きだなんて、気づかなければ良かった。悪役令嬢って、損な役回りだよね。どんなに頑張ったって、絶対に報われない立ち位置なんだもの。


 チラリと国王の隣に居るヨハンへと視線を向けた。彼は何処を見ているのか、真っ直ぐと視線を向けたまま、華の方を見る事無く、微動だにせずにきゅっと口元を真一文字に結んでいた。

 いつものヨハンだ。真面目過ぎる程に誠実で、決して揺るがない強い意思を持つヒルキア王国第一王子。華はヨハンがこちらを見ない事をいいことに、じっと見つめた。


——かっこいいね、ヨハン。私、これから婚約破棄されちゃうのに、バカみたいだけど。でも、凛々しくて真っ直ぐなヨハンが好き。私がこの世界に居る限り、必ず貴方を護り抜くからね。


 壇上で国王がゆっくりと唇を動かした。


「皆に伝えねばならぬことがある。それは、ヒルキア王国第一王子ヨハン・グレイナス・ジェローム・ヒルキアと、ハンナ・ランセル嬢の婚約についてである」


——少しの間だったけど、偽物とはいえヨハンの婚約者になれて良かった。


 国王の言葉を聞きながら覚悟し、華は唇を噛みしめて俯いた。


「この度、二人が……」


「正式に、婚姻することを、ここに公表する」


王の言葉に被せる様に、ヨハンが大きくハッキリとした口調で言った。

 王と宰相は驚いてヨハンへと視線を向けたが、ヨハンは真っ直ぐと視線を前方に向けたまま、毅然として手を掲げた。


「聖女叙勲式というこの場を借りて、祝い事に便乗する様な形となってすまぬが、共に祝ってくれると有難い」


——嘘……ヨハン、今何て……?


 招待客達はわっと沸き上がり、拍手とお祝いの声が会場内を埋め尽くした。


「ヨハン第一王子殿下、おめでとうございます!」

「ハンナ嬢、おめでとう!!」

「なんと素晴らしい日なのでしょう!」


 華は唖然として祝福に包まれながら壇上のヨハンを見上げた。ヨハンはふと華へと視線を向けると、生真面目な表情を柔らかく崩し、笑みを向けた。


——え……。私、どうしたら……。


「ハンナ嬢、皆が祝福してくれたぞ。さあ、私の元へ」


ヨハンが手を差し伸べ、華は拍手に送られる形で壇上へと上がった。手を取り合う二人に会場中からお祝いの言葉が浴びせられた。


「ヨハン、どういうこと……?」


恐る恐る聞くと、ヨハンはエメラルドグリーンの瞳を華へと向けてニコリと微笑み、そっと華に耳打ちした。


「私は、何があろうとも決してそなたを離さぬと誓ったはずだ」

「でも、王位継承権が……!」

「案ずるな。ほら、ここからはそなたとヒナ嬢の計画通りだ」


「私にも便乗させてください!」


ヒナがすっと手を挙げてそう言うと、ポカンとしている蒼壱を見下ろした。


「蒼壱様! 私と結婚してください!!」


会場内が更に沸いた。


 蒼壱は暫く状況がつかめずに唖然としていたが、顔を真っ赤にしてたじろいだ。周囲から「稀代の英雄、アオイ・ランセル卿は初心だ」と囃し立てられ、蒼壱はごくりと息を呑んだ。


——待って!? アオイルートじゃなくなったはずだよね!? こんなの、ゲームのストーリーには無かったし、一体どうすれば……!!


 混乱する蒼壱は周囲から注目され、増々混乱していった。


 ヨハンが華へとそっと耳打ちする。


「ヒナ嬢がアオイと婚姻を結ぶならば、誰も異を唱えはしまい。アオイは稀代の英雄。私より皆にウケが良い。そなたもそれを狙っていたのだろう?」


 確かにヒナと打ち合わせをし、この聖女叙任式でヒナから蒼壱にプロポーズする段取りだった。


「でも、ヨハンとの婚約破棄は……」

「二度も命を助けられたそなたを、私が手放すと思うか?」


——え……? 私がアオイだって、気づいて……!? 一体何時から!?


ヨハンは咳払いをすると、「ほら、アオイに声を掛けてやらなくて良いのか?」と促した。蒼壱は完全にパニック状態になっており、オロオロとしていた。

 今回自分はただの脇役で、見守る事に徹する予定であったのだから無理もない。


「蒼壱、ヒナが応えを待ってるよ!」


華が壇上から急かし、蒼壱は苦々し気に見つめた。


「ちょっと待ってよ、華の作戦ってこと!? 女の子にプロポーズさせるだなんて、そんな間抜け酷くない!?」


思わず言った蒼壱の台詞に、会場中が笑いに包まれて、蒼壱は顔から火が出そうな程に熱くなった。


——ああ、もう!! 間抜けもいいところじゃないかっ! 華の馬鹿!!


 蒼壱は唇を噛みしめて壇上を見上げた。


 緊張した面持ちで蒼壱の答えを待つヒナと、その背後で幸せそうに微笑む華の様子が目に映る。


 蒼壱は、まるで夢でも見ているかのような光景だった。手を伸ばせば、自分が求めている全ての幸福が手に入るのだから。例えまやかしの幸福であったとしても、心を惹かれたヒナと、大切な家族である姉がそこに居る。


 そう、ほんの少しで手に入る。頷いて、一言「俺もヒナが好きだ」と言うだけで良いのだ。


——でも……これはハッピーエンドなんかじゃない……。


 蒼壱は苦々し気に俯き、ヒナから視線を外した。


——華、俺達はいつまでもこの世界には残れないんだよ。


 蒼壱がぎゅっと拳を握り締めた時、つんざく様な悲鳴が聞こえた。ハッとして顔を上げると、肩に矢を受けたヨハンの姿があった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ