聖女叙任式① —仲直り—
華は長いローブで身を包んだ状態で馬車に揺られながら、目の前で澄ました顔をして座る蒼壱を見つめた。
今日はヒナの聖女叙任式が王宮で開催される。式典の後にはダンスパーティーも催される為、招かれた貴族達は皆ここぞとばかりに着飾って訪れる事だろう。
「……何? そんなに見つめられると、顔に穴が開いちゃうんだけど」
蒼壱が苦笑いを浮かべながら言い、華はむっとして頬を膨らませた。
「ヒナの聖女叙任式まで一度も家に帰らず、一体どこで寝泊まりしてたの!?」
「魔王城だけど……」
「蒼壱、無断外泊なんてする子じゃなかったのに。この世界に来て不良になっちゃった!」
「不良どころか悪役なんだけど……」
面倒そうに答える蒼壱に、華はムっとして頬を膨らませた。
「悪役だろうとなんだろうと、不良になんかなったら、お父さんとお母さんが悲しむよ!?」
「悲しむ? 気にしないと思うけど……」
蒼壱の言葉に、華はふと自分の両親の事を思い浮かべた。
——蒼壱が不良になったなんて聞いたら、きっとお父さんは……『良くやった!』なんて言って喜びそう。大人し過ぎるのを心配してるくらいだし。
お母さんは……無断外泊を心配する様な人ならそもそも子供ほっぽって海外赴任なんかしないか。
華が苦笑いを浮かべたのを見て、蒼壱は「ね? 気にしないだろ?」と、言い、華はがっくりと項垂れた。
「けど、俺達がこの世界に来てもう随分と日が経つ。流石に学校から連絡がいくだろうし、下手したら警察沙汰になっていてもおかしくは無い。俺はどちらかというとそっちが心配だよ」
「……うん。お父さんとお母さん、やばいところのコンピュータをハッキングしてでも捜索しそうだもん」
華と蒼壱はゾッとして、「早く帰らなきゃ!」と、声を揃えて言った。
「それよりさ、その恰好なんなの?」
蒼壱の突っ込みに、華は慌てて「へ!?」と、上ずった声を上げた。
聖女の叙任式らしく勇ましくも紳士的に詰襟を着込んだ蒼壱に対し、華はやぼったく長いローブを羽織っているのだ。
「いや、ちょっと風邪引いたのか寒くて……」
「ふぅん? 別にいいけど、ダンスパーティーではそのダサイローブ、ちゃんと脱いでよね。恥ずかしいから」
「はーい」
王宮は純白の布に銀糸で刺繍の施された旗が至る所に飾られ、聖女の叙任式として相応しく、神聖で荘厳な空気に包まれていた。
華と蒼壱が到着すると、ヨハンが待ってましたとばかりに嬉しそうに笑みを浮かべ、華をエスコートしようと手を差し伸べたが、蒼壱はヨハンを無視し、華を連れて叙任式の会場へと向かった。
華は蒼壱に連れられながらヨハンに申し訳なく思って振り返ると、まるで捨てられた子犬の様に瞳をうるうるとさせ、寂しげに華を見つめているので、なんだか気まずくなって顔を背けた。
——ヨハンってば、私は蒼壱じゃないのにあんなに悲しそうにするなんて。なんかムカツク。
会場へと脚を踏み入れると、招待客達が二人の姿を見てざわめいた。稀代の英雄アオイ・ランセルへと向けられる憧憬の念と、ヨハンの婚約者であるハンナ・ランセルに向けられる羨望の眼差しが痛い程に突き刺さる。
——居心地悪っ!! この後婚約破棄されたら一気に憐れみの眼差しに変わるくせにっ!
苦笑いを浮かべた華に、蒼壱は「ダメだよ、華」と、ひそひそと耳打ちした。
「ここは悪役令嬢らしく偉そうに高笑いしないと」
「できると思う!?」
「でも、やるしか!」
「だから、できると思う!?」
「何いきり立ってんだ?」
フォルカーが笑いながら華の側へと来ると、すっと跪いて華の手を取り、甲にキスをした。
「今日も麗しいな。惚れ直しちまったぜ」
「……何王子様みたいな事言ってるの?」
「あ? 俺、一応ハリュンゼンの第一王子なんだが……」
蒼壱がフォルカーの手を払いのけると、「華に気安く触るなよ!」と、憤然として睨みつけた。
「気安くなんか触れちゃいないさ。礼儀は弁えたつもりだぜ?」
「ハリュンゼン第一王子殿はいつだって無礼ですから」
ミゼンが割って入って来ると、華の前で優雅に頭を下げた。
「本当に、お美しいですよ。華」
ダサイローブに身を包んでいるというのに、華をベタ褒めする二人の神経が分からず、蒼壱は思いきり顔を顰めた。
「あ、久しぶり、ミゼン……」
華はミゼンとあれ以来顔を会わせていなかった。気まずい気持ちを押し殺して、何事も無かったかのようにニコリと微笑む華に、フォルカーは面白く無さそうに顔を顰めた。
蒼壱は華の反応を見て、二人に何か確執が出来る事でもあったのだろうと察し、ということは大方ミゼンに問題があるのだろうとまで予測すると、蹴り飛ばしてやりたいと考えたが、流石に公の場で王家の盾という立場を弁えないわけにもいかず、ぎりぎりと歯を鳴らしながら笑顔をミゼンへと向けた。
「着ぶくれの姉をお誉め頂きありがとうございます、ミゼン第二王子殿下っ!」
「……顔が大分怖いですよ、アオイ」
「殿下は第二王子なのですから、式典中は国王陛下の側に控えていなければならないのでは!?」
とげとげしい言い方をする蒼壱にミゼンは愛嬌のある笑みを向けると、優雅に首を左右に振った。
「生憎、僕は神聖力を持ち合わせておりませんから、蚊帳の外でして。因みに兄上は王家の中で最も神聖力が高い方ですから。国王陛下と共にヒナ嬢へ聖笏を授与する手はずとなっています」
蒼壱と会話するミゼンを気まずい思いで見つめながら、華は居てもたっても居られなくなり、ぎゅっと拳を握り締めた。
——なんか、嫌だな。ミゼンとは友達で居たいのに。こんなぎくしゃくしちゃうのは凄く嫌だ!
「ね、ミゼン。ちょっといい?」
華はミゼンの腕を取って強引に引っ張ろうとし、ミゼンは困った様に微笑んでするりとスマートにエスコートした。
あまりに自然な動きに蒼壱が慌てて振り返り、華を止めようと声を放った。
「ちょっと、華。式典が始まるよ!」
「まだ開始時間まで結構あるから平気!」
「それなら俺も行く」と言いかけた蒼壱に「蒼壱は稀代の英雄だからちゃんと皆と挨拶を交わしてね!」と先に言われ、蒼壱は口をパクつかせながら、その場から離れる事ができなくなった。
——なんだよ、華! 勝手なことしてっ!
ミゼンと仲良く立ち去る様子を傷ついた表情を浮かべて見送っているフォルカーに、蒼壱は「あんたは追えよ!」と、怒鳴りつけ、フォルカーはぐっと悔し気に唇を噛みしめた。
「そうしたいのは山々だが、ヨハンの奴に華に近づくなって口を酸っぱくして言われてるんだ。首輪つけられた飼い犬は、従うしかないんでな。可哀想な俺」
「ヨハンの言うことなんか利く必要ある!? あんたは華の事が心配なんじゃないのか!? 身内として許可するから早く追ってよ!!」
蒼壱の突っ込みにフォルカーは嬉しそうに笑みを浮かべると、力強く頷いた。
「アオイにお許しを頂いたんなら、大義名分って奴だよな!? よし、行って来る!!」
フォルカーは俊足で二人を追って行き、一人になった蒼壱をここぞとばかりに貴族の令嬢令息、騎士達が取り囲み、憧れの英雄に我先にと話しかけ始め、蒼壱は対応に追われる羽目となった。
◇◇
「ごめんね! ミゼン!!」
王宮の中庭で、華は両手を合わせながらミゼンに謝った。ミゼンはキョトンとした後に、慌てて首を左右に振った。
「華、どうして謝るのです? むしろ、謝らなければならないのは僕の方です!」
「でも、こんな風にぎくしゃくしちゃうのは嫌なの! 私、ミゼンとはずっとマブダチで居たいから! 都合が良いって分かってるんだけど……」
——都合良すぎるよね。私ってホント、最悪……。
自己嫌悪に陥る華を見つめ、ミゼンは困った様に眉を下げた。
「どう考えても、やはり僕が一方的に悪いとしか思えません。それなのに、貴方はそうやって謝ってくれるのですね。増々諦めがつかなくなりそうです」
ため息交じりに言うミゼンを、申し訳なさそうに見つめると、華は「もう避けない?」と、寂しげにいじけた様子で言った。
「え?」
「私がミゼンを訪ねて行っても、いつも留守だったじゃない。避けてたんじゃないの?」
「違います! それは避けていたのではなく、兄上が……」
「ミゼン」
凛とした声が響き、ミゼンはハッとして振り返った。ずかずかと足音を響かせながらヨハンが中庭へと入って来ると、ミゼンは慌てて華の側を離れた。ヨハンはミゼンに掴みかからんばかりに近づくと、睨みつけながら言葉を放った。
「私の婚約者に近づくなと言ったはずだ!」
「しかし、兄上……。今日は公の式典です。僕も少し位公爵令嬢であるハンナ嬢と会話くらい……」
「ならぬ!!」
——は? 何言ってるの? この人。意味不明なんだけど……。
華はしらけた顔をヨハンに向けて、——よっぽど蒼壱が大好きなんだね。男相手なのにキモ……——と考えながらため息を吐いた。
「ヨハン、ミゼンと話してるんだから、邪魔しないでくれる?」
ムッとしながら言った華に、ヨハンはあからさまに傷ついた顔をし、コホンと咳払いをした。
「しかし、そなたは私の婚約者だ! 私は……そなたが他の男と会話している様子を見るのは好かぬ」
「今まで放置してたくせに、今更何? それに婚約者は今日まででしょ? どうせ私は叙任式の後婚約破棄されるんだからほっといてよ! ミゼン、向こうで話そう?」
華がミゼンの腕に手を掛けようとすると、「待て!」と、ヨハンがパッとその手を掴んだ。
——相変わらず、細くて可憐な手だ……。
と、考えたヨハンは思わずじっと華の手を見つめ、華はムッとしてヨハンを見た。
「ちょっと、離してよ!」
「む? それは嫌だ!」
「は!?」
「二度と離さぬ!!」
「はぁ!? 馬鹿言わないでよ!」
——最悪。私はあんたの好きな蒼壱じゃないっ!!
華が無理やり腕を振ってヨハンの手から解放されると、ミゼンの肘を掴んでパッと駆けた。
「ヨハンの馬鹿っ! 嫌いっ!!」
華にピシャリと言い放たれて、ヨハンはショックを受けて泣きそうな顔を浮かべ、捨てられた子犬の様に小さくなってぷるぷると震えていたが、華はその様子を見る事も無く、ミゼンを連れて猛ダッシュでその場を離れた。
「もう、なんなの!? ヨハンの奴、腹立つ!! あいつが邪魔するせいでミゼンと仲直りするタイミングが遅れちゃったってことなんでしょ? どういうつもりなんだろ!」
ぷりぷりと怒りを露わにしながら言い放つ華に腕を引かれながら、ミゼンは苦笑いを浮かべた。
「僕は後で兄上に殺されそうな気がします……」
「え? 何か言った?」
ミゼンは華に、『ヨハンはアオイとハンナが入れ替わっていた事に気づいている様だ』と伝えるか迷ったが、華がこの世界から居なくなってしまう事を考えて、やはり伝えない方が良いだろうと判断した。
離れ離れになる未来が決まっているならば、本人たちが両想いであると知らない方が、失った時の傷は浅くて済むだろう。
「……いえ、何でもありません」
「なに? 何か隠して無い?」
「さて?」
ミゼンはいつもの愛嬌のある笑みを浮かべた。
——相変わらず額に入れて飾っておきたいくらいの美形……。
と、華が思っていると、ミゼンは華の背後へと視線を向けて笑顔を消した。華が振り返るとフォルカーが立っており、気まずそうに首の後ろを搔いていた。
「えーと……二人で何してんだ?」
フォルカーの問いかけに、華は「話してただけだけど?」と、さらりと答えると、フォルカーはコホンと咳払いをした。
「ミゼン。この際だからハッキリ言っておくぜ。華は天地がひっくり返ろうともお前のものにはならない。だからこれ以上華に付きまとうんじゃない」
ミゼンは嘲笑した様に声を放った後、ジロリとフォルカーを睨みつけた。
「ハリュンゼン第一王子殿は、まるで華を自分の所有物であるかのように仰るのですね」
「そんなつもりは無いが、そう聞こえちまったなら訂正する気は無いぜ? 少なくともお前よりかは勝ち目があるつもりだからな」
牽制し合う二人をぽかんとして華は見つめると、「二人って仲良かったっけ?」と、ぽつりと言った。
「仲が良かった覚えはねぇなぁ」
「同感です」
華は興味無さげに「ふーん」と言うと、「私、蒼壱に叱られるから会場に戻るね」と、我関せずと言った風にさっさとその場から立ち去ってしまった。
置いてけぼりを食らった二人は寂しげに華の後ろ姿を見送り、お互い目を合わせて気まずそうに咳払いをした。
「まぁいい、お前に話しがあったんだ」
フォルカーは肩を竦めると、花壇の囲いにもたれかかった。ミゼンは「僕もです」と愛嬌のある笑みを浮かべてフォルカーを見つめた。




